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“元稀勢の里”荒磯寛が語る。「稽古を改革して横綱を育てたい」

一般的には「気持ちが強くなければ勝てない」と思われがちですが、メンタルが弱くても強くなれます。実際、私はめちゃくちゃビビりでした。超小心者です。小心者の強みは、小心であることを自覚しているがゆえに準備ができることです。/文・荒磯 寛(元稀勢の里) 取材・構成=生島 淳

ゾーンに入っていた

 四股、鉄砲、摺り足は今も毎日やっています。17年間やり続けてきたのでなかなかやめられない。実は、もともと基本運動が好きなんです。ちょっと変わっているのですけど、中毒っぽくなっている(笑)。自分が元気なうちは胸出したり、相撲取ったり……やれるだけやろうとは思っています。

 今年の初場所で引退を決意し、9月29日に両国国技館で引退相撲、断髪式をさせていただきました。髷は力士としての象徴。髷がなくなるのは、やっぱり寂しい……力士生活が本当に終わってしまったんだなと思うと同時に、裏方としての第一歩だなと実感しています。

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断髪式で白鵬がハサミを入れる

 引退相撲では、最後の土俵入りも務めさせていただきました。みなさんには横綱時代の面影を目に留めていただきたいと思い、引退してからの8か月間は減量せず、体重は維持したまま土俵に上がりました。

 この世界に踏み出す前から、横綱の土俵入りには憧れがあり、実際に自分が横綱に昇進してからもこだわってきたところです。

稀勢の里

 私のこだわりは「平常心」を心がけるというものでした。一場所15日間、いいこともあれば、悪いこともある。それでも、どちらの感情も捨てて気持ちを切り替えて土俵入りを務めてきました。

 だからこそ、最後の土俵入りでも今まで通り、平常心を保ちたい。そう思っていたのですが……ダメでした。これが最後だと思うと、いろいろな思い出がよみがえり、平常心を保つことが出来ませんでした。まだまだ修行が足りません。

 2002年春場所で初土俵、2004年九州場所で初入幕を果たすスピード出世。しかし、大関昇進までには長い年月を要し、ようやく初優勝を遂げたのは30歳のときで、同時に横綱昇進を果たした。

 しかし、左肩付近の大怪我で横綱在位は2年にも及ばなかった。幕内通算714勝、幕内優勝2回。それでも稀勢の里の相撲は強烈に記憶に刻まれ、長く語り継がれることになるだろう。「記憶に残る横綱」稀勢の里の土俵生活とはどんなものだったのか。

 振り返ってみれば、中学を卒業してから元横綱隆の里の鳴戸親方の下に入門し、17歳9カ月で十両、18歳3カ月で幕内に上がることができました。

 ただ、そこから大関昇進までは長い時間が必要でした。大関に昇進したのは2012年の初場所で、新入幕から42場所かかっての昇進は、史上5番目のスロー昇進だそうです。

 そして、念願だった初優勝は2017年の初場所。この時私が12勝1敗、白鵬関が11勝2敗で14日目を迎えましたが、私が逸ノ城関に勝った後、白鵬関が貴ノ岩関に敗れて優勝が決まったのです。

 勝って支度部屋に戻ったとき、不思議と気持ちが澄んでいたというか、ゾーンに入っていたのか、私の後に土俵に上がる白鵬関のことはまったく気になりませんでした。

 普段なら、横綱が負けてくれれば……といった思いで支度部屋のテレビを見ていたかもしれません。ところが、あの日に限っては、「千穐楽で白鵬に勝って優勝する」というイメージが出来ていたので、テレビを見る必要性がなかったのです。すると付け人が震える声で、「横綱、負けました」と言った。優勝決定です。私は「ああ、そうか」と答えただけで、感激とか、胸にこみあげるものはなく、むしろ、付け人のあの顔がいまだ忘れられない(笑)。

 初土俵から89場所が経っていました。10年以上の歳月です。大関昇進後31場所での初優勝は、琴奨菊関の26場所を超えて昭和以降ではもっとも遅い記録でした。それだけに感激もひとしおかと思いきや、そのような穏やかな気持ちで迎えられたのは、ずっと取り組んできたメンタルトレーニングの集大成だったのかもしれません。

 白鵬関とともに千穐楽まで頑張り、いい相撲を取りたいという気持ちの方が強く、それが自分自身の余裕につながっていたのかもしれません。

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明治神宮奉納土俵入り

 そして初場所後に横綱昇進が決定。明治神宮で奉納土俵入りが行われ、3月の大阪での春場所が新横綱として初めての場所となった。そしてこの場所で、稀勢の里は全勝で迎えた13日目、横綱日馬富士との対戦で、左肩周辺に大怪我を負ってしまう。

生涯、忘れられぬ場所

 やはり「綱」というものには重みがあります。明治神宮での奉納土俵入りに備え、初めて綱を巻いた瞬間、「これが横綱というものか」と目に見えぬ力を感じ、なんとも言えぬ感情が湧き上がりました。

 横綱に昇進するまで、15年ほど相撲を取っていましたが、まったく違う相撲人生が始まったことが分かりました。

 横綱として迎えた春場所は、身体的には充実し、精神的にもとても落ち着いて場所に入ることが出来ました。

 昇進が決まってからは2月、3月と毎日のようにあいさつ回りがあり多忙なのですが、落ち着いていたせいか、まったく疲れない。

 それまでは、知らない方とお会いすると奥歯を噛みしめたり、頭痛に苦しむ時期もありましたが、そうしたこともなくなっていました。精神的に充実期に入っていたと思います。

 場所前には、出稽古に来た嘉風関と土俵で派手にぶつかってしまい、瞼が切れて12針も縫いました。そのときでさえ、「新横綱の場所だってのに」という負の発想はまったくなく、血まみれになりながら、「明日も来いよ」とか、平気で嘉風関に言っていたほどです。

20170516BN00135_アーカイブより

 そして初日から12連勝。しかし、好事魔多しというべきか、調子のいい時ほど落とし穴がある。13日目、日馬富士関との対戦で、「欲」が出てしまいました。日馬富士関にもろ差しで入られ、普通であれば、そこで右手で払いながら突き落としにいくなど、なにかひとつ相手を崩してから仕留めにいくはずなのに、そのときばかりは「簡単に勝てる」と慢心していたのか、欲が出てしまった。そこで左腕単体で突き落としに行ったところ、負担がすべて左上腕にかかり、大ケガにつながってしまいました。

 一瞬の慢心が悔やまれます。

 その後の状況を振り返ってみると、優勝がかかっていなければ普通に休場していたでしょう。それほどのケガでした。しかし、13日目が終わった時点で、12勝1敗で照ノ富士関と並び、まだ優勝のチャンスがありました。

 そして迎えた14日目。相手は鶴竜関です。私はいつも通りの相撲で臨もうとしていましたが、内容はまったくダメでした。この取組を終えて、「自分の相撲を取るのは無理だ」と痛感しました。その夜には、いろいろな方から、「将来のことを考えて、休場したほうがいいんじゃないか」という助言も頂戴しました。

 ところが、自分だけがものすごく強気で、「千穐楽も取ります」と答えていたのです。横綱がそこまで言うのだったら、優勝の記念撮影用にネクタイ持っていきますと言い出す人もいたほどで、それくらい自信に満ちていたようです。

 私の信念として、逃げるようなことはしたくなかったのです。14日目の相撲を受け、左腕をかばいながらも照ノ富士関に2番続けて勝つことが出来ました。ものすごい歓声でしたね。

 あの大阪場所は、生涯、忘れられない場所になりました。春場所が開かれる大阪は初土俵の場所でしたし、不甲斐ない相撲を取れば野次られ、いい相撲を取れば大きな声援を頂戴できる土地です。千穐楽に受けたあの大きな声援は、おそらく、生涯忘れることはないでしょう。

筋肉が2ミリ削れていた

 これからは親方として後進の指導に当たることになる。土俵で培ってきた経験、知識をどのように生かすか。ケガをしたこともプラスに生かしたいと前向きだ。

 ケガをしてからは、人間の体についていろいろと勉強させてもらいました。暇さえあれば、人体模型のアプリを見ていたり(笑)。骨格、関節、そして筋肉はどんな動きをするのか。動きを頭で理解しつつ、復帰したらどんな動きをしようかとか、あれやこれやと考えていました。もちろん見ているだけでは、治らないのですが(笑)。

 そうした知識を学んでいくなかで、自分がなぜケガをしたかがわかってきました。

 稽古のし過ぎです。

 人間の体にとって必要な、休養の重要性をわかっていませんでした。

 私は1年365日、基本的に稽古を休まない人間でした。それが強くなる唯一の道だと信じていたのです。ところが、場所前と場所後にエコーで筋組織を調べてみると、場所が終わってからは、1ミリか2ミリほど、筋肉が削れていました。

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