見出し画像

ツイッターが「公論」を炎上させる

文・切通理作(評論家)

 人は何かの問題の当事者になった時、外からなら自由に言えていたかもしれない極論や正論は、いわば尺度にすぎず、実際の行動や発言において、そのままなんの痛痒もなく通じるわけではないことを皮膚で感じる。

 2019年のトピックとして大きかった、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」の一時中止をめぐっても、同様のことが言えるだろう。国単位、県単位ならば、「表現の自由」という正論に準じるといえば通りがいい。しかし直接地元市民と顔を合わせる機会の多い市長が、たとえば天皇の顔写真を焼くアートを黙認した場合に起こる反発や指弾に対して意を配るのは、いたしかたのないことだ。むろん現実の市長である河村たかし氏は、板挟みになったというよりは、むしろ展示の取りやめに積極的だったかにもみえる。座り込みパフォーマンスなども本人の奇矯さの一環として捉える向きも多いだろう。

 しかし本稿で問題にしたいのは、自分がその当事者になったらどのような葛藤が起こりえるのかという想像力なしに、人格攻撃のみが突出するという事態を、我々がSNSなどで形成される世論において、もはや日常茶飯事のように受け止めていることについてだ。

 河村市長の、展示物に対する、ごく一般的な市民からすれば受け入れがたいのではないかという発言に対し、市民の意見を勝手に代弁することで、自分の感情を正当化するな……という批判がツイッターでなされた。

 たしかにこの批判はロジックとしては成立する。しかし、河村氏の発言がまったくの私人としてではなく市長としてのものであるかぎり、市民の気持ちを汲んで発言するという前提までおかしなことだとは言えない。

 これは、たとえば『21世紀の戦争と平和:徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』が刊行された際に著者の三浦瑠麗氏が答えたネット上のインタビュー記事に対する批判が、ツイッターで巻き起こったこととも通底する。この記事での三浦氏の主張は、「国防を他人事にしないためには、兵役義務のあるほうがよく、軍事力の暴走もむしろ防げるのではないか」というもので、保守論壇の中では特に珍奇なものではなく、むしろ健全な論理だ。

 そこへの批判で多かったのは、女性である三浦氏に対する「だったらお前が真っ先に自衛隊に志願しろ」という論旨であった。これでは、徴兵される可能性が薄い女性は国防について語る資格はいっさいないということになってしまう。公的な場での女性の発言を一様に封じているのと同じだ。だがこうした発言をする側はそこを顧みることなく、ただただ、三浦氏を卑怯者とする人格攻撃に終始するのみなのだ。

 むろんこれは女性に対してだけでなく、国防の必要性を論じるだけで「ならお前がまず死んでみろ」という批判が可能だということになる。

 集団的自衛権の行使容認がなされた以降はとりわけ、これ以上アメリカ追従に傾くのを避けるため、日本国憲法を改正し、個別的自衛権を確立しなければならないのは、日本が国として成り立つための要件になってきているはずだ。だが、現況では、憲法について論議するだけでタブーだという空気が、反安倍政権の意見を持つ者の間で強固となっている。少しでも違和感を唱えれば「そんなに戦争が好きなんですか」というバッシングにさらされる。

 かたや政権与党のほうも、そうした「自分は当事者になりたくないが、他人には当事者性の欠如を見出して叩く」風潮をキャッチすれば、自衛隊の必要性を明記するだけという消極的なところから、なしくずしに改憲を目指すしかなくなる。そもそも、そうした姑息な改変姿勢が、集団的自衛権行使容認の背景にあったのではないだろうか。

 このままでは、狭い範囲での感情表出で憂さを晴らすだけで、国民の主体で国防を論議する機会はついに訪れないであろう。

この続きをみるには

この続き: 1,040文字
この記事が含まれているマガジンを購入する
文藝春秋digitalが送る「2020年の論点100」は、幅広い教養が手軽に身につくマガジンです。今最も人気がある100人の論者が100個の論点を明快に解き明かします。激動の2020年を生きるあなたの強い味方になる1冊です。

日本を代表する知識人たちが2020年に日本が直面する100の課題を徹底的に論じた教養マガジン。小論文対策をしたい高校生から、レポートに困っ…

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

記事へのご意見・ご感想をお待ちしています。「#みんなの文藝春秋」をつけてご自身のnoteにお書きください。編集部がマガジンにピックアップします。皆さんの投稿、お待ちしています!

ありがとうございます!
シェアしたくなる教養メディア。100年近くの歴史がある総合月刊誌「文藝春秋」が、あなたの人生を豊かに彩るコンテンツを毎日お届けします。

こちらでもピックアップされています

2020年の論点100
2020年の論点100
  • 101本
  • ¥1,400

日本を代表する知識人たちが2020年に日本が直面する100の課題を徹底的に論じた教養マガジン。小論文対策をしたい高校生から、レポートに困っている大学生、教養を身につけたいビジネスマンまで幅広くサポート。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。