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『存在と時間』 マルティン・ハイデガー(後編)|福田和也「最強の教養書10」#10

人類の栄光と悲惨、叡智と愚かさを鮮烈に刻み付けた書物を、ひとは「古典」と呼ぶ。人間知性の可能性と限界をわきまえ、身に浸み込ませることを「教養」という。こんな時代だからこそ、あらためて読みたい10冊を博覧強記の批評家、福田和也がピックアップ。今回は、ハイデガーによる、この1冊。(後編)

★前編を読む。

死の恐怖に怯えながらも成長し大学に入った私はフランス文学を専攻して、一つのテーマを得た。

それは第二次世界大戦中、1940年から44年までのドイツ占領軍のフランス統治に協力したフランス文学者(コラボラトゥール)である。

ピエール・ドリュ・ラ・ロシェル、ロベール・ブラジャク、リュシアン・ルバテといった作家たちは彼らがくみした相手がナチズムであったがために、戦後、本国フランスでは、近代史の最も忌まわしい一連の人物として銘記されると同時になき者とされ、彼らの本を扱う書店は皆無という状態だった。

何故私がそんな厄介なテーマを選んだのかといえば、話せば長くなるので簡単に言うと、日本人がフランス人と同じようにプルーストを研究したところで相手にされるわけもないのだから、フランス人の一番嫌がることをやってやろうと思ったのだ。

コラボ作家というテーマと取り組む中で、私はハイデガー哲学と対峙することになった。

周知の通り、ハイデガーは1933年、ナチス党員の支持により、フライブルク大学総長に就任し、その後ナチス党に入党すると、党の中でも最も過激かつ野蛮なSA(突撃隊)に接近して、学生突撃隊の指導者たちに影響力を及ぼすことで、大学の「革命」を企て、政治運動に深くコミットした。

ところがこの政治的経歴は、ヒトラーによる突撃隊の粛清、レーム以下幹部の処刑によって頓挫する。ヒトラーは政権の安定とヒンデンブルクの後継者としての承認を得るべく国防軍および政財界と妥協をはかるのだが、そのいわば交換条件として、野蛮ながらも「革命」を呼号し、あらゆる既成勢力を打破しようとしていた突撃隊が抹殺されたことで、ハイデガーはナチスに幻滅し、わずか9ヵ月で総長を辞任した。

しかし、この加担によってハイデガーは戦後、1945年から49年まで教職の場から追放された。

講壇哲学は彼のナチス党への参加を、世慣れない哲学者による軽微な政治的過誤だというイメージを定着させようとした。

ところが、ハイデガーが亡くなって11年後の1987年にフランスで刊行された、ヴィクトル・ファリスの著書『ハイデガーとナチズム』は、ナチス政権下でのフライブルク大総長就任、非アーリア人として追放されつつあったかつての師フッサールに対する対応、ナチスが行ったホロコーストに対する戦後の一貫した沈黙といった点について断片的に行われていた批判を、ナチス党員としてのハイデガーの行動として一つのストーリーにまとめ上げ、ナチとしてのハイデガー像を明らかにした。

以降、ファリアスを支持する者たちは、ヒューマニズムの立場から、ハイデガーをもはや議論や検討の余地のない「悪」として定め、忌まわしいものとして棄て去られるべきだとした。

それら対して、ジャック・デリダをはじめとする哲学者たちは、ハイデガーがナチであること、反ユダヤ主義者であることすら認めながら、ハイデガーのおこなったアンガージュマンと彼の哲学の関係を解読することこそ、現在の哲学に課せられた最も大きな課題であるとした。

ハイデガーとナチズムの関係は、私が研究のテーマに選んだコラボ作家の文学の基本的なプロブレマティークと同じ構造を持っていた。

コラボ作家の文学を見る場合、我々がとりうる立場は2つある。ナチスへの協力を理由に、彼らの名前と作品を汚辱の中に閉じ込めて封印してしまうことと、ヒューマニズムと近代に反逆し、歴史との格闘の末に行きづまり、自暴自棄な闘いに身をゆだねて地獄に堕ちた、現在の課題に役に立たなくもない文学・思想として捉えることの2つである。

テオドール・アドルノの「アウシュビッツのあとで、詩を書くことは野蛮である」という今日ではアフォリズムとして流通するようになった言葉は、人間主義と人文主義が乖離せざるをえない状況、ヒューマニズムという語が保持してきたダブルミーニングの破綻を表明している。

コラボ作家を扱う限り、「アウシュビッツ以降の詩作」という問題は避けては通れない道であり、それに対する私論の姿勢を決定するうえで、コラボ作家が持つことのなかった戦後を生きたハイデガーについて考えることは、大変に役に立った。

私がハイデガーとナチズムの関係で最も興味を持ったのは、彼の哲学が、ナチスへのアンガージュマンによってどのような影響を受け、変化したのか、という点であった。

『存在と時間』の中でハイデガーは人間の根本構造が「世界-内-存在」であることを示した。これは「人間が世界の内に存在する」ではなく、「個々の人間が現に生きる世界として世界は存在する」、つまり人間によって世界が規定されているということになる。

そしてその人間は普通、自己を見失い「ひと(das Man)」として生きているが、それは人間の非本来的な姿であり、人間は不安や死の自覚を介して、過去から自己を取り戻し、未来へと先駆しながら瞬間としての現在において決意的に生きることこそ、人間の本来的実存であるとした。

さらにハイデガーは、自分の本来の存在可能性を具体的な目標として見出す人間の「宿命」が、「共同体」や「民族」の「運命」と統合されたときに、歴史が生起すると説いた。

この人間の「宿命」と民族の「運命」の統合こそが、ハイデガーのナチへのアンガージュマンの根拠となっていたのである。

ところが戦後、ハイデガーは『ヒューマニズムについて』の中で、「参加(アンガージュマン)」のような形で世界と歴史を捉えるのは、ニヒリズムにほかならないと糾弾している。この「参加」をめぐる態度の変化の間には何があったのか――。

それを解明するためには、ハイデガー哲学の中心命題である「転回」(Kehre)について、ナチスへのアンガージュマンとの関係から検討しなければならない。

ハイデガー哲学の「転回」が公刊された著書の中で初めて確認されるのは、1947年の『ヒューマニズムについて』の中で「存在の思索」が公開されたときである。

しかし、「転回」の内実を示す「形而上学の克服」は、35年夏学期の講義「形而上学入門」ですでに言及されていた。

時間的な経緯を整理すると、1934年4月にハイデガーはフライブルク大学の総長を辞任し、7月にはナチス党の反ハイデガー・キャンペーンが激しくなる。党側の通告により書店から「ドイツ大学の自己主張」が回収される。9月からの冬学期にはヘルダーリンの「ゲルマーニエン」と「ライン」がとりあげられ、翌年の夏学期には「形而上学入門」が講義される。

こうしてみると、「転回」に通じる歩みが、ナチスからの離脱の直後から始まっていることは明白である。総長辞任以前にすでにハイデガーはナチスに対して幻滅しており、ナチスへのアンガージュマンを断念したのちのハイデガーの思索の最初の成果がヘルダーリン講義と「形而上学入門」にあらわれ、そこから中期ハイデガーの思索が実質的に始まることはほぼ推測できる。

しかし、「転回」自体はこの時期の状況から突然に現れたものではない。ハイデガー哲学の展開から考えてみると、1927年に『存在と時間』が第1部第2編で中断し、そのままになったときからすでに「転回」は予想されまた要請されていたと言うことができる。というのも『存在と時間』の第1部第3編は、「時間と存在」という標題のもとに構想され、ここで『存在と時間』全体が逆転し、存在に対する問いの主要部、存在の意味に迫るという中心問題が扱われるはずだったが、この逆転はついに成し遂げられることがなかったのである。

1927年に『存在と時間』の第1部第1編と第2編が公表されたとき、すでにハイデガーの中では全体の構成が出来上がっていて公にもされていた。それは次のようなものだった。

第1部
 第1編 現存在の準備的な基礎分析
 第2編 現存在と時間性
 第3編 時間と存在
第2部
 第1編 カントの図式論および時間論 時間性の問題設定の前段階として
 第2編 デカルトの《cogito sum》の存在論的基準と、res cogotansの問題圏への中世的存在論の継承
 第3編 古代存在論の現象的基盤とその限界の判別尺度としてのアリストテレスの時間論

ハイデガーは第1部第1編と第2編を「前半」とし、「後半」も続けて公表する予定だった。そのため、前半の序は後半を含めた全体の序として書かれていて、前半の随所で「後半」における諸々の問題が輪郭づけられてもいた。

また1927年にマールブルク大学で行った「現象学の根本問題」という講義は、記録によれば、『存在と時間』の第1部第3編と第2部第3編の主題に立ち入っていることが明らかであり、1929年に出版された『カントと形而上学の問題』では、『存在と時間』第2部第1編で予定されていた歴史の問題が論述されている。

にもかかわらず、『存在と時間』の後半は刊行されなかった。

その大きな理由は、後半における最も重要な「存在と時間」から「時間と存在」への逆転が当初、ハイデガーが考えていた形では成し得なかったからに違いない。

のちにハイデガーは自著の『ヒューマニズムについて』の中で、この逆転は「形而上学の用語の助太刀では切り抜けられませんでしたので、差し控えられ」たと語っている。

この挫折以来、存在の意味に迫るために形而上学以外の言葉を求めることが、ハイデガー哲学の課題となった。

1934年、冬学期講義「ヘルダーリンの“ゲルマニーエン”と“ライン”」はハイデガーが初めて哲学的な究明の対象として文学テクスト、詩作品を取り上げた講義である。これ以降ハイデガーは生涯にわたって度々ヘルダーリンを取り上げ、その他にもゲオルゲやリルケといった詩人を講義や著作の中で扱っている。

この時期に、つまりナチスから離脱した直後にヘルダーリンを、今までとりあげたことのなかった文学テクストを講義でとりあげた理由は何なのか――。

「転回」の達成という側面から考えたならば、そこに従来の哲学、形而上学の範囲に入らない言葉、詩の言葉を取り入れることで形而上学を克服しようとする意図と読み取ることはできる。しかし、後期ハイデガーの中に詩作が占める位置の大きさは、たんに詩の言葉のみに由来するものではなく、詩作という行為そのものにも由来している。

「ヘルダーリン講義」の中でハイデガーは、シュベングラーからナチス党内でハイデガー批判の先鋒だったローゼンベルクまでの名をあげて、詩作を体験や魂の表現として、つまり表現現象として捉えることを非真実であり、非本質的であるとして「ゲルマニーエン」に注釈を加えながら語っている。

詩人は神の電光を無理にも[人間の]言葉と化して言葉に閉じこめ、この電光に満ちた言葉を自分の民族の言葉の中に置き入れる。詩人は彼の心理体験を素材にするのではなく、『神の雷雨が下』に――『頭をさらして』、無防備に己れを委ね引き渡して――立つのである。(『ヘルダーリンの讃歌――「ゲルマニーエン」と「ライン」』木下康光訳)

このように表現現象として詩作を考えることを拒否し、神からの電光を言葉に閉じ込める行為として詩作を考察する方向は、完全に「存在の思索」へと一貫するものである。『ヒューマニズムについて』の中で、「思考はその本質上存在の思考として存在から要求せられている」として規定された「存在の思索」は、アンガージュマンのような目的達成の能動的な手段としておこなわれる人間を主体とした行為ではなく、存在が人間に対して要求する、存在が人間に到来させる思索なのであり、「存在の思索」とはまさしく字義どおり存在が思索する、存在の行為としての思索なのである。

このような思索の非人間化が『ヒューマニズムについて』のテーマだが、この反ヒューマニズムはすでに「ヘルダーリン講義」のなかでの詩作の非人間化、つまり詩人の感情や体験、魂の表現ではなく、神の雷鳴を無防備に受け止めて言葉に移す行為としての詩作という見方に現れている。

この反ヒューマニズムは『形而上学入門』にも現れる。この中でハイデガーは、形而上学は存在者としての存在をしか思考できないために存在自体を思考することは出来ないと言い、「存在の本質についての問いには、人間とは誰であるかという問いが内的に結びついている。この問いに答えるためには人間本質を規定することがどうしても必要になってくるが、それはしかし、決して、根拠なくふらふらしている人間学の仕事ではない。(中略)人間存在についての問いは、いまや、その方向とその広がりとにおいて、もっぱら、存在についての問いから規定されている。人間の本質は、存在の問いの圏内で、始まりの隠された指示に従って、居所として、すなわち、存在が自己を開示するために強いて要求する居所として、把握せられ根拠づけられねばならない」(『形而上学入門』川原栄峰訳)としている。

しかしこの観点は、存在者の分析、つまり世界内存在としての現存在のあり方を知ることが存在の把握につながるとする『存在と時間』の戦略とは大きく食い違うものであり、現存在を歴史へと結びつけるアンガージュマンの論理もこの立場に立つと根拠を失ってしまう。

同様に「ヘルダーリン講義」の中でも、祖国の建設は詩人による存在の建立と存在の思索に基礎づけられるとされており、『存在と時間』の中で語られた、個人的「宿命」と民族の「運命」の統合において生起する「歴史」というテーマも消えている。

『存在と時間』で用いた「民族」や「祖国」概念を、より精密に定義しようとする試みも行われているが、ヘルダーリンの詩作から定義されたこれらの概念は個人の決意とは無縁に、存在から大地に対する働きかけとして考察されており、『存在と時間』で語られたような個人の参加や奉仕を求め、それによって成立する「民族」「祖国」ではなくなっている。

1934年からの「転回」の歩みの著しい特徴は、「形而上学の克服」というモチーフが、詩作=思索という媒介を通して、存在者としての人間を主体として捉えることに抗する反ヒューマニズムに結びついていることである。

この反ヒューマニズムは詩作や思索を人間の主体的な行為としてではなく、存在から受けとめる受動的な行為として考察することに根拠を置いており、個人の決意により歴史に参加しようとするアンガージュマンの論理を完全に無益にするものである。

「転回」を公式に表明した『ヒューマニズムについて』は、サルトル等いわゆる実存主義者とハイデガーの立場の違いを鮮明にする目的から書かれた。ここでハイデガーは、第二次世界大戦後、全体主義との闘争をとなえ、人間復興をスローガンとするみずからのエピゴーネンたちに痛烈な反ヒューマニズムをもって答えたのである。

決意性による人間回復の呼びかけを行う実存主義者たちに対して、ハイデガーは人間の本質を人間性において見るヒューマニズムの限界を暴露し、アンガージュマンの無益なることを説いた。

反ヒューマニズムだけが近代的技術による暴虐の時代に、人間の本質への接近をもたらすものであり、それが右であろうと左であろうと、アンガージュマン自体は近代の破壊をさらに進めるものでしかないと断じたのである。

こうしてアンガージュマンを放棄したハイデガーは「神なき時代」「故郷の喪失」を耐えること、「帰郷」を哲学者の任務とした。

ハイデガーの「転回」を単なる立場の変更ととらえるべきではない。「転回」もまた彼の一貫した探究の過程なのである。

『存在と時間』によって、ハイデガーの探究は始まった。戦後に書かれた彼の主著は、ついに書かれなかった『存在と時間』の後半の改訂なのだと考えることができるだろう。

(完)

5月18日、本連載をまとめた文春新書『教養脳 自分を鍛える最強の10冊』が刊行されます。ご期待ください!

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