
【7-文化】神に愛された天才・藤井聡太は羽生善治を超えるか|勝又清和
文・勝又清和(棋士・七段)
全冠制覇の可能性は?
藤井聡太は史上最年少の14歳2ヶ月でプロ棋士四段になり、デビューから29連勝の新記録を打ち立てた。そして2020年には棋聖・王位と立て続けにタイトルを手中に収め、18歳で史上最年少の二冠王になった。天性の才能から生まれる序中盤の「構想力」、幼少の頃から詰将棋を解いて鍛えた他の棋士を圧倒する「終盤力」、そして1分足らずで40手以上の詰将棋を読み切る「読みの力」。どれをとっても超一流だ。
1996年2月、羽生善治は空前絶後の七冠全冠同時制覇を成し遂げたが、藤井の全冠(現在は八冠)制覇の可能性はあるのだろうか?
将棋界は現在、8つのタイトルを分け合う渡辺明、豊島将之、永瀬拓矢、藤井の4人がトップ集団を形成しているというのは、衆目の一致するところだろう。
渡辺明名人・棋王・王将(1984年生まれ)は15歳で棋士になり、20歳で竜王を獲得して9連覇するなど、数々の実績を上げている。渡辺将棋の特徴は攻めにあり、玉の守りを固め、少ない駒で巧みに攻略する技術は将棋界随一だ。しかし現代将棋はAIによる解析で、自陣全体に守り駒を配置し、薄い玉で戦うバランス型の布陣が主流になった。渡辺はその変化に対応できず竜王失冠、A級からの陥落など、どん底を味わったが、そこから這い上がり念願の名人を獲得した。棋聖戦では藤井に1勝3敗でタイトルを奪われたが、次の戦いでは藤井対策を入念に準備してくるだろう。
豊島将之竜王・叡王(1990年生まれ)は、キャッチフレーズの「序盤・中盤・終盤、隙がない」の言葉通り、攻守にバランスが取れた棋風で弱点がない。16歳で棋士になり20歳でタイトル戦に登場するが、なかなか奪取できなかった。そこからAIでの研究に注力し、5度目の挑戦で28歳にして棋聖を獲得してからは次々とタイトルを得ている。
永瀬拓矢王座(1992年生まれ)は受けと粘りが特徴で、優勢でも粘りの手を選び、相手を根負けさせる。豊島と対照的に対局以外をほとんど対人の研究会で埋めている。藤井の研究会仲間でもあり、彼が住む愛知にまで出向いてスパーリングをこなす。17歳で棋士になり、2019年には叡王と王座を立て続けに獲得した。叡王は豊島に奪われたが、王座戦では久保利明九段の挑戦を3勝2敗で退け、初防衛に成功している。
この4人に加え、忘れてはならないのが将棋界の生きる伝説、タイトル獲得99期の羽生善治九段(1970年生まれ)だ。羽生は2018年、27年ぶりに無冠になったが、2020年、竜王戦で挑戦権を獲得し、2年ぶりにタイトル戦に登場した。王将戦挑戦者決定リーグでは5度目の対戦で藤井に初めて勝ち、健在ぶりをアピールした。
ここまで挙げたライバル4人のなかでも、藤井の一番の難敵となるのは豊島だろう。豊島は藤井が棋士になる前から高く評価してマークしていた。対藤井戦には徹底した対策をし、過去6戦全勝と負けていない。今後も藤井の大きな壁となるのは間違いない。ほかの弱点はどうか。
先手番の課題
藤井は「角換わり腰掛け銀」を得意戦法にし、さらに2020年からは修業時代に愛用していた「矢倉」も併用してどちらも9割近い勝率を叩き出している。問題は後手が誘導する「横歩取り」だ。横歩取りはAIの分析で勝率を大きく落としていたが、近年の研究で復権している。藤井は6勝7敗と苦手にしていて、先述の王将リーグでも羽生の横歩に敗れた。他の棋士も藤井相手に横歩取りをぶつけてくることが増えるだろう。
後手番の課題
藤井は後手では相手の得意戦法を真っこうから受けて立つ。現代の将棋界は先手の勝率が上がっており、2020年上半期(4月~9月)の公式戦約1200局の勝率は5割4分7厘と過去最高になっている。それでいながら藤井は相手が初手に何を指しても、全て2手目△8四歩と、相手に作戦の選択を委ね、勝率8割超え、2020年度は11勝1敗、タイトル戦でも4戦全勝なのだからすごい。