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高橋ユキ 脱走犯を追って

文・高橋ユキ(ライター)

「脱走犯」のニュースは、いつも世を騒がせる。

脱走にもいろいろあり、警察署や刑務所からの脱走もあれば、日産自動車元会長カルロス・ゴーンのように、起訴後に保釈されてから行方をくらます場合もある。2007年に千葉県で起こった英国人女性殺害事件では、容疑者が逮捕前に自宅を訪れた捜査員らを振り切り、そのまま脱走したこともあった。

彼らはどう逃げたのか、そして今どこにいるのか。6月に出した新書『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』は、そんな「脱走犯」らにフォーカスしたノンフィクションだ。私は普段、刑事裁判を傍聴して記事を書いたりするほか、受刑者や被告人と文通面会したり、事件の現場周辺で取材を行うなどして、記事を書いている。複数の逃走犯にも同様に文通面会を重ね、手記を得たうえで彼らが潜伏していた地域や、立ち寄った場所についても取材を行った。

2018年、2名の脱走犯が大注目を浴びた。1人目は「塀のない刑務所」と呼ばれる松山刑務所大井造船作業場から逃げ出した野宮信一(仮名)。同年4月、同所の窓から外へ出た野宮は、盗んだ車でしまなみ海道を北上し、本州に最も近い島の空き家に潜伏後、尾道水道を泳いで渡り本州・尾道市に上陸した。さらにバイクで広島まで逃げたが、立ち寄ったネットカフェで通報され、駅近くの路上でついに警察に確保された。

2人目は、富田林署の面会室から逃走した山本輝行(仮名)。同年8月に富田林署の面会室でアクリル板を蹴破り脱走したのち、あろうことか日本一周中の自転車旅の男になりきった。盗んだロードバイクを西に走らせ、四国をめぐり、旅人と交流を重ね、山口県周南市までたどり着いたところで、万引きが見つかり確保された。48日後のことだった。

取材者は誰もが、事前に新聞記事やニュース映像に目を通したうえで現場に出向くだろう。ところがなぜか、報道からイメージしていたものとは若干異なる情報が得られることがままある。この2人の脱走犯に取材したときもそうだった。たとえば野宮については、彼が空き家に潜伏している頃、島の住民が不安を抱く様子や、捜索規模が拡大し続ける様子が頻繁に報じられていた。そのため当時、島は相当緊迫した状態にあったのだろうと想像していた。ところが実際に島で話を聞いてみると、こんな声ばかりが聞かれたのだ。

「あの人は悪い人じゃないよ。元気にしとるんかしら」

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