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保健所長会会長の告白「追い詰められた保健所の悲鳴を聞いてほしい」

〈保健所は地域における健康危機管理の拠点ですが、医療機関や消防警察などと異なり、通常の職員体制は24時間交代制ではないにもかかわらず、災害時に準じた対応を余儀なくされています〉

〈感染者が増加する地域においては、対応の重みづけや優先順位を定めて業務の軽減化を行わなければ、保健所体制が崩壊する〉

年末年始の“感染爆発”に至る前の12月8日、こう危機感を露わにして、厚生労働大臣宛に「新型コロナ対策における緊急提言」を提出したのは「全国保健所長会」だ。

保健所は、全国に469カ所あり、都道府県、政令市、中核市、特別区などが設置、運営している。「感染症拡大防止の重要拠点」だが、その業務は、精神保健、母子保健、飲食店・クリーニング業・理容業・旅館業の営業許可など広範囲にわたる。全国保健所長会会長で大分県東部保健所長の内田勝彦氏が、「緊急提言」にまで追い詰められた“保健所の業務逼迫”の厳しい現状を語る。

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▶︎コロナ禍では通常の業務では「逆の流れ」となり、医療機関より保健所が先に“前線”に立つ事態となった
▶︎業務が逼迫して“パンク状態”の現場では、職員が無力感に襲われている
▶︎地域の民間病院には「コロナ治療後にも入院が必要な患者」を受け入れるという役割を担ってほしい

「健康危機管理の拠点」が崩壊する

全国の保健所長とメーリングリストなどで意見交換するなかで、東京や大阪など、とくに都市部の保健所長から、「感染者の急増で、現状の方針で想定されている業務など、とても遂行できない」といった悲鳴のような声が上がってきました。

保健所が担う「感染症拡大防止のための業務」は、平時においても“手間のかかる作業”です。一つ一つの事例に対処するには、人員も時間もかかり、膨大な業務量となります。

どんな行政機関も何らかの法的根拠にもとづいて業務を遂行します。保健所の業務も、厚生労働省が定めた全国一律の「対処方針」や「法令」にもとづいています。ところが、現在――というより、遅くとも「緊急提言」を出した12月初め頃からすでに――こうした「対処方針」や「法令」の想定をはるかに上回るスピードで感染が急拡大しています。こうなると、とくに都市部などでは、当初想定されていた業務は遂行できなくなります。現在、保健所の現場で生じている「問題点」や「課題」を厚労省にも「共通認識」として持っていただきたいということで「緊急提言」を大臣に提出しました。

この「緊急提言」は「何とか凌ぐためにすでにこうしています」という「事後報告」として「こうせざるを得ないので認めてください」といった意味合いも込められています。現場の実情を踏まえた上で「現在の限られた資源で最大限の効果を生むにはどうすべきか」という、私どもなりの「提案」でもあります。

具体的には、以下のような提言を行いました。

・「入院勧告」は「入院治療が必要な患者等」に限定する。

・「宿泊療養の対象」を「75歳未満」に拡大する(当初は「65歳以上は1律入院」)。

・「積極的疫学調査」の重点化を図る(感染拡大時には、すべての感染事例を追跡するのではなく、医療機関や高齢者施設など「生命の危険」や「医療崩壊」につながる集団発生の予防を優先して、保健所の業務逼迫の状況に応じて優先順位をつけて疫学調査を実施する)。

・14日間とされている「濃厚接触者の経過観察期間」を短縮・簡略化する(潜伏期間の中央値は5~6日なので、濃厚接触者の発病の有無の確認を最終接触から例えば7日目に確認し、健康観察期間を短縮したり、本人からの自主的な連絡に代える)。

保健所

業務の逼迫状況に「もう限界」と訴える大阪の保健師

保健所の役割とは

保健所の最も重要な役割は、「感染症や食中毒の拡大防止」にあり、そのための「疫学調査の実施」が“本来の業務”です。

例えば、すでに発症した感染症や食中毒の患者の「診断」と「治療」を行うのは「医療機関」ですが、これによって個々の患者さんは治っても、そこから次の人に感染や食中毒が拡がる可能性があります。これを防ぐのが保健所の役目です。医療機関は「診断」と「治療」を担い、保健所は「疫学調査(感染拡大防止)」を担うといった大まかな役割分担があるわけです。

ですので、私どもの日常業務では、「この患者さんは感染症の疑いがある」「食中毒の疑いの患者さんがいる」といった医療機関からの通知が“業務の開始”となるのが普通です。これを受けて、実際に拡がりをもつ事例なのかを調査で確かめて対策を打つのが保健所の仕事です。

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“質的”にも増大する業務

ところが、今回の新型コロナでは「医療機関からの通知を受けて」といった通常の業務とは「逆の流れ」となりました。医療機関よりも保健所が先に“前線”に立つ事態となったわけです。

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