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橘玲さんが今月買った10冊の本

米国の分断

黒人男性の死をきっかけにアメリカ各地で抗議行動の嵐が吹き荒れたが、感染症はそれ以前から進んでいたアメリカ社会の分断と混乱を顕在化させたにすぎない。それは世界の(そして日本の)明日の姿でもある。

アメリカにはヘロイン乱用者が100万人、鎮痛剤として処方されたオピオイドの乱用者が1000万人もいる。にわかには信じがたい数字だが、そもそもなぜ医師が処方する鎮痛薬でこんなことになるのか? それを地元のジャーナリストが追ったのが『DOPESICK』。製薬会社・医療業界の利権、白人貧困層の苦境、さびれる一方の地方都市など、さまざまな要因が複雑にからまって大惨事を引き起こしたことがわかる。

「アメリカの人口は世界全体の5%にすぎないにもかかわらず、アメリカ人受刑者は世界全体の受刑者の25%を占めている」とオバマ前大統領は嘆いた。『アメリカン・プリズン』は異常な大量収監を支える民営刑務所に、刑務官として潜入取材したジャーナリストの体験記。投獄率が変化しないとすると、いずれ黒人男性の3人に1人が刑務所に収監されることになるという。

日本では黒人への人種差別だけが報じられるが、アメリカでは「白人こそが差別されている」とする運動が大きな影響力をもち、トランプ政権の岩盤支持層になっている。『白人ナショナリズム』は、「レイシスト」「白人至上主義者」と悪魔化される彼らに取材した貴重なレポート。「人種現実主義者」の多くが親日家で、日本で生まれ育ち日本語を流暢に話す者もいることに困惑する。

2016年のトランプ大統領誕生は、フェイスブックから流出した8700万人分の個人情報を使って有権者の心理を操作したからだ――。

『告発』は、この証言で世界を揺るがしたブリタニー・カイザーの手記。SNS時代の私たちは、監視され、個人情報を分析され、選択・行動を操作されている。

AI(人工知能)が人間を超える能力をもつようになれば、もはや技術(テクノロジー)と魔術(オカルト)の区別はつかなくなる。『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』は、人気ロックバンド、ブロンディのベーシストから対抗文化の研究に転じた著者が、トランプやプーチンを支えるのはヨーロッパ伝統の「魔術思考」だと冷静に分析する。トランプは、自己啓発(ポジティブシンキング)の熱心な信奉者だった。

進化論の中心原理(ドグマ)は適応論で、すべての生き物は生存と生殖に最適化するよう進化してきたとする。鳥類学者のプラムは『美の進化』で適応論に反旗を翻し、人類や哺乳類、鳥類だけでなく昆虫(!)ですら“美意識”をもっており、生き物は美しくなるために進化してきたと熱く主張する。カラー図版で紹介される熱帯の美しい鳥たちの生態も興味深い。

スティーブ・ジョブズの死後、世界的ベストセラーとなった伝記に、アップル創成期のジョブズが日本人の禅僧に私淑していたことが書かれている。『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』では、在米のジャーナリストが、すでに故人となったこの禅僧の足跡を追った。宗教や修行はひとを幸福にできるのかを考えさせられた。

朝日新聞社には「村山家」というタブーがあることは聞いていたが、『最後の社主』を読んで確執の経緯がようやく理解できた。もはやこのような「令嬢」は日本に現われないだろう。懐かしき昭和の物語。

関西の地域史に大きな影響を与えた大規模な偽文書の全貌を詳細に描いて話題になったのが『椿井文書』。「歴史(家系)とは権力である」ことがよくわかった。

著者と同じ頃に樺太(サハリン)を旅したので楽しく読んだのが『サガレン』。宮沢賢治の「銀河鉄道」について、疑問に思ったことがすべて解き明かされていた。とうぶんこんな旅もできなくなるのかと思うと、すこしさびしい。

「今月買った本」は橘玲、森絵都、手嶋龍一、本上まなみの4氏が交代で執筆いたします。

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