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相次ぐ政府の失策…安倍総理よ、「国民を守る」原点に帰れ|櫻井よしこ

国家は、国民と国土を守る責務を負っています。国民を脅かすものが現れた場合、全力を発揮して国民、国土を守る。これが大前提です。ところが、いまの日本はその機能を喪失しています。今回あらわになった日本という国家の欠落は、変えなくてはなりません。/文・櫻井よしこ(ジャーナリスト)

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櫻井氏

日本という国家は「賞味期限切れ」になった

中国・武漢で発生した新型コロナウイルス「COVID19」は、わが国のみならず全世界で猛烈な勢いで感染範囲を拡大しています。日々状況が悪化する中でウイルスなどに関する世界的権威である米国の疾病予防センター(CDC)は、米国でも流行は時間の問題だと発表しました。世界をパニックに陥れたパンデミックの最大の原因は、まぎれもなく武漢市をはじめとした中国共産党政府の稚拙な対応と情報隠蔽体質にあります。

新型コロナウイルスについて中国の専門家と共同記者会見するWHOのエイルワード氏

武漢ウイルスについては重要な指摘があります。中国科学院西双版納熱帯植物園などが2月26日までに発表した論文では、武漢ウイルスの発生源は華南海鮮市場ではないというのです。広東省広州の華南理工大学教授の肖波濤氏は2月6日に研究者向けのサイトに掲載した論文で、武漢ウイルスは海鮮市場から280メートルの近距離に位置する武漢疾病予防コントロールセンターから流出した可能性があると書きました。となれば、今回のウイルス禍は中国が作り出した災いということになります。にもかかわらず、中国政府は、後述するように、一切の情報開示に後ろ向きです。

私はかねてより「中国という隣国の存在は、天が日本に与え給うた永遠の艱難である」と考えてきました。歴史上、日本を脅かす災禍の多くは中国からやってきましたが、とりわけ中国共産党政権の時代になってからはその傾向が強いと思います。

中国共産党政権は、1党独裁であるがゆえに、中々、自らの非は認めません。責任は必ず他者に転嫁します。そうした中、国際社会には、日本も中国と同じ「加害者」であるかのような言説さえ生まれています。日本にとってまさに国難と呼ぶべき状況です。

日本政府の初期対応も適切ではありませんでした。世界トップクラスの医療水準を誇る経済大国であるのに、迅速に対応できず、感染の拡大を招いてしまいました。政府の責任は重いと言わざるを得ません。

この点についてさらに指摘する前に確認しておきたいことがあります。それは、武漢ウイルスを過度に恐れる必要はないという点です。致死率は0.6〜2%程度とみられており、一般的なインフルエンザの0.1%よりも高いものの、2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の10%と比べればかなり低い。感染症の専門家によると、たちの悪いインフルエンザだと思えばいいと言います。

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新型コロナウイルス

ただ、今後、より高い致死率の新たな感染症に襲われる事態は十分に考えられるわけで、今回のような後手の対応では、日本の被害は計り知れないものになってしまいます。

今回の事態により、日本という国家のかたちが「賞味期限切れ」になっていることが鮮明になったのではないでしょうか。私はこれを天の警告と受け止めるべきだと考えます。日本が国家としての姿を取り戻し、国民を守れるようになるために何をすべきなのか、考えてみましょう。

国民を守れない、日本という国家

国家は、国民と国土を守る責務を負っています。国民を脅かすものが現れた場合、全力を発揮して国民を守る。国土を守る。武力行使も辞さない。これが大前提です。ところが、いまの日本はその機能を喪失しています。

いまの日本は、国民の代表たる政治家が治めている形になっていますが、今回の事例から分かったことは、実際の舵取りを担っているのは官僚だということです。彼らの行動原理の基本は「法律の遵守」に尽きます。法治国家ですから法の遵守は当然ですが、国や社会には緊急事態もあります。そのとき如何にして国民を守るという大目標に、一刻でも早く辿りつくかが問われます。機械的な法律遵守だけでは守り得ないこともある。にも拘わらず、官僚が画一的な法の運用にこだわったことが、臨機応変な対応を不可能にしたのです。

一例が1月28日、武漢ウイルスを感染症法の「指定感染症」に指定することが閣議決定されたときです。これによって、自治体による入院措置や就業制限が可能になりましたが、10日間の告知期間を設けなければならず、当初、実際に施行されるのは2月7日だといわれました。猛烈なスピードで拡散するウイルスを前に、指をくわえて10日間も待てとは、どう考えても納得できません。安倍晋三首相が政治決断をしようにも、官僚に「法的根拠がない」と抵抗されては、なすすべがない。安倍首相は困難な状況の中で、全体的にみれば多くの穴もありますが、全国の公立小中高を休校にするなど、最大限のことをしたと評価してよいのではないでしょうか。

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安倍晋三首相

しかし、今回あらわになった日本という国家の欠陥は、変えなくてはならないと痛感します。戦後、日本は国民の命を守れない国家に堕落してしまいました。その点は、GHQが作成した日本国憲法の前文に端的にあらわれています。

〈平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した〉

奇妙な日本語ですが、国家が主体的に国民を守るという意志が欠落しています。このきわめて無責任な文言が、武漢ウイルスへの対応にも影を落としています。

法的不備で臨機応変な対応ができず

今回のような危機対応は、2段構えになっています。第1は、国境での入国管理を厳格化する水際作戦です。ウイルスが侵入するルートは無数にあるため、よほど強制的かつ厳密な対策を講じなければ、成功の確率はきわめて低いものになります。政府が具体的にしたことは、入国者に問診票を渡し、「具合はどうですか?」と聞き取りをする程度でした。武漢からの帰国者を乗せたチャーター便も同様です。1月29日の第1便では、2人の乗客がウイルス検査を拒否しました。当局が説得しても、当時はまだ検疫法上の「検疫感染症」となる前だったため、検査の強制はできませんでした。ここでも法的な体制の不備が露呈したのです。

水際で止められず国内で市中感染が始まったら、「感染拡大の防止」という第2段階に入ります。感染拡大の防止は、感染症法に基づき、厚労省から自治体、保健所、各医療機関と4段階にわたって指示が下されます。巨大な官僚機構のピラミッドを逐一通していては、厚労省から各地の医療機関に事務連絡をするだけで膨大な時間がかかってしまう。ウイルスを前に、こんな悠長なことでは臨機応変な対応ができるはずがありません。結局、市中感染を防ぐことができず、いまなお感染者は増加を続けています。日本式2段構えの対応は、失敗するべくして失敗したのです。

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加藤勝信厚労省大臣

実は、こうした法律の不備は、2009年に203人もの犠牲者を出した新型インフルエンザの際にも露呈していました。私は当時、98歳の母と暮らしていましたから、母を守ろうと最大限の努力をしました。それだけにあの時のことは鮮明に記憶しています。

母は当時、要介護「5」の段階にあって、自分では動けないため、退屈させないように、認知症にさせないように、週に2回は時間をとって母を外出させていました。土日は近所の喫茶店に出かけてマスター夫妻とのおしゃべりを楽しみにしていました。しかし、新型インフルはとりわけ高齢者の致死率が高いことがわかってきたため、母には外出を控えてもらい、自宅を訪れる人には手洗いやうがいを徹底していただきました。その結果、母は幸い無事に冬を乗り切ることができました。

生かされなかった「新型インフル」の教訓

その頃、国会で検疫法の改正に向けた動きがありました。検疫法は昭和26年に制定されたため、21世紀型の大規模感染症に対応するには時代遅れの面があったのです。ところが、さんざん議論を重ねたにもかかわらず、当時の鳩山由紀夫政権は煮え切らず、半世紀以上前に作られた法律がほぼ残ってしまい、結果として多くの犠牲者を出してしまったのです。

そのツケは今回もまわってきています。現行の検疫法は、ダイヤモンド・プリンセス号のように数千人が乗る大型クルーズ船での大規模感染を想定していません。検疫法に基づき、14日間とされる潜伏期間後に乗客を下船させましたが、船内検査で陰性だった人でも下船後に陽性と診断された人が出てしまいました。検疫法が制定された昭和26年頃に想定されていたのは、せいぜい小規模な船での集団感染が発生したケース程度でしょうから、対応できなかったのはやむをえません。

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多数の感染者を出した「ダイヤモンド・プリンセス」

当時、与党だった民主党の責任が大きいのはもちろんですが、その後を受け継いだ自民党にも責任があります。時代の変化に応じて、日本国の仕組みを変えることができなかったのは、まさに不作為の罪です。国民の命を守るべき国家としては決定的な落ち度といえます。今後に向けて欠かせないのは、第1に、新たな感染症発生に対処できる法体系を作ることです。2009年当時のように何の法改正も行わずに、騒ぎが終わったら忘れてしまってはならないと思います。

法体系と並んで重要となるのが、専門家組織を作ることです。日本もアメリカに倣ってCDCの設置を真剣に考えるべきでしょう。アメリカでは有事の際、CDCに所属する専門家らが大統領に提言し、強力な対応策を速やかに打ち出します。また、CDCは軍と一緒になって感染症への対応に当たります。「日本版CDC」によって、専門家と自衛隊の力を結集して危機管理に当たれる態勢を整えることが必要です。

また、内閣に権限を一時的に集中する「緊急事態条項」の創設も求められます。そのためには憲法改正が必要です。ところが立憲民主党の枝野幸男代表は、「感染症の拡大防止に必要な措置は、あらゆることが現行法制でできる。人命に関わる問題を改憲に悪用する姿勢は許されない」、「悪のり」してはならないなどと的外れなことを言いました。野党は政府の対応を批判しますが、かつて民主党政権時代に検疫法の改正を見送った失敗を忘れたのでしょうか。

日本に欠けている「広報力」

日本には「広報力」も欠落しています。中国は世界中に武漢ウイルス禍を引き起こしたにもかかわらず、非常によく対処したという宣伝を盛んにしています。黒を白と言いくるめる彼らの手法には驚くばかりです。たとえば世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長は「中国国外の感染者数が少ないことについて、中国に感謝しなければならない」と語りました。耳を疑うような発言ですが、中国はアフリカ諸国への資金援助や関係者への根回しなど、あらゆるパワーを駆使して広報戦略を作り上げています。

対照的に、日本人は国際社会で自らの主張を通すことでは失敗を重ねてきました。

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アダノムWHO事務局長
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