蓋棺録<他界した偉大な人々>
見出し画像

蓋棺録<他界した偉大な人々>

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。

★河合雅雄

河合雅雄氏 20150727BN00313

霊長類研究者の河合雅雄(かわいまさを)は、ニホンザルやゴリラの観察を手掛かりに、人間が誕生した秘密に挑戦し続けた。

1950年代、宮崎県沖の幸島に生息するニホンザルの観察に参加する。いくつも発見があったが、最も驚いたのは餌を水で洗う「イモ洗い」をするサルが登場し、その行為が他のサルにも普及したことだった。「私たちはサル文化と呼んでいました」。

24(大正13)年、兵庫県の篠山町(現・丹波篠山市)に生まれる。男だけの6人兄弟の3番目。父親は歯科医師で、母親は元小学校教師だった。ほとんど兄弟喧嘩をしたことがなかったが、1度だけ、5男の隼雄(後に臨床心理学者)に言い負かされ、顔を殴った記憶があるという。「私はひどく後悔しました」。

学校の成績のよい兄弟たちの中では一番の乱暴者だったが、小学3年のとき結核にかかり、以降、微熱が続いた。旧制中学を卒業して2浪したのち、長兄が新潟医科大学(現・新潟大学)の学生だったので、旧制新潟高校(同)に入学している。

49(昭和24)年、京都大学理学部に合格してからは、先に京大に入っていた隼雄と6畳の下宿で暮らした。今西錦司を中心とする生態学のグループに属したが、大学院生時代にも健康が充分に回復せず、篠山に戻り、療養しながらウサギを飼って、その生態を研究した。

このとき研究指導を頼んだのが今西の高弟で後に文明論に転じる梅棹忠夫だった。すでに大阪市立大学の助教授になっていたのに、篠山にやってきてあれこれ助言してくれた。お陰で論文を書き上げ、兵庫県立農科大学(現・神戸大)の助手となる。

ところがその直後、今西が愛知県犬山市に「日本モンキーセンター」を設立するというので、家族の反対を押し切って移籍した。まだ薬を飲んでいたが、ニホンザルの研究にのめりこんでゆく。

59年、次の研究対象をゴリラに定めて、ウガンダ、ルワンダ、コンゴなどの森林で観察を始める。大きいゴリラは250キロを超え、「ガーンと体当たりされた」こともあった。「サルが森から草原に出たことが、人間に進化するきっかけだというのが定説でした。しかし、森にいるうちに狩猟も分配行動も道具の使用も始まっている」。

67年、京都大学霊長類研究所助教授となる。同教授をへて、78年に同研究所所長に就任し、87年からモンキーセンター所長を務めた。「サルの文化はあくまで自然に適応するためのもの。しかし、人間の文化は自然を克服しようとするし、人間自身を変えてしまう。そのことを人間は本当に分かっていない」。(5月14日没、老衰、97歳)

★田村正和

俳優の田村正和(たむらまさかず)は、ニヒルな二枚目として登場し、コミカルな味を加え、独特の雰囲気でファンを魅了した。

1994(平成6)年から始まった『警部補・古畑任三郎』の主人公は、神のような洞察力を持つ刑事だが、「事件の時だけ現れて、解決すると消えてしまう」。この役柄について脚本家の三谷幸喜が説明しようとすると、「必要ありません」と断り、狙いを最初から見抜いていたかのように演じてくれたという。

43(昭和18)年、京都に生まれる。バンツマと呼ばれた名優阪東妻三郎の3男。9歳のとき父が亡くなるが「部屋にこもり口をきいたことがない人」だった。高校生のとき長兄・高廣の撮影現場を訪れ、端役で出演したのがきっかけで俳優の道に進む。

しばらくは脇役が多かったが、72年からのテレビ時代劇『眠狂四郎』で、主役としての地位を確立した。市川雷蔵が演じた映画の眠狂四郎はニヒルで冷酷だったが、田村はニヒルに微かな優しさを含ませ、特に女性のファンを惹きつけたといわれる。

そのため、時代劇俳優のイメージが強かったが、84年のテレビドラマ『うちの子にかぎって…』で、教え子たちに振り回される小学校教師を演じ、時代劇とは違った「コミカルな二枚目」を印象づけるのに成功する。

87年からの『パパはニュースキャスター』は、口説いた女性たちとの3人の子供に翻弄されるコメディで、ファンを喜ばせた。そのいっぽう、88年からの『ニューヨーク恋物語』では、異国での恋愛の主人公を演じ「究極の2枚目」の復活といわれる。

94年からの古畑任三郎が好評だったので、以降はコメディに傾斜した印象があった。しかし、2000年代には城山三郎原作の『そうか、もう君はいないのか』や、山本周五郎原作の『樅ノ木は残った』の主演など、シリアスで重厚な役も好演している。

二枚目にしては女性スキャンダルが少なく、あっても、あっさりしていた。70年、銀座の有名服飾店の次女と結婚するが、結婚式は内輪だけのもので、その後、家庭が公にされることはなかった。

仕事を引き受けると台本を丁寧に読み、撮影前にセリフを繰り返し暗唱し、しばしば相手役のセリフも頭に入れていた。会食があっても、カメラが入っているときには、料理を口にしなかった。料理店で食事する場合には、必ず個室を取っていた。

2018年、周囲に芸能界引退を示唆したが『眠狂四郎The Final』の試写を見て納得いかなかったからといわれる。路上での取材にも、「これじゃだめだなと痛感した」と微笑みつつ答えていた。(4月3日没、心不全、77歳)

★清水邦夫

清水邦夫氏 20131021BN00007

劇作家の清水邦夫(しみずくにお)は、狂気や虚構を巧みに劇の中心に据え、全共闘世代に圧倒的な支持を得た。

この続きをみるには

この続き: 1,941文字
この記事が含まれているマガジンを購読する
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に幅広いテーマの記事を配信しています。政治家や経営者のインタビュー、芸能人の対談、作家のエッセイ、渾身の調査報道、一流作家の連載小説、心揺さぶるノンフィクション……月額900円でビジネスにも役立つ幅広い「教養」が身につきます。

文藝春秋digital

月額900円

一流の作家や知識人、ジャーナリストによる記事・論考・ルポルタージュなどを毎日配信。執筆陣のオンラインイベントも毎月開催中。月額900円で記…

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
文藝春秋digital

記事へのご意見・ご感想をお待ちしています。「#みんなの文藝春秋」をつけてご自身のnoteにお書きください。編集部がマガジンにピックアップします。皆さんの投稿、お待ちしています!

ありがとうございます!
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に、一流の作家や知識人による記事・論考を毎日配信。執筆陣のオンラインイベントも毎月開催中。月額900円で記事読み放題&イベント見放題のサービスです。