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倉本聰 特別寄稿|コロナ大戦・考「抜けるような本物の空の蒼に」

姿の見えない敵、新型コロナは何かの警告なのか。経済活動の止った空は、久方ぶりのなつかしい空の色だった。/文・倉本聰(脚本家)

人を超えたしたたかな生物

これは明らかに戦争である。

ならば戦争の仕方を学ばねばならぬ。

敵は新型コロナウイルス。

予告も布告もなくいきなり襲ってきた。

何が原因で戦争を仕掛けたのか恐らく彼らの云い分があるのだろうがその云い分がさっぱり判らない。

普通戦争が起こる時には、双方の云い分が夫々(それぞれ)にあって、互いにそれを主張し合い、話し合い、談判の時間があってそれがうまく行かず決裂したとき初めて戦いの火蓋が切られるものだが、その過程を全く経ないままに突然攻撃が開始された。

我々はまずその攻撃の理由を知りたい。

だが我々には敵の姿が見えず話し合い相手との交渉の手段もない。交渉に用いる言語も判らぬし、コミュニケーションの手立てもつかめぬ。

敵も実はこれまで人類に対し云いたいことが山程あって彼らなりの手法で我々に対し様々な警告や予告を発したが不幸にして人類の耳にはそれが届かず、我慢に我慢を重ねた揚句、戦争しかないと爆発したのか。その警告とは何だったのか。

もしかしたら近頃ひんぱんに起こる異常気象や洪水や旱魃、地球高温化や山火事や地震、あれらが彼らの我々に対する警告の意志表示だったのかも知れないが聞きたくても聞けないから手の打ちようがない。

人類はいつからか声と言語をもち、それが話し合いの唯一の手段と勝手に思い込んでしまっているが、広い世界の話し合いの道具にはもっと根源的手段があってそれを我々が知らないだけかもしれない。

こっちには全く向うが見えない。科学者が顕微鏡で敵の姿を捕え、あれが敵だと思い込んでいるが、もしかしたらあれは人類を欺くあくまで仮りの姿であって実体は別にあるのかもしれない。

ともかく彼らの戦法を見ていると人の英知をはるかに超えたしたたかな生物であるような気がする。

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やっかいな敵、新型コロナウイルス

「総統」の正体は?

科学の世界ではこのウイルスを「細胞性生物とは明確に異なる分子的構成と、独特な増殖相をもつ非細胞性構造体の一群」と定義するが愚者の愚考の範囲では大きく括るとやっぱり一種の生物、だと思える。してみると。

と突然ここから非科学的に飛躍するが群を成す生物にはミツバチを見てもオオカミを見てもどこかに群の頭がいる筈で、抜きん出た頭脳を持つこの頭の下で頭の指揮のもとに一糸乱れぬ軍事行動をとっているのではないか。

だとすればその頭――敬意を表して「総統」と呼ぼう。その総統の所在を探り出ししっかりその相手と腹を割って話す。或いは。

かつてのフセインやオサマ・ビンラディンの様にそいつを殺すという戦略もある。

しかし恐らくその総統の頭脳は人智を超えた優れたもので、しかも人類を研究し尽しているようであるから、一国を滅ぼすにはどうしたら良いか、医療崩壊を起こさせるにはどういう弱点をついたら良いか、等々、全て判って緻密な計画を樹てているようだからとても正体を曝すとは思えない。

でも、正体が判らなくても空想の正体を仮想してしまえば多少の気休めにはなるものではないか。

文人たる愚者の愚想によれば。

たとえば総統の容姿はチャーリー・チャップリンに似た温厚な紳士。

僕の想像ではそうなるのだが、諸氏夫々に想ってみればよい。想った上で妄想を飛ばすと総統は果たして女好きであるか。それ以前にウイルスにオスメスはあるか。オスとメスとはどっちが強いのか。科学者はそこらを解明しているのか。などなど。

家に軟禁されていた諸氏のささやかな暇つぶし位には、なった筈だ。そういうことさえ全く判らぬのにウイルスを単なる微生物と見下し、上から目線でこの敵を見ている。人より劣った生命体と見ている。ここらに既にヒトの傲慢がある。

命か経済かを天秤にかける

総統の頭脳は遥かに我々を超えている。

だから今のところ知能戦に於いて我々は明らかに完全に敗けている。敵は的確に我々の弱点をついてくる。

マスクの不足。

防護服の不足。

院内感染。

医療関係者の感染と不足。

自粛要請をきけない人々。

政府の物事への決断への躊躇。

次の選挙への不安と思惑。

打つ手のおくれ。

第2次クラスター。

これらを見ていると敵の攻撃戦略が明らかに人間の性癖を読んだ経済へのアタックにあることが見てとれる。

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ヒトは命と経済を今、天秤にかけて動いてしまっている。

これは彼らの攻撃目的を知る上での大きな参考になり得るといえる。つまり人間の経済活動の制御が総統の攻撃の目的なのかもしれない。

そういえばこの何か月かの戦争の中で各国が経済活動を休止したおかげで大気汚染物質や二酸化炭素の量は何十年以前のレベルまで下っている。

思いなしか森の中を飛び交う小鳥たちの啼声が例年より賑わしく楽しげだ。

そう考えれば総統の目的はもしかしたら地球の環境を正常に戻すことにあるのではないか。そしてひょっとするとその考えはウイルスに対する手の打ち方の一つの指針となり得るかもしれない。

経済活動を後退させれば、彼らの目的は達せられるのかもしれない。これは一つの講和への糸口であるかもしれない。

たしかに人類は経済に走りすぎ生物多様性のこの地球上で傲り果て傍若無人にふるまっている、傍若無人に他の生命体の生きる権利を脅かしている。そしてそのことをもはや人自身が制御できないでいる。

経済至上主義への大自然の怒りが総統率いるウイルス軍団の強烈な決起を促したのではないのか。

「孫子の兵法」を読み返す

さて、これが明らかな戦争であるとするなら、戦争の仕方を考え起こさねばならぬ。

180度思考を転換して人類を攻めるなら、今どうすべきか。総統の立場に一度身を置いてその戦略を考えてみよう。

「孫子の兵法」という古典的戦法をどうも総統は読んでいる気がする。そこで「孫子の兵法」に記されているいくつかの名言を読み返してみよう。

『兵は詭道なり』と孫子は書いている。

即ち戦争はだまし合いである。という言葉である。

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これはまさしく今回総統が軍団にとらせている戦法に似ている。

ワクチンが中々作れない。抗体が出来たか出来ないか判らない。漸く陰性になったと思っても再び陽性になる“再陽性”というものが起こる。彼らは人類を手玉にとっている。

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