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小説「観月 KANGETSU」#69 麻生幾

第69話
「タマ」(1)

前回の話はこちら
※本連載は第69話です。最初から読む方はこちら。


「もうすぐ秋も本番というわけでしょうから、この雨も、季節の変わり目、ちゅうやつですかね」

 遅れてやってきた砂川も自分の服の雨を払いながら言った。

 しかし萩原はそれには応えず、硬い表情のまま近くのベンチを指さした。
先にベンチに向かった萩原は、無表情のまま腰を落とした。

 脱いだ上着をベンチの肘掛けにかけた砂川が訊いた。

「大分県警は被疑者死亡で送検、それで終わりということでしょうが、我々はすべては振り出しに──。そういうことですか……」

 砂川は溜息をついて萩原の隣に座った。

 だが萩原は無言のままで、日本航空の女性地上係員の機敏な動きを漠然と見つめている。

 それでも砂川はひとり話続けた。 
「熊坂洋平にしてもICUに入ったままですし、一旦、引き上げとなったのも仕方ありませんね。それに、もはや当の熊坂にしても──」

「熊坂は、真田和彦殺しのホシ(犯人)じゃない──」

 萩原が遮った。

「ホンボシではないが、熊坂洋平と真田和彦との間に繋がる”線”の先にホンボシ(真犯人)が必ずいる」

「しかし、これだけ熊坂洋平の周辺を洗っても何もでない以上はもはや……」

 砂川は、その先の言葉はさすがに飲み込んだ。

 だが萩原は再び黙り込んだ。

「萩原主任、率直に申し上げてよろしいですか?」

 砂川の言葉に萩原は黙って頷いた。

「熊坂洋平に入れ込み過ぎじゃありませんか?」

 萩原の反応がないので砂川は構わず続けた。

「ガイシャの真田和彦と熊坂洋平との間に不可解なことが多いことは自分も引っ掛かってています。しかし、“華(はな)のカンイチ(鑑取捜査第1班)”の捜査対象を、熊坂洋平、それも今や意識のない男一本に絞るのはいかがなものかと──」

「まったく見えていない」

 萩原はロビーの大きな窓に時折吹きつける強い雨を見つめながら言った。

「見えていない?」

 砂川は怪訝な表情で聞き返した。

「真田側には、自分からばかり、しかも頻繁に熊坂に連絡をとらなければならない明白な理由があった。しかし我々にはその理由が見えていない」

 腕組みをした萩原がさらに続けた。

「見えていないことはもう一つある」

 砂川は怪訝な表情で萩原を見つめた。

「真田は、少なくともここ一年間はほとんど熊坂に連絡していないのに、約1ヶ月前になって突然、頻繁に熊坂に電話をかけ始めたと正木主任は言っていた。そのことにも真田には明らかな理由があった。それもまた我々は視線内に入れていない──」

「さらに言えば、その熊坂にしても正体不明であり──」

 砂川が付け加えた。

「オレたちは、真田和彦と熊坂洋平を結ぶ線が見えていないだけだ」

 萩原が窓を見据えて言った。

「主任、県警にしても人数をかけて必死に捜査をしているのに、この結果です」

 萩原が瞬きを止めて虚空を見つめる姿を見て砂川は呆れるしかなかった。

 だが萩原はそれには応えず、

「真田恭子に張り付いている黒木巡査長からは何か新しい情報は?」

「昨夜、連絡を入れましたが──」

 砂川が戸惑いがちに言った。

「では、飛行機に乗る前にもう一度、頼む」

 萩原が急いで言った。

 砂川は堪らず、萩原を真正面から見据えた。

「萩原主任、”線”が見えないと仰いましたが、この際、はっきり聞かせてください。真田和彦と熊坂洋平との関係についての主任の見立てはいったいどうなんです?」

「熊坂洋平と真田和彦の間には隠された何かがある──今、分かっているのはそれだけだ」

 萩原は正直に言った。

「分かっています。そのために、熊坂が意識を取り戻し、一般病棟に移ったら至急、ここに連絡してくれるように、大分県警の正木主任に何度も念を押してきました」

 砂川は自分の携帯電話を翳した。

(続く)
★第70話を読む。

■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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