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谷川浩司「永世名人と詰将棋」

文藝春秋digital
文・谷川浩司(十七世名人)

このたび、日本将棋連盟理事会の推薦をいただき、5月23日付で「十七世名人(永世名人)」を襲位しました。「名人」は将棋界のタイトルの一つで、永世名人は、この名人位を通算5期以上、保持した棋士に与えられる称号。引退後に名乗るのが原則ですが、今年4月、還暦を迎えた誕生日の後に推薦の連絡がありました。

永世名人には、江戸時代から400年以上続く歴史があります。私が襲位したのは、木村義雄十四世名人、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人に次ぐ十七世名人。歴史の重みを感じて、身が引き締まる思いです。

実は、現役棋士の私が永世名人を名乗ることに戸惑いもありました。私と同じく現役中に襲位された、大山先生は名人位を通算18期、中原先生は通算15期獲得しています。木村先生は八期ですが、戦前戦後にかけて10年以上。どの先生も、名人戦で圧倒的な勝率を誇り、一時代を築かれた大名人です。

私の場合、これまで名人位を懸けて11回のシリーズを戦い、名人獲得はギリギリの5期。5勝6敗の負け越しで、いま振り返っても苦労の方が大きかった気がします。

名人戦は七番勝負ですが、30代後半の時期には、3勝2敗から2連敗したことが3回ありました。なかでも印象深いのは、1999年、現在は日本将棋連盟の会長を務める佐藤康光名人(当時)に挑戦したシリーズ。3勝2敗で迎えた第6局、終盤で私の玉が入玉(自分の玉が相手の陣地に入りこむこと)して安全な状況になったところで油断が生じてしまった。「相手が投了(自ら負けを宣言すること)してくれるかも」という甘い考えが頭をよぎり、逆転負けを喫したのです。

今後、私のように負け越しの永世名人は出てこないかもしれません。しかし、考えてみれば、それは諦めずに何度も名人に挑戦し続けた証でもある。この点は、評価していただけるのではないでしょうか。もちろん、21歳のときに史上最年少で名人を獲得したことや、88年、小さい頃からの目標だった中原先生から名人位を奪取したことも、将棋人生のかけがえのない喜びとして残っています。

名人が現在の実力制ではなく世襲制だった江戸時代、歴代の名人には将軍に詰将棋作品集(図式集)を献上する責務がありました。奇遇にも、私もこの6月に作品集『谷川浩司 精選詰将棋』(小社刊)を出版。いま、皆さんがお読みになられている『文藝春秋』誌上の詰将棋連載から厳選し、ひとつの本にまとめたものです。

詰将棋とは、決められた駒の配置からスタートして、王手の連続で相手の王を詰ますパズルのこと。初心者の方でも、簡単な問題から始めて詰みの形の知識を積み上げていくことで、実戦での終盤力アップが期待できます。私は小学校低学年の頃から新聞の詰将棋欄などの問題を解き始め、高学年になると自分でも創作するようになりました。

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