“東大女子”のそれから|山口真由さん
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“東大女子”のそれから|山口真由さん

日本の大学の最高峰「東京大学」に初めて女性が入学したのは1946年のこと。それから75年――。時代と共に歩んできた「東大卒の女性たち」の生き様とは。

東京大学在学中に司法試験と国家公務員Ⅰ種試験に合格。財務官僚を経て、弁護士となり、著名な法律事務所に勤務後、ハーバード大学ロースクールに留学、東大大学院博士課程修了。超のつくエリートといえる経歴をもち、現在はコメンテーターとしても活躍する山口真由さん(2006年、法学部卒業)にお話を伺いました。/聞き手・秋山千佳(ジャーナリスト)

◆ ◆ ◆

――山口さんは在学時、法学部の成績優秀者として総長賞を受賞されているんですよね。オール優で「東大法学部を首席で卒業」とメディアで紹介されることもあって、さぞかし自信に満ちた人なのではないかと思われそうなところですが、ご著書では「自信が持てない」ということをたびたび書いていますよね。どういうことなのでしょう。

山口 ずっと自分は自己肯定感が低いと思っていたんです。水が入っているコップを見たら「ここまで水がある」と思うのでなく、「ここがない」と捉えるような自分の性格が嫌だったんです。大学の成績も、優を取りたいというより「良があったらどうしよう」という不安が強くて、優以外が一つでもあればずっと引きずるだろうと感じていました。でも、そういう自分の性格があってこそ、総長賞という結果につながったのかなと。そんな自分をまるごと認めようと、最近ようやく折り合いをつけてきたところです。

――最近というといつ頃ですか。

山口 テレビによく出るようになったこの4年くらいですね。コメンテーターとしてメディアに出るという苦手な仕事を、それを得意とする人たちの中で挑戦するうちに、諦めがつきました。こういう自分でもしょうがないな、まあいいや、と。

――自分とはまったく違う人たちがいる環境に身を置くことで、自分を客観視できたという感じですか?

山口 そうですね。財務省も弁護士だった時も東大出身ばかりの画一的な世界でしたし、その中で学生時代のような抜群の成績を取ることができない自分を許せなかったところがありました。でも今は、優良可のような評価のない世界で生きていて、私の性格がはまるべきところにはまればいいんだと考えるようになりました。

――考え方に変革があったと。

山口 急激にありましたね。ちょうど2017年頃、人生に疲れてしまったんです。自分を許せなくて、改善を要求し続けた結果、疲れてしまった。でもその後、私はこういう生き方しかできないと諦めがついて、すごく楽になりました。

――大きな変化ですね。

山口 自己肯定感を持たなきゃ、持たなきゃと思っていたのが、今は「これが私の自己肯定」と考えるようになりましたね。

 あと、私たち東大女子って、教育課程においてはさほど不利に扱われてこなかったので、卒業までに強烈に個人主義的な人間になりがちなんです。私の代も文系の成績優秀者は女性ばかりでしたし、「同じスタートラインで普通に走れば私たちのほうが速い」という意識になるわけです。でもそういう人が社会に出て不利を受けると、うまくできないのは自分のせいだと思って、会社をやめたり精神的に追い込まれたりする人が多い気がします。

山口真由さん

山口真由さん(写真=石川啓次/文藝春秋)

――社会人になってから自分を責めるようになると。

山口 そうです。個人主義だから「自己責任」という方向に行くし、「組織が悪い」と言うのはダサいよねというプライドもある。でもそういう個人主義的な文化を強化することで、社会全体の女性の活躍を難しくしているところがあるのではないかと感じて、そこは考え方を改めようかなと思っているところです。

――なるほど。東大女子のお話は後ほどお聞きしたいのですが、今触れていただいた教育過程について確認すると、山口さんはもともと札幌のご出身ですよね。

山口 はい。

――4人家族で、ご両親と1歳下の妹さんはお医者さんで。

山口 そうです。

――妹さんは東大を目指さなかったんですか。

山口 彼女は堅実なタイプで、地元の医大に推薦で入りました。中学校の成績を今並べてみると妹のほうがいいんですけどね。

――一方の山口さんは高校(筑波大学附属高等学校)進学で東京に出ていますが、地元で神童扱いを受けるようなことはなかったですか。

山口 私は決して神童じゃなかったんです。小中学校でもずば抜けたことがない。勝手に人をライバル視して自分に負荷をかけて、一歩先に行くというのが得意なんです。ハナ差で勝つタイプです。

――競馬みたいな(笑)。

山口 私は競争環境に置かれるとなんとしても勝ちたいと思うタイプなので、自分を最も競争のあるところに置いてきたということが良かったんだろうと思います。

――本当に競走馬のようですね。

山口 そうですね。誰もいないところで頑張るタイプじゃないです。

――運動が苦手だそうですが、体育の成績はどうでしたか。

山口 先生の前で朝練するとか、そういうのがすごく上手なんです(笑)。

――努力でカバーすると。

山口 逆に陰では絶対に練習しない。その時に学んだのは、「結果がすべて」なんて嘘だということ。先生って、自分の言ったとおりに頑張る子が好きなのねと。

――ご著書の言葉を引くなら「優等生病」の始まりかもしれませんね。

山口 まさにその頃から、他者の中に答えを求めるようになりました。

――疲れる生活の始まりでもある。

山口 そうなんですよ。部分最適にしていくうちに、どんどん自分が薄くなるというか、「私、何を考えていたんだっけ」というのもわからなくなった時期がありました。

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山口さんの著書『「ふつうの家族」にさようなら』

――大学受験の時には、東大と慶応に合格されて、お母様が「女の子なら慶応の方がいいかもね」とおっしゃったというエピソードを拝見しましたが。

山口 実はそれも今思うと、私が他者に正解を求めてしまったケースなんです。その時のインタビュアーさんを満足させたかった。つまり「女子が東大に入ることを親に良く言われなかった」というような話を私に期待しているのかなと感じて、そういうエピソードを選んでストーリーテリングしてしまったところがあります。

――他者の期待を推し量って応えてしまったということですか。

山口 そうです。決して嘘は言っていないけれども、母の言葉のニュアンスなどを若干歪めて話していくうちに、後々、自分の書く文章でも整合性を図ることになりまして。それを目にした母から謝られたので、「お母さんが悪いわけじゃなく、あのエピソードは意外と引きが強かったんだよ」と伝えました(笑)。

――そうですか(笑)。この連載に登場された方で、母親から「東大に行ったらお嫁に行けない」と言われたという方もいたんです。

山口 そういう話のほうが、インパクトが大きくていいかな(笑)。

――なるほど(笑)。それもまた優等生的な考え方ですよね。

山口 そう言われたこともあります。私は話すのがあまり得意でないので、こうしてすぐにステレオタイプにはめようとしていたんです。でも、ストーリーを作ってその場で「正解した」と思っても、それを繰り返すうちに、自分が本来持っていた複雑さのようなものが消えていく気がしてきて。法律家の仕事にもそう感じたところがあります。結論があって、連綿たる事実から自分に有利なものだけを拾い集めてストーリーテリングしていく。事実はもっと複雑なのに、と感じますね。

――弁護士のお仕事にはまりきれなかったのも、そのあたりが影響していますか。

山口 今、本当にそう思っています。法律家の時はやっぱり……。私は昔から圧倒的にできた経験なんてなかったのに、自分は飛び抜けてできるはずだという自己認識を持って社会に出て、財務省の時も弁護士の時も思うようにできないことを納得できなくて。財務省は勝負を逃げてしまったところがあるし、弁護士の世界でやってみても文章をほとんど直されたりして、セルフイメージがぼろぼろと崩されていくようで。その評価に納得できずに、メディアに出始めたんです。

――そうでしたか。

山口 でも、メディアに出ることに対して保守的な事務所だったので、退職勧奨というか仕事を一切もらえなくなりました。稼働ゼロになって、どうしようと。私、ここまで追い詰められていたんだなと思って……(涙があふれる)。すみません、話すと感情的になっちゃって。東大から社会に出て、仕事にうまくはまらなかった時に、私が悪いんだ、駄目だ、と自分を責めて疲れてしまったんです。今思えば単純にその仕事が合うか合わないかの問題なので、次の道を探せばよかったんですが。

――東大女子は「社会に出てから自責の念にとらわれる人がいる」というお話もありましたけど、山口さんはそういう段階を経て、コメンテーターという次の道を選んだわけですよね。「私って駄目なんだ」で終わってしまう人もいるんじゃないでしょうか。

山口 新しい道を模索するのをやめてしまう人も結構多いかなと感じます。それに私にしても、メディアに出ることについては、弁護士や財務省のいわゆる王道を行く人たちに比べて邪道だと言われます。

――それは悲しい言葉ですね。

山口 東大のような王道と言われるところでは、いまだにメディアに出ることを決してよく思わないというか、やや軽んじている文化がありますね。私自身も以前は、王道で評価されなかったから逃げた人間だと思って、コンプレックスを抱いていました。でも今は、自分に満足しはじめています。東大のように一つのものさしで走るという世界ではなく、可能性の扉を開け続けて、一つでも自分の居場所があればそこに居座っていいんだと。弁護士を辞める頃は、この世界にはまれなかった私は消えたほうがいい、と常に思い詰めた状態だったんですよ。

――ご病気にならなくてよかったですね。

山口 私もそう思います。財務省にしても、あの組織で評価されないということは、それまで常に評価されてきた人にとっては本当に苦しいことなんです。自分に何か欠陥があるんだという思いを強くしてしまうところがあるんですが、本当は良い悪いじゃなく、合う合わないなんですよね。そこに気づけたのはよかったと思っています。

――お仕事に関しては、当時の恋人の刷り込みがあったというお話もご著書で触れていましたね。「勉強はできるけど仕事はできないね」「東大首席タイプと付き合いたい男なんか他にいないよ」と言われたと。

山口 ちょうど私が事務所を早く出ていったほうがいいと言われていた時期ですね。彼と結婚することを考えていましたし、認められたかったから、仕事がうまくいっていないと気づかれたらどうしようと思っていました。心が安定している今なら、彼の言葉の中から私がマウンティングワードを選んで、貶められたというストーリーにして、責任を負わせていたところがあったと思います。

――「仕事できないね」などと言ってきたことはあっても、悪い人ではなかったと。

山口 悪人ではないです。彼は彼で自信がなかっただけなのに、精神状態が悪かった私はマウンティングされているように感じて、自己肯定感がすり減っていって……これもやっぱり、良い悪いというより、はまらなかったということかなと思います。

――なるほど。そうした恋愛や結婚関係でいうと、この連載でよく「東大女子の王道」として出てきたのが、在学中に結婚相手を確保するというお話でした。

山口 確かに東大女子で結婚している人って、大学時代から付き合っていた人が多いかもしれないです。でも難しいですよね。東大女子の独占市場じゃなく、女子大の女子たちと並べられて、女性としてのものさしで評価される。私はやっぱり評価される側、選ばれる側に置かれるのは不利だと思いました。

――在学中にそう感じることがありましたか。

山口 男子ラクロス部のマネジャーをやっていましたが、選手たちはマネジャーに女性としての価値を求めているわけですよね。私は相手の期待に過剰に応えちゃう方だったし、「頑張らなきゃ」と気負って自分の持ち味が削がれていた。選ばれる客体の側に回るというのは、可能性を狭めると今は思いますね。

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