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出口治明の歴史解説! ザッカーバーグが裸足で逃げ出すほどトンガッた実業家・渋沢栄一

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2019年11月のテーマは、マネー(お金)です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第2回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】消費税が10%になってムカついています。昔もこんなに多くの税金を取られたのでしょうか?

 消費税が10%になってムカついているという質問者を量産しているのは、マスコミの責任だと思います。マスコミは、増税にムカつく人たちを煽るのではなく、「お前、何言うてんねん。阿呆なこと言ったらアカンで。原理原則を考えてみぃ」と説明してあげなくてはいけません。

 まず、「税金はなぜあるのか」という基本の基本から説明しましょう。たとえば現在の東京で、家庭から出るゴミを収集してまわってお金儲けができるでしょうか。民間ビジネスとしては成り立たないことは、すぐにわかりますよね。

 そういう誰もやりたがらない、でもなくては困る仕事は、みんなでおカネを出し合って負担しよう、というのが政府(自治体)の存在意義です。政府にしても地方自治体にしても、そのようにみんなから税金などを集めて公共財や公共サービスを提供してきました。

 税金などによる〈負担〉と公共サービスなどの〈給付〉を比べると、本来的に〈給付〉のほうが少なくなることはおわかりでしょう。公務員の給与など運用コストがかかるからです。しかし日本は、この当たり前の原則を長らく無視してきました。

 給付の中で、最も大きな割合を占めているのはどこの国でも医療、年金などの社会保障です。経済協力開発機構(OECD)加盟の先進36カ国で比較してみると、日本の負担は加盟36カ国の平均よりかなり低く、給付は平均より高い。つまり、〈小負担/中給付〉の国だとわかります。この負担と給付のアンバランスをこれまでは、いわゆる“国の借金”で埋めてきました。国債と地方債の発行残高は既に約1100兆円に達しています。借金は次世代の負担になるので、いつまでも放っておくわけにはいきません。早くプライマリーバランスを回復させる必要があります。

 日本の選択肢は2つです。

 1つは、消費税は15%程度、社会保障は現状を維持する〈中負担/中給付〉の国になる。

 もう1つは、北欧諸国のように消費税は25%ほど、教育や医療は無償に近くする〈高負担/高給付〉の国になる。

 この二者択一のほかに、負担と給付のバランスをとる方法がないことはすぐにわかります。

 現在の日本は、所得税、消費税、社会保険料などの負担が約4割です。わかりやすく月給50万円だとすれば、税金などで納めるのが20万円、手元に残るのが30万円です。

 一方、北欧の国は税負担等が約6割です。税金が30万円、手元に残るのが20万円です。ここで「手元に残る額が30万円と20万円、どちらがいいですか?」と質問するのが極論すれば現在のマスコミです。税金が増えるぶん、給付が増えるという点には触れないのです。

 手元に残るのが20万円でも、教育や医療などの支出がうんと少なくなれば、最終的に残る金額が増えるケースもあります。逆に教育や医療などの自己負担額が大きくなると生活に困窮するかもしれません。「負担と給付はセットで考える」のが先進国の鉄則です。

 歴史を見ると、現在より税負担が大きかった時代はいくらでもあります。たとえば江戸時代です。江戸の初期は、学校で教わったように「四公六民」でした。年貢が4割、農民の手元に残るのが6割。現在の税負担とほとんど変わりません。それではうまくいかなくなり、政府が財政危機に陥った点も同じです。

 これじゃアカンと、幕政改革に乗り出したのが八代将軍吉宗(在位1716~1745)でした。享保の改革では、「五公五民」に引き上げ、破綻しかけていた幕府の財政を立て直します。質素倹約が推奨され、当時は給付がほとんどなかったこともあって庶民もいろいろと我慢を強いられました。

「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出る」という有名な文句は、吉宗の時代の代官の言葉です。


【質問2】今度一万円札になる渋沢栄一は「資本主義の父」と言われますが、どこが凄かったのですか?

 渋沢栄一(1840~1931)の凄いところは、会社や団体を設立するのが大好きだったということです。実業家になった33歳頃から91歳で亡くなるまでに約500の会社設立にかかわり、約600の社会公共事業や国際親善に尽力したといいます。現在なら約600のNPO法人を設立したといえば、わかりやすいでしょう。僕も生命保険会社をゼロから設立した経験がありますが、起業はなかなか大変なので「よくもこれだけの数を」と驚きます。

 ただ歴史を振り返ると、社会の大きな変革期には、とてつもない起業家や事業家が登場するものです。明治・大正の時代には、そういう起業家や事業家が何人もいました。渋沢栄一はその代表選手として、最高額紙幣の顔に選ばれた、と僕は受け止めています。

 明治・大正時代に活躍した実業家たちは本当に魅力的です。「日本の経営者だから、きっと真面目で堅実なタイプばかりだろう」と思ったら大間違いです。スティーブ・ジョブズやザッカーバーグが裸足で逃げ出すほど、トンガッた実業家が何人もいました。当時の日本は、まるでシリコンバレーのようだったのです。

 たとえば、映画ビジネスで成功した梅屋庄吉(1869~1934)。日活の前身となるM・パテー商会を創業した人です。

 長崎生まれで冒険好きだった彼は、14歳で上海に渡り、その後もアジアを転々とします。シンガポールで写真技術を学び、26歳で香港に写真館を開業。フィリピン独立軍にも参加しています。シンガポールで映画ビジネスを成功させ、大金と大量のフィルムとともに帰国すると、映画の興行を始めました。映画という最先端技術に着目し、グローバルに活躍した点は、現代のITベンチャーそっくりです。

 それだけなら、ただの優秀なビジネスマンでしょう。梅屋庄吉は、27歳のときに香港で出会った孫文の革命運動を生涯にわたってずっと支援しつづけました。自分の家で結婚式まで挙げさせるほど面倒を見ています。映画で儲けたお金はほとんど孫文に活動費として提供し、現在の金額に直せば、天文学的な数字になるといわれています。

 明治から昭和初期にかけて活躍した実業家たちは、梅屋庄吉のように新しもの好きで、バイタリティにあふれ、リスクなんて恐れない。とにかく熱い人たちだったのです。

 もちろん、渋沢栄一もそうでした。若い頃を見ると、「人・本・旅」で成長したことがよくわかります。

 彼は江戸末期、現在の埼玉県深谷市で、豪農の長男として生まれました。5歳から読書を始めて四書五経や歴史書に親しみ、14歳頃には既に家業で商才を発揮したそうです。まさに『論語と算盤』の子ども時代です。

 かと思えば、20代では尊皇攘夷の思想にハマり、横浜の外国人居留地を焼き討ちして幕府を倒そうと企てる過激なところもありました。

 人にも恵まれています。江戸で勉強した頃の知人が一橋徳川家にいて、その推薦で徳川慶喜(1837~1913)に仕えます。慶喜が15代将軍になると、幕府を倒すつもりだった渋沢が幕臣となるわけですから人生は不思議です。

 渋沢の旅先はまずヨーロッパから始まりました。慶喜の弟である徳川昭武(1853~1910)に随行してパリ万博(1867)に出かけ、それから1年あまりのヨーロッパ視察とパリ留学にお供をしています。

 若い頃に海外を見た経験は大きかったことでしょう。明治・大正期の実業家たちは好奇心にあふれており、あの時代にもかかわらず、実は海外経験した人がほとんどです。飛行機で1日もあれば外国へ行ける時代に世界を見ないと彼らに笑われるのではないでしょうか。

 渋沢は維新後、大隈重信に請われて大蔵省に入り、33歳まで勤めました。退官後は第一国立銀行(現・みずほ銀行)の頭取となります。官僚時代に同銀行の設立にかかわったからです。渋沢栄一の実業家人生はそこからスタートしました。

 なにしろ当時の日本は、欧米諸国に追いつこうと必死で、法律もまだ整備されていません。新しい国づくりには、政府と一緒に事業を進める“政商”もたくさんいたでしょう。儲けた金を持ち逃げする連中もいたはずです。

 そういうアグレッシブな環境のほうが、僕はずっと面白いと思います。「資本主義の父」がお札の顔になったら、みんなで当時の元気を取り戻そうではありませんか。なお、僕は「戦前の大金持ち」という本を書いていますのでご参照ください。

(連載第2回)
★第3回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。また、読者の皆さんに出口さんに聞いてみたい歴史の質問を募集しています。「マネー」「リーダー」「食べ物」「親子関係」をテーマにした歴史の質問をどんどんお寄せください。「#出口さんに聞きたい歴史」をつけてnoteに投稿していただくか、mbd@es.bunshun.co.jpまでメールでお送りください。




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