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あまりに呑気な「官邸主導」のコロナ対応|森功

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※本連載は第10回です。最初から読む方はこちら。

 官邸に機能を集中させ、迅速かつ大胆に政策を打ち出してきた――。この7年あまり、安倍政権ではそう自慢してきた。そんな一強政権の弊害が端的に現れたのが、桜を見る会騒動だろう。吉田茂首相以来、50年以上の長きにわたって続けられてきた公的行事で、政治利用、公私混同批判が巻き起こった。それは首相の直轄部隊である内閣官房や内閣府の官僚たちによるチェック機能が働かず、暴走を招いた結果といえる。

 官邸の暴走は新型コロナウイルス対策においても垣間見える。専門家会議の意見も聞かずに小中高校の全国一斉休校を打ち出してみたり、とつぜん布製マスクを配ると言い出したり……。反面、肝心のウイルス封じ込め策はおっかなびっくりで、腰が引けている。新型コロナウイルスが日本に上陸してから3カ月あまり経た4月7日、首相はようやく首都圏や関西、九州の7都府県を対象に緊急事態宣言を発した。ところが、すでに都知事の小池百合子に先手を打たれ、すっかり影が薄くなってしまっている。

 新型コロナウイルスの脅威にさらされている今こそ、安倍一強と呼ばれるリーダーの政治力が求められる。首相官邸が決断し、リーダーシップを発揮するときだろう。が、あれだけ強権を発動してきた政権が新型コロナ対策ではいつになく音なしで、思い切った政策を打ち出せない。なぜこんなに後手にまわってしまっているのだろうか。

 官邸の強みは内閣官房や内閣府にかつてない幅広い行政分野の組織を置き、官邸官僚たちが細かく指示することにある。もっとも個別の政策はあまり機能していない。内閣府の役人がこう嘆く。

「安倍政権では縦割り行政の打破を目指し、内閣官房や内閣府に〇×本部や〇×室という新たな部署をたくさん置き、そこから霞が関の各省庁に指令を出しているケースが多い。でも、実はそれらの部署は各省庁からの出向者の寄せ集めです。たとえば子育て関係だと保育所を所管している厚労省が中心だが、そこに経産省の役人が口を出す。各省庁からの出向者はたいてい若手の参事官(課長)かその下の係長クラスで、その人たちは古巣に政策の伺いを立てなければならないから、それぞれバラバラの考えを示す。なかなか実効性のある政策がまとまらない。それでいて、ときおり官邸官僚が思いつきの政策をごり押ししてそれが問題になるのです」

 首相直轄で従来にない機能的な政策を打ち出すという狙いは、文字どおり題目に終わっている。実はコロナ対策にも、それが顕著に現れている。

 中国の武漢で原因不明のウイルス性肺炎情報が流れ始めたのは2019年11月とされ、少なくとも12月12日には新型コロナウイルス肺炎の発生が日本政府にもたらされていた。そこから内閣官房にある国際感染症対策調整室と新型インフルエンザ等対策室が動き始めた。

 新型インフルエンザ等対策室は麻生太郎政権時代の2009年7月、鳥インフルエンザ由来の新型インフルエンザ対策のため、厚労省の医系技官たちが中心になり、内閣官房に設置された部署だ。また国際感染症対策調整室は15年9月、アフリカで発生したエボラ出血熱対策のために厚労省や文科省の役人が出向して内閣官房に置かれた。どちらも安倍政権下で省庁横断的な対策を期待され、2017年7月に経産省の安居徹が参事官に就任し、19年7月から室長を務めてきた。

 そして新型コロナウイルスに見舞われると、新型インフルエンザ等対策室の8人と国際感染症対策調整室の14人の22人が共同で、肺炎の発生当初から情報収集し、対策を検討してきた。だが、いかにも動きが遅い。

 2020年の明けた1月6日には、武漢から帰国した神奈川県在住の30代中国人男性が発症。16日、厚労省がそれを発表した。男性はその後病状が回復するも、23日には武漢が都市閉鎖に踏み切った。それを受けた安倍首相は26日、中国へチャーター機を飛ばし、日本人を帰国させる方針を表明した。そこまでは迅速な対応をしているかのように見える。つまり、政府はこの時点でかなりの情報をつかんでいたから、チャーター便まで飛ばしたのだろう。

 安倍政権として新型コロナ肺炎対策を本格させたのは、1月30日の閣議決定からだ。

<中華人民共和国で感染が拡大している新型コロナウイルス感染症について、感染が拡大している現下の状況に鑑み、政府としての対策を総合的かつ強力に推進するため、また、新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号。以下「特措法」という。)第15条第1項の規定に基づき、下記により、新型コロナウイルス感染症対策本部(以下「本部」という。)を設置する>

 と同時に、新型コロナ対策準備室と国際感染症対策調整室が新型コロナウイルス感染症対策推進室と組織替えした。だが、対策本部の設置はコロナ対策の組織のあり様を閣議で〝決めた〟というだけにすぎない。閣議決定の「設置期間」には次のように記されている。

<令和2年3月26日から新型コロナウイルス感染症対策を推進するため必要と認める期間>。

 あまりに呑気というほかない。官邸主導のコロナ対応はまったくなっていない。(敬称略)

(連載第10回)
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■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。
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