見出し画像

角田光代さんの「今月の必読書」…『つまらない住宅地のすべての家』

逃亡犯が住宅地にもたらす「爆発」

ページを開くと、小説の舞台である「つまらない住宅地」の地図と、住人の名字、何人暮らしかが書いてある。「笠原家……75歳の妻と80歳の夫の2人暮らし」といった具合に。

小説は、この一角に住む人たち、それぞれの視点に切り替わりながら進む。冒頭で、この町に逃亡犯が向かっているらしいことがわかる。2つ隣の県の刑務所を脱獄したのは、勤め先から横領をした36歳の女性で、この住宅地近辺の出身らしい。住人たちは、テレビやインターネットや学校や職場で事件を知り、それぞれにざわつく。やがて自治会長になったばかりの丸川さんが、この一角で協力し合って寝ずの見張りをすることを提案する。

そんななかで浮かび上がってくるのは、コの字に並ぶ10軒の家が抱え持つ事情であり、問題である。

自治会長の丸川さんは、妻に出ていかれて中学生の息子と暮らしている。矢島家の幼い姉妹の母は帰らない日があり、食事にこと欠く姉はなんとか料理を覚えたいと思っている。三橋家の父と母は、12歳の息子の問題に悩むあまり、とんでもない計画を立てはじめている。

逃亡犯によって、言葉を交わし、ともに食事をするようになる住人たちは、自身の事情を他者に明かすことはない。けれども関わり合うことで、波紋が生まれ、広がり、それぞれの事情が動きはじめる。

続きをみるには

残り 567字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください