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脱水の恐ろしさ……水のがぶ飲みは「水中毒」にご用心!

水分の大量摂取が危険なのは、心不全や腎不全の患者さんだけではありません。健康な人でも、飲み方によっては危険な場合があります。/木村雄弘(慶應義塾大学医学部循環器内科特任講師)

木村雄弘

脱水は夏だけに起きるものではない

 晩秋に入り、空気の乾燥が気になる季節に入りました。

 夏場に限らず、よくメディアが警告するのが「脱水」です。「高齢者は脱水になりやすいので、水をこまめに飲むべし」「汗をかいていなくても、水分補給は忘れずに」……おおむねこれは正しい指摘です。

 人体の重量のうち約6割は、血液・リンパ液・消化液などの水分で構成されています。体の水分・塩分量は、いつも同じぐらいの分量(濃度)になるよう、体内に摂取される量と尿や汗として出て行く量のバランスを保っています。しかし、大量に汗をかいたり、発熱や下痢などで急速に水分が失われたりすると、本来必要な水分や塩分が不足する事態になります。これが脱水です。脱水に陥ると、めまい、頭痛、吐き気といった症状を呈します。

 脱水の恐ろしさはそれだけではありません。私たちの身体は、酸素や栄養素を、体液を循環させることによって身体の隅々まで届けています。しかし脱水になると、体液が十分ではなくなり、循環・輸送機能がしっかり果たされなくなります。そのため、脱水を放置すると、脳などの臓器を正常に保つために必要な酸素や栄養素が行き渡らなくなり、深刻な状況につながる恐れがあります。さらに塩分やミネラル分も失われるため、筋肉の収縮や神経伝達にも異常をきたし、身体がきわめて危険な状態にさらされることがあります。

 特に高齢者は若い人に比べて脱水が起こりやすいと言われますが、その理由として、もともと体内の水分が少ないこと、加齢による感覚機能の低下により、喉の渇きに気づかないことがあります。とりわけ認知症などの人は、長時間水分を摂取しないまま過ごす危険性が高くなります。また、外出先での尿意や尿漏れを気にするあまり、「水分はなるべくとらない」という方もおられますが、これは脱水予防には良くないことです。このように、高齢者の場合、喉が渇いてからの水分補給では遅いこともあります。脱水は夏にだけ起きるものではありません。食事に含まれる水分以外の水分補給が大切だと認識し、日常生活のなかで意識的に摂取することが必要です。

心臓への大きな負担

 ところが最近、水分補給について首を傾げたくなるような言説を目にすることがよくあります。

「健康と美容のために、1日に水を2リットル飲むべし」「水はいくら飲んでも害にはならない」……こうした説を真に受けて、なかには水をガブ飲みするような例も見受けられます。

 しかし、水分を摂りすぎることもまた、私たちの身体に大きな悪影響を及ぼす可能性があるのです。

 たとえば心不全など、心臓に疾患を抱えている患者さんの場合、水分の摂りすぎはマイナスに作用してしまうこともあります。心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割を担っています。心臓の働きが弱っているところに過剰な水分が入り込めば、そのぶん心臓の負担は増してしまいます。心臓の負担が多くなりすぎた状態を心不全と言います。心不全では、肺に水が溜まって息切れを起こしたり、足がむくんだり、身体のあちこちが水あまりの症状を呈するようになります。

 水の管理が必要な臓器は心臓だけではありません。腎臓は濾過装置ですから、水がないと始まりません。水分が少なすぎると腎機能は増悪しますが、重度に機能が低下すると、体内の余分な水分が尿として排出できなくなり、逆に水分過多が害になります。このように適切な水分のバランスは臓器によって、また、機能によって異なってきます。

 したがって、こうした心疾患や腎疾患の患者さんの場合、いかに体内の水分量を一定に抑えるかが大きな生活の課題となります。具体的には、利尿剤などを服用して余分な水分を排出し、「水分摂取は1日に800mlまで」と水分の出る量と摂る量のコントロールを行います。

 また、なかには自分が疾患を抱えていることに気づかないまま日常生活を送っているケースもあります。たとえば、腎機能は採血をしないとわかりませんし、心不全の原因となる弁膜症や不整脈は必ずしも症状を生むとは限りません。それと知らず「テレビで高齢者は多く水を飲めと言っているから」と鵜呑みにし、自分の健康状態をよく知らぬまま水を大量に飲んでしまうと、危険な場合もあります。

 心臓や腎臓に病気があるとわかっている場合はもちろん、むくみや息切れが日に日にひどくなってくる場合は、一度生活習慣を振り返ることも必要かもしれません。心不全や腎不全において、家庭でできる一番簡単な水分管理法は体重測定です。通常、どれだけ食べ過ぎても1週間単位で数キロずつ体重が増え続けることはないでしょう。急激な体重増加が続き、息切れやむくみが増悪する時は、水分が過剰かもと考えることが必要です。

健常者でも「水中毒」に

 水分の大量摂取が危険なのは、心不全や腎不全の患者さんだけではありません。健康な人でも、飲み方によっては危険な場合があります。

 たとえば大量の汗をかいた後、渇きのおもむくまま大量の水だけを一気に飲むと、頭痛や嘔吐、体のしびれや痙攣などを起こすことがあります。いわゆる「水中毒」と呼ばれる症状で、重篤な場合は昏睡状態に陥ったり、命に関わることもあります。

 一見、不足している水分を補っただけなのに、なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか? その原因は、汗をかくことによって、体内の塩分や微量のミネラル分も一緒に排出されていることにあります。

 通常、発汗によって血中の塩分やミネラル分が失われても、私たちの身体は細胞内の塩分やミネラル分の濃度は変わらないよう、自動的にバランスを調整しています。

 ところが、大量の汗をかいて体内の塩分やミネラル分が少なくなったところに大量の水分だけを摂取してしまうと、塩分やミネラル分の濃度が極端に下がってしまいます。そのため、私たちの身体は薄まった体液のアンバランスを補正しようとし、体内から余計な水分を排出しようとします。しかしながら、一生懸命に水分を排出しようとしても、やはり塩分やミネラル分も少しずつ一緒に排出されてしまうため、より塩分やミネラル分の濃度が低くなってしまうという悪循環に陥ります。これが水中毒に至るメカニズムです。

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★2019年12月号(11月配信)記事の目次はこちら

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