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【イベントレポート】2023年のECトレンド展望高まる機運-販路拡大、売上向上のためのEC化実践知

2022年8月、経済産業省が発表した「令和3年度電子商取引に関する市場調査」によると、令和3年の日本国内のB to C EC(消費者向け電子商取引)市場規模は、 20.7兆円(前年19.3兆円、前々年19.4兆円、前年比 7.35%増)に拡大した。
 
令和2年の“巣ごもり需要”による急拡大の勢いが留まることなく、物販系ECを中心に、着実に成長曲線を描いていることがうかがえる。生活スタイルが多様化する中、消費者の購買行動に合わせ、デジタルとリアルを融合させながら最適な体験を届けることで、販路を拡大していく動きも加速している。
 
また、「メタバース」「AI接客」「ライブコマース」「サステナブル」「リテールテイメント」などといったテクノロジーの活用や社会課題への対応など、ECを取り巻く環境も急速に変化と進化を遂げている。こうした流れを自社の販路拡大、売り上げ拡大に結び付けるべく、戦略を描いていくことが求められているのだ。
 
そこで本カンファレンスでは、「2023年のECトレンド展望」をテーマに、販路拡大や売り上げ向上のためのEC化実践知について、専門家の視点、実践者の視点からEC 化成功に向けた最適解について考察した。

■キーノート

小売りのデジタル化に伴うブランドとCXの重要性

一橋大学大学院 准教授
鈴木 智子氏

日本ロレアル(株)、ボストン・コンサルティング・グループに勤務した後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士(MBA)、同博士後期課程(DBA)を修了し、博士(経営学)を取得。京都大学大学院経営管理研究部特定講師、特定准教授を経て、現職。経済産業省「グローバルサービス創出研究会」委員、経済産業省「おもてなし経営企業選」選考委員、中小企業庁「尾州TASAI委員会」委員、株式会社三菱総合研究所「東京ホスピタリティプロジェクトビジョン策定委員会」委員、サービス学会理事、東京女性経営者アワード審査委員およびアドバイザー、日本ペイントホールディングス株式会社アドバイザー、等を歴任。現在、経済産業省「物価高における流通業のあり方検討会」委員、株式会社ローソン社外取締役、スタンレー電気株式会社社外取締役、日本マーケティング学会理事、日本消費者行動研究学会理事。

EC市場はこの10年で約2倍の規模になるなど、大きな成長を見せている。ネットショッピング利用世帯の割合も増加傾向にあり、2011年に19.9%であったのが、2021年は52.7%に達した(出典:総務省『家計消費状況調査(2021年)』)。デジタル化の加速、小売りのデジタル化が進み、同時にリアル店舗もデジタル化が加速している

◎ブランドの重要性
テクノロジーの進化もあり、amazonはワンクリック注文/商品推奨/翌日配送といったイノベーションを実現した。自動接客システム(チャットボット)やサービスロボットも普及している。しかし、こうしたテクノロジーはすぐにコモディティ化し、優位性や革新性を失い、差別化の要因ではなくなる。よって、「強いブランドを持つこと」が重要になってくる。
 
ブランドとは、「企業や商品・サービスを識別させ、競合他社から差別化するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはそれらを組み合わせたもの」と定義できる。ブランディングとは差別化であり、すべての企業や商品にブランドがある。企業や商品の“個性”のようなものだ。

社会のデジタル化で、消費者行動はAIDMAからAISAS=Attention(注意)⇒Interest(興味)⇒Search(検索)⇒Action(購買)⇒Share(共有)へと変わった。アクセスが容易な情報やデータが手の届くところに大量にあり、消費者はこれまで以上に多くの選択肢を持つようになった。今日、消費者は自分たちが使用・支援する企業やブランドを、自ら吟味して選択するようになった。もはや消費するだけの存在ではないのだ。
 
企業にとっては、ブランドとパーパスを持つことの重要性がますます高まっている。今日の消費者は、自分が共鳴するパーパスを志向している企業を応援することに意義を感じ、それらは消費行動や購買の意思決定に大きな影響を与えている。
 
メタバースの普及も進む。リアルとデジタルの空間を行き来し、アバターにより仮想空間に誰でもどこにでも行ける時代が来る。グローバルでボータレスな市場に進出するには“自己主張と独自性”が大事。メジャーリーグの大谷翔平選手が良い例だが、他にはない“唯一無二”の存在であることだ。アピールしないと存在すら意識してもらえない。“自らの存在意義”=パーパスやブランドをきちんと発信することが肝要だ。
 
◎CX=顧客体験の重要性
「Amazon Style」「アリババ フーマーX」「niaulab by ZOZO」など、EC企業がリアル店舗やリアル体験に力を入れる例が増加している。やはり、「リアルな体験に優るものはない」とEC企業も感じているからだろう。消費者は、豊かな買い物体験つまり「利便性」と「楽しさ」を求めている。ここにCXが絡んでくる。
 
消費行動に大きな影響を与える五感=マルチセンサリーを刺激することが大事だ。ブランドの世界観をマルチセンサリーに訴求できる「フラッグシップストア」や、買い物とエンターテインメントを融合した「リテールテインメント」が好例。また、店舗を小売りの場というより「コミュニティ」作りの場と捉える動きも広がる。例えばlululemonでは、販売員は「エデュケーター」と呼ばれ、人生を楽しむためのアドバイザー的存在となっている。モノを売らず、「体験を提供する」店、商品との出合いの場を提供することを第一に考えた店も増えている。
 
五感を刺激する体験は、ブランドに対する満足度やロイヤルティを高める。また、体験型の店舗で購入した消費者は、オンラインでも同じ商品を再び購入する傾向があることも分かってきている。
 
とはいえ、リアル=豊かな体験、オンライン=簡便さ、ではもはやない。リアルとオンラインの垣根は一段と低くなった。AR(拡張現実)とVR(仮想現実)の発達もあり、新しい体験を提供するオンラインサービスが増加中。先述のメタバースは、リアル/オンライン両方の限界を超えた、いいとこ取りができる。
 
「良いサービス」だけではもはや不十分であり、「カスタマーディライト(単なる満足以上の、深い感動)」が大切。良い顧客体験(CX)の基本的ルール・認識は以下のとおり。
 
・消費者をさまざまなレベルで総合的に巻き込まなければならない
・「感覚的」「感情的」「認知的」「実用的」「ライフスタイル」「関係性」といったマルチな要素で構成される
・CXは、購入前⇒購入時⇒購入後というカスタマージャーニーのすべてのフェーズで起きる
・顧客は、複数のチャネルやメディアを通じて、無数のタッチポイントで企業と接点を持つ
・CXは、顧客ロイヤルティと「ロイヤルティ・ループ」(再トリガー・再購入・再消費の継続的サイクル)への顧客参加をもたらす
 
リアルとオンラインの使い分け、「リアルANDオンライン」がいまや当たり前だ。テクノロジーはあくまで手段にすぎず、テクノロジーやデジタル化の実現が目的になってはならない。企業や商品の目的は、価値を創造してお客さまに提供することである。そのためには、以下の2つが重要だ。
・差別化の源泉となる個性(=ブランド)の確立
・顧客に感動を与える顧客体験(CX)の提供

小売業界の常識をくつがえす新たなサービスを創出し、消費者の「便利」で「楽しい」買い物体験をどれだけ高められるかが、小売りの未来を左右する新たな競争の次元となる。高価値とは、お客さまにとっての差別化された価値だ。消費者が欲して、自社が提供でき、競合が提供できない価値を提供すること──それが要諦である

■課題解決講演

2023年のEC近未来を予測!
EC事業成長7大キーワードを提言

株式会社いつも 執行役員
立川 哲夫氏

EC・D2Cマーケティング支援を手掛ける、いつも(東証グロース市場上場)の執行役員として、メーカー・ブランドの日本流D2C戦略の提唱者の1人。自社公式EC、AMAZON、楽天市場、Yahoo!ショッピングを同時に活用して、EC事業拡大を目指す大手メーカー・ブランド保有企業に対して、戦略立案、実行モデル提言を行っている。

 様々な商品カテゴリー/ECバリューチェーン全体/複数ECプラットフォームへの展開、それぞれに対応しEC・D2Cマーケティング支援を行う「いつも.」。同社は2023年のEC事業成長テーマを
・デジタルシェルフ(棚・画面)の争奪戦
・5年後を見据えた戦略見直し
と捉えている。日本のEC市場は23年はスーパーマーケット市場を超える14兆円まで拡大しそうだ。
 
買い物行動は、従来は「これでいい」だったが「これがいい」に、そして「あのブランドだから」が「あの人が使って、評価、おすすめしているから」になる。買い物は「めんどうな時間」から「楽しい時間」になる。
 
23年の、EC成長7大キーワードは以下。
①  モール内「シェア」重視へ レビュー数がほぼ同等の競合といかに戦うか、自社のポジションをどこにどのように取るかが鍵になる
②  食・日用品のD2C参入ピークへ このカテゴリーのECが実際に急拡大中。このジャンルは23年に攻めたい
③  「SNS×EC」再構築 年代別の利用動向などをふまえ、SNSの活用設計やスケジュールを再構築
④  サスティナビリティ経営の導入 米国のD2Cで注目の企業は既にサスティナビリティを前面に出してきている
⑤  店舗受取型「OMO」が中心に 着実に成長する、効率のよいビジネスモデルであることが顕在化する
⑥  「ライブコマース」活用元年 米国ではすでに伸長しており、日本も27年には最大約3000億円の市場規模になると予測
⑦  企業所属型「PtoC(Person to Consumer)」の台頭 リアル店舗の最前線で活躍するスタッフの資産を企業が理解して取り込む
 
ECでは「ブランドページ」が主流になっている。例えば②においては、Amazonで単価の高い食品が実際によく売れ、リピート率も高い。進化を早めに捉えれば、先行者利益が得られる。自社ECサイトについては“モールとの差別化”を改めて考えてもらいたい。

いつも.は、Amazonの最新ノウハウ・広告対応ができていない/楽天市場内の競合の動きが気になる、売上が伸び悩んでいる/自社ECサイトの月商の壁が突破できない/D2Cモデルで、EC新規参入を検討している/Yahoo!ショッピングの新規出店を検討している/ECと連携した、SNS活用の見直しを検討している、といった相談に対応できる。

■ゲストスピーチ(1)

習慣をReDesignするEC&CRM戦略
~データからみる購買行動の変化とマーケティングの深化 ~

ライオン株式会社
ウェルネスダイレクト事業本部 事業開発担当部長
倉光 正樹氏

大手BPOサービスにて、メーカー系EC・ダイレクトマーケティング事業者中心にマネジメント。新規通販事業立ち上げ~既存オペレーションのコンサルティングまで幅広にEC事業者を支援。2019年ライオン入社。通販事業における顧客タッチポイントのDX化、事業モデル再構築担当。週末は千葉にて家庭菜園・NiziUオタク。

ライオンのパーパスは「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」。これは、HealthCareマーケティングのド真ん中だ。
歯磨きの習慣化や食器洗い、手洗いにおいて当社は大きな実績がある。メーカー系通販として脂肪対策サプリ「ラクトフェリン」を2007年から他社に先行して市場投入、オンラインによる顧客獲得に注力して事業規模を拡大してきた。オンライン会員比率が高い/フルフィルメント的課題が少ない/解約率が低い、という特徴を持つ。
 
健康サプリメントの消費は、市場全体としては漸減傾向だが、コロナ禍において男女とも特定の年代で伸長している(男性=30~50代、女性=40~50代・インテージのデータより)。また、脂肪対策機能性表示食品の商品発売状況は過当競争気味で、超レッドオーシャン。しかも、購買行動の変化でCtoC取引(フリマアプリなどによる個人取引)が増え、初回に顧客獲得のための割安価格で購入したサプリ商品を継続契約せず売却する層も増えている、と推定した。
 
実質のCPO※が高騰し続けたため、従来のビジネスモデルが終焉したと判断し、ライオンのDNAである「習慣化」に回帰することを考えた。すでに導入しているDXツール(3つのbot、Auto-Callなど)も生かして効率を高めつつ、マーケティングの深化(事業モデルとしてのD2C)に舵を切った。ちなみにDXについては、そもそもなくていいモノをそのままにしてDXを行っても効果は限定的。ランニングコスト最小で運用することが大切だ。
※CPO=Cost Per Order。1件の注文を獲得(受注)するのにかかった費用。
 
従来のEC・通販と今後目指すべきD2Cの差異を考え、つながる理由/課金の仕方/促進施策/つながる場所/商品開発関与のすべてをD2C側に進化・深化させた。

ブランドが目指す社会課題解決ストーリー=脂肪対策のルーティン化、を考え、ペイドメディアへの広告から脱却し、継続見込み客の育成や脂肪対策習慣化を、顧客獲得のフェーズからしっかり意識し実行している。
 
詳細の言及は控えるが、CRMにおいてもライオンが持っている強みを生かしつつ「継続ドライバの探索」「配信導線の確保」「Data活用による休止からの予兆把握⇒継続アプローチ」施策も行っている。

各施策により解約率は下がっており、手応えはある。先人が培ってきた習慣化のDNAをD2Cで体現していく

■ゲストスピーチ(2)

5年で売上400%成長させた担当者が語る
貝印ECの実践策とデータ活用のこれから

貝印株式会社
ビジネス開発本部 EC営業部マネージャー
丹山 浩克氏

武蔵野美術大学を卒業後、地方の伝統工芸品や日本酒などを扱うEC事業の責任者を経て、2018年に貝印に入社。現在はグローバル刃物メーカーである貝印のEC事業部のマネージャーを務める。

日本国内において、家庭用包丁やツメキリ、使い捨てカミソリで市場シェア首位を獲得している貝印。EC事業部もあり、直営ECでの22年度売上は、2018年度比で約400%の成長となる見込みだ。

貝印公式ECサイト(メーカーEC)のボトルネックは、同社が卸主体のメーカーであるため希望小売上代を遵守しなければならず、販売価格が日本一高いこと。そのため直営ECサイトで「買う理由」を作るためにここ数年手を打ち続けてきた。
その①が「名入れ」。名入れ対象アイテムの売上は、定価販売で名入れ費用ももらっているにも関わらず、毎年約120%増で推移している。記念品、ギフト需要も根強い。
 
その②は「独自のサービス開発」。例えば、包丁の研ぎ直しや包丁の回収だ。“包丁マイスター”と名付けたプロの研ぎ直しは、好意的な口コミも多く、満足度が高い(自社ECサイト=本店利用者限定)。不要になった包丁の捨て方がわからない、という声も多かったので回収サービスも開始した。また、ミールキット付きオンライン料理教室といった施策も行っている。
 
その③は「コト企画」。2020年前後に、商品やサービスを通して得られる“体験価値”消費すなわち「コト消費」「コト売り」がトレンドとして脚光を浴びた。私たちは“包丁を売っているわけではなく切れ味を売っている”と意識を新たにし、体験価値を最大限高める商品やサービスを提供するようにした。例えば、上質なカニと「かにはさみ」を販売した。これはSNSでも話題になり、TV取材も入って売上向上や認知向上に貢献した。「鰹節削り体験セット」「味噌造り体験セット」「七味唐辛子作り体験セット」も販売しており、好評を博している。
 
◎モール活用のポイント
物流費やシステム関連費がかかるECは、商品をリアルと同じかそれより安い単価で売ることになると利益を出すのが難しい。とくに本店は集客もなかなか困難だ。一方、amazonや楽天などのECモールは、集客が本店より容易であるのと、「認知&レビュー獲得」の面で有用だ。
 
認知(ブランド・商品について知る)⇒ECサイトを訪問する(興味・関心)⇒カートに追加(比較・検討)⇒購入、これがECの通常の流れ。EC事業部の目的はあくまでECサイト訪問以降の「売上」だ。第一段階の認知については、広報宣伝部門の目的である認知度、好感度の向上の役割も果たす。認知にも効いてコストも見合ってくるマーケティング活動としては、インターネットモールでの上位表示や、ブランドの世界観を見せられるページでのアイテム訴求は重要である。

レビュー獲得、消費者インサイトを明確にすることにもモール出店は役立つ。リアル店舗で入手しにくい商品や昔ながらの商品を探すときは大抵、モールの中で検索する。年配の方は若い人に検索を依頼し、時に購入までしてもらう。上位表示させたり既存会員向けにメルマガを打ち認知度を上げていくことは、結果的にブランド全体のベースアップに寄与する。レビューでユーザーの声を集め、販促に生かすのもモール活用のポイントだ。
 
◎データ活用とこれから
現在の課題は、刃物メーカーゆえにカミソリ/美粧用品/キッチン用品、と商品がジャンルを横断しており、またSKU※が1万を超えるために、複数存在するであろうユーザーグループの顧客理解が進んでいないことだ。包丁が好きな人たちなのか、ビューティーツールが好きな人たちなのかといったことが見きわめられていない。また、ライフタイムバリューの高いユーザーや潜在ユーザーも把握しきれていない。今後は、AIを使いグルーピングして、コンテンツの出し分けなどを行い、コミュニケーションの緊密化を図っていきたい。
※SKU=Stock keeping Unit。在庫管理上の最小の品目数

2022年11月18日(金) オンラインにて開催・配信


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