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仁義なきヤクザ映画史④ 伊藤彰彦「長谷川伸が描いた『アウトローの倫理』」

文藝春秋digital
「やくざってのはねえ、虫ケラみていなもんさ」——。加藤泰『沓掛時次郎 遊俠一匹』(1966)/文・伊藤彰彦(映画史家)

★前回を読む。

明治30年代の最底辺

2022年3月、映画評論家の佐藤忠男が91歳で、作家の宮崎学が76歳で、映画監督の青山真治が57歳の若さで他界した。

佐藤は名著『長谷川伸論』を著し、「昭和初期からの日本の大衆文化においてヤクザものが大きな位置を占めるにいたったのは、長谷川伸の股旅ものの芝居の成功による」と書いた。

青山真治は『東京公園』(2011年)で、「上下の瞼を合せ、じいッと考えりゃ、逢わねえ昔のおっかさんのおもかげが……」の名文句を知らない三浦春馬に対し、榮倉奈々にこう言わせた。「教養ないヤツはだからやだ。『瞼の母』だよ! 長谷川伸だよ! 加藤泰だよ!」。このセリフは原作(小路幸也)にはなく、映画のオリジナルだ(脚本=青山真治、内田雅章、合田典彦)。

国家の論理を超えるものとして、アウトローの知恵を描き続けた宮崎については後で触れたい。

長谷川伸の父親は、家業の土木建築請負会社「駿河屋」を潰してしまい、一家は離散。伸は小学校を2年でやめ、社会の底辺に放り出された。横浜港のドックでの弁当運びや水撒きなどの下働きや、品川の妓楼に出入りする仕出し屋の出前持ちなどで糊口を凌ぎ、社会の辛酸を舐める。19歳のとき、横浜の三流業界紙に投書したのがきっかけで新聞界に入り、都新聞で42歳まで記者を続け、その後小説家になったが、自分もまかり間違えば刺青者ヤクザになっていた、と自伝『ある市井の徒』で書いている。文名を得たのちも、自分が本来なすべき仕事は駿河屋の再興だという思いを拭いきれず、文筆業を虚妄と思い、自分は土木屋にも建築屋にもなり損ねた敗者だ、とも語る。そうした伸の視座は、股旅ヤクザの堅気への負い目や憧憬あこがれに重ね合わされていく。

長谷川伸

長谷川伸

股旅ものの隆盛のきっかけは戯曲『沓掛時次郎』(1928年)だった。『ある市井の徒』によれば、『沓掛時次郎』の登場人物のモデルは、伸が15歳のとき、父親が家に連れてきた渡りの土工とお腹が大きい連れの女性だという。その土工は元博徒で、女性は妻ではなく、土工の世話になってともに流浪し、彼女はそのことをすまなく思っていた。伸はこの土工が、病死した仲間の土工の遺言に従って、その男の子を身籠っている女房を、女の生まれ故郷まで送り届けるところだと聞き、仲間うちの仁義を守って、きれいな関係のまま旅を続けているのだろうと推測した。

当時(明治30年代)の最底辺の人々には、日なたに這い出る夢を持ちながらも、自分よりもっと弱い人間がいるのを見ると、自分だけが明るい世界に抜け出ることに気が咎め、一緒に日陰に住み、裏街道の旅を助け合って続ける者もいたのだ。

43歳のとき伸は、明治時代の渡り土工を江戸末期の博徒に置き換え、時次郎を造形する。『沓掛時次郎』は、原稿料もなく上演のあてもないまま、村松梢風の個人雑誌『騒人』に発表された。

【序幕】江戸末期。無宿者の時次郎が一宿一飯の義理のため、見ず知らずの博徒の三藏を斬る。三藏はいまわの際に時次郎に、身重の妻(おきぬ)と息子(太郎吉)を「頼む」と言い遺す。
【二幕目】三藏の件でヤクザがつくづく嫌になった時次郎は博奕をやめ、三味線を弾くおきぬとともに門付けをしながら旅をするうち、仇同士であるはずの二人の心がしだいにむすぼれてゆく。
【大詰】臨月のおきぬは稼ぎに出られず、時次郎は生まれてくる子供のために一日だけ喧嘩の助っ人を引き受け、金を稼いで戻ってくると、おきぬはお産のために赤子もろとも命を落している。時次郎はおきぬに本心を打ち明けられなかったことを後悔し、刀を捨てて堅気になり、太郎吉とともに旅立つ。

1928(昭和3)年、新国劇の澤田正二郎により『沓掛時次郎』は帝國劇場で上演され、連日満員札止めとなる。翌年、澤田は急逝するが、そのあと六代目尾上菊五郎が長谷川の股旅戯曲を次々と舞台にかけた。31年に『一本刀土俵入』が東京劇場で菊五郎の手で初演されたとき、幕が開き、画家の小村雪岱こむらせったいが取手まで出かけてスケッチした漆喰細工の家並みの舞台装置が現われた瞬間、観客はわっと歓声を上げたという。伸は劇作家として名を馳せ、32年には彼の戯曲の大劇場における上演回数が河竹黙阿弥作品を抜いた。のみならず長谷川伸作品は、全国津々浦々の村芝居でもしばしば上演された。

それまでの大衆芸能の侠客ものの主人公、国定忠治、清水次郎長らは土地の有力者の息子で、大勢の子分を従える堂々たる親分ぶりだったが、長谷川伸の股旅ものの主人公は、氏素性うじすじょうが知れず、親分もなければ子分もない、ヤクザ稼業でしか生きられないことに強烈な自責の念を持っている「ダメ男ヒーロー」(北上次郎「長谷川伸と流れ者ヒーロー」)だった。そんな半端なヤクザが、「大切にしているものを命がけで守る」物語が1930年代の大衆の心を打った。

とりわけ、「日本の近代化の過程において急激に発生した未組織の流れ者の労働者(ルンペン・プロレタリアート)」が股旅の姿をわがことのように思い、股旅ものが昭和十年代に流行したのは、「当時の国民全体が軍国主義により、無宿人の立場に追いやられていたからだ」と佐藤忠男は『長谷川伸論』で書く。そして、女に一途な男の心が女性観客の心をも掴んだ。

未組織労働者と組織労働者の違いはあるにせよ、長谷川伸の股旅ものの隆盛期とプロレタリア文学の高揚期は奇しくも重なり合っている。ただ、伸の股旅ものは、プロレタリア文学のように、苦悩を抱えた人間が社会の変革に向かう姿を描くことはなかった。否応なくヤクザになった者たちは、社会を変えるのではなく、内面的に変化し、断念や覚悟とともに自らの境遇を引き受ける。その個別の精神性が、アウトローたちに共有される価値になったとき、それは宮崎学が語った「掟」つまり国家とは別の「共同体の倫理」になるのかもしれない。

宮崎が「掟」と対立するものとして語るのは、国家を成り立たせる「法」である。社会変革=革命は、「法」に縛られた国家を揺るがすことを目指したはずなのに、結局、新たな抑圧体系を形成してしまう。このパラドックスを見極めたうえで宮崎は、アウトローたちに独自の価値基準として蓄えられた「掟」こそが、暴力によらずに国家を相対化する民衆の知恵となるだろうと喝破した。宮崎が長谷川伸をどう読んでいたか、聞いてみたかった。

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時次郎、GHQに嫌われる

長谷川伸の股旅ものの最初の映画化は26年、帝キネの『関東綱五郎 前篇・後篇』(森本登良夫監督)。次が29年、日活太秦の『沓掛時次郎』(大河内傳次郎、酒井米子主演、辻吉郎監督)で、こちらがフィルムの現存する最古の長谷川伸映画だ。

この映画の見どころは第二幕。時次郎はヤクザ稼業から足を洗おうとするが、稼ぐ手立てがなく、おきぬと太郎吉を食わせることができない。そんな折り、行き倒れの「鳥追い女」の死体を川辺で見つけ、拝みながら彼女の三味線をもらい、おきぬが三味線を弾き、時次郎が唄って門付けをして糊口を凌ぐ。この展開は原作にも以降の映画にもない(脚本=如月敏)。

「鳥追」とは、江戸期から明治初年まで存在した、家の前で三味線を弾き、祝歌を唄い、米銭を乞う編笠姿の女性の遍歴芸人のこと。病気で野垂れ死にする芸人がまだいた20年代の映画ならではの描写で、時次郎とおきぬは「明日はわが身」と想う。また、戦後の作品ではあるが、同じ股旅ものの『座頭市牢破り』(67年、山本薩夫監督)で、市(勝新太郎)はお大尽(玉川良一)の前で見事に三味線を弾き、『若親分千両肌』(67年、池広一夫監督)で南条武(市川雷蔵)は芸能遊行集団に救われる。このように戦前戦後の股旅や博徒の映画が描いたように、博徒と旅芸人は身分制度の埒外、生産体系の外部にいる漂泊民であり、たがいに交流があり、博徒のなかには伎芸に通じている者もいた。

無声映画の『沓掛時次郎』は、大河内傳次郎が故郷の「沓掛小唄」(作詞=長谷川伸)を唄い、酒井米子が三味線を弾く場面で、歌詞が画面に二重写しにされ、映画館ではそれにあわせて羽衣歌子や高峰妙子らの歌手が独唱するか、レコード(コロムビア、歌=川崎豊と曽我直子)をかける、当時流行した「小唄映画」だった。

日活太秦の『沓掛時次郎』は興行的に成功したとあるが(『映画年鑑 昭和編Ⅰ 昭和5年版』)、31年に稲垣浩が『瞼の母』(片岡千恵蔵主演)の映画化を企画したとき、日活は「チャンバラがなく、明るさがない長谷川伸ものは当たった試しがない。だいいち、お涙ものの時代劇はもってのほか……」と反対した(稲垣浩『日本映画の若き日々』)。稲垣は「母に拒絶された忠太郎がふたたび旅立つ」戯曲『瞼の母』の結末を、「出て行った忠太郎を母と妹が追いかけ再会を果たす」ハッピーエンドに改変し、映画は大ヒット。以降、林長二郎(長谷川一夫)ら名立たる二枚目俳優が長谷川伸や子母澤寛原作の股旅ものを演じ、30年代に股旅映画が量産される。

「昭和8年ごろからの軍需景気による不況の解消は、大衆を浮ついた気分にした。もはや悲壮な剣戟映画は共感を呼ばなくなった。それで明るく、軽い股旅ものが大いに流行することになる」と永田哲朗が『殺陣 チャンバラ映画史』で書くように、股旅映画はしだいに粗製濫造され、映画会社から低俗なガラクタと見なされ、当時の批評家から高い評価を受けた山中貞雄が撮った4本の長谷川伸原作の映画も含め、ほとんどのフィルムが廃棄され、散逸した。

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