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塩野七生 国民を幸せにするスポーツ 日本人へ219

文・塩野七生(作家・在イタリア)

7月11日の夜遅く、わが家の二重ガラスの窓さえ通して入ってくる歓声を聴きながら思った。イタリア人を右派や左派の別なく団結させることができるのは「カルチョ」だけなのだ、と。

先月号で「勝てる男」というテーマで取りあげた2人のうちの1人が、早くもそれを立証してくれたのである。その日は、サッカーのヨーロッパ選手権の決勝の日。そこまで勝ち進んできたイタリアの敵は、イングランドで、戦場もロンドンにあるウェンブリー。観客も大半が英国人で、イタリア人は残りの10分の1足らず。ホームで闘うイングランド側に対して、イタリアチームはアウェーもよい状態で闘う試合になったが、結果は最後の最後までもつれこんだにしろ優勝。

試合の経過はスポーツ記者にまかせるとして、ここではそこに至るまでの3年の間、スター選手一人もなしのイタリアチームを率いてきたマンチーニの、監督としてのやり方を追ってみたい。

3年前、世界選手権(ワールド・カップ)では予選すらも通らなかったイタリアチームの再建を託されたマンチーニは、最初の記者会見で言った。自分がここにいるのは勝つためだ、と。そして次の日から、勝つことを目標にしたチーム作りが始まったのである。

まずやったのが、イタリア中で行われる試合をすべて観戦すること。それも、1度では済まず何度も。なぜなら、レギュラーだけでなく控えの選手まで見るためには、試合場まで何度も足を運ばねばならなかったのだ。

イタリアでもサッカーもビジネス化が進む一方で、集客のためにオーナーたちは大金を払って世界中からスター選手を集めるのが一般化している。その結果、イタリア生れの有望な若手でもベンチ待機で終る人も少なくない。

この好例が今回のヨーロッパ選手権で眼も醒めるようなゴールを決めたキエーザで、この23歳はずっとフィレンツェのチーム(セリエAでは中頃の位置)で育ったのだが、それにユヴェントスが眼をつけたのはよいが、ユヴェントスには超スターのロナルドがいる。おかげでレギュラーにまではなれないでいたのだった。

しかし、マンチーニが注目したのは若手ばかりではない。すでにレギュラーの地位にはいるベテランにも目配りを忘れていない。ただしこの場合は、ベテラン個々の力よりも、ベテラン同士、ベテランと若手、というような組み合わせによってのより以上の活用、に関心があったようである。

再建とは、若手ばかりで成しとげられるものではない。これまで力を出しきれていなかった中堅を活用することも欠かせない。スポーツもまた、体力だけで勝負できるものではない。

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