見出し画像

資生堂は、新しい日常の「美」を追求する|魚谷雅彦(資生堂社長兼CEO)

これからは「健康」と「免疫」がキーワードになる。「美」とは、食事、睡眠、ストレスのない生活など、トータルバランスから生まれるもの。トータルビューティーの考え方をサービスや事業に結び付けていく。/文・魚谷雅彦(資生堂社長兼CEO)

使用_魚谷社長_トリミング済み

魚谷氏

コロナ禍での「美」

緊急事態宣言は解除されたものの、コロナ以前の日常に戻ったというわけではありません。街中や職場などでは、ウイルス感染予防のためにマスクを着用することがエチケットとされています。

そうなると顔の下半分が隠れるわけで、口元や頬を人に見られる機会が少なくなります。女性の方々にとっては当然、口紅やファンデーションなどの化粧品の需要は減ってきますよね。それら商品の売り上げが落ちているという事実は否めません。ちなみにですが、資生堂では2次付着しにくい口紅や、肌にしっかりと密着するファンデーションなど、マスク着用時にもおすすめの素晴らしい商品を以前より開発・販売しているので、それは是非購入していただきたいです(笑)。

街中にマスク姿の人々が溢れ出した頃から、弊社の美容部員に、生活者の方々から相談や問い合わせが多く寄せられるようになったと聞いています。「マスクを着用する時のアイメイク、眉のメイクはどのようにすればいいですか」、「マスクで肌荒れしてしまったが、どうすれば治るでしょうか」といったものです。

資生堂ではそうした声に答える形で、4月27日に美容や健康情報をお届けする情報タブロイド紙「いま、お伝えしたい美容のこと。」を発行し、同じ内容をウェブでも配信しています。嬉しいことに、これがかなり喜んでいただけまして。生活者の皆さんも私たちと同じように、コロナ禍での「美」がどうあるべきか、悩んで、模索していらっしゃるのだと実感しました。

カンバン_2020060601780

マスク着用で化粧品の需要は……?
自粛生活におけるライフスタイルの変化、緊急事態宣言下での百貨店の休業、インバウンド需要の減少などにより、化粧品業界は業績が大きく落ち込んだ。

国内最大手の化粧品メーカーである資生堂もその影響は免れず、5月12日に発表した2020年1〜3月期の連結決算は、純利益が前年同期比で96%減の14億円となり、発表済みの20年12月期通期の業績見通しを取り下げることとなった。

魚谷雅彦氏(66)は、2014年から資生堂社長兼CEOを務めている。日本コカ・コーラ社長など、複数の企業での経験を活かし、この未曽有の危機をどう乗り越えようとしているのか。

ビジネスに「想定外」はない

「想定外」という言葉を、よく聞くようになりました。日本だと地震などの災害がそうですが、世界でも気候変動によって干ばつや洪水が頻繁に発生するようになりました。今回のコロナ禍も全くの「想定外」でしょう。ウイルスが世界中に広がり、数十万もの死者が出るなんて、今年のはじめは誰一人として想像していませんでした。

ところが、ビジネスにおいて「想定外」というのはあってはなりません。というよりも、「想定外」のことを「想定外」と思わないことですね。事業やビジネスというのはそもそも山あり谷あり。何が起こるのか全く予想がつきません。企業のトップに求められる仕事は、状況に一喜一憂することなく、その時々で生じた課題に対して素早く解決策を模索することだと思っています。

「来年春にはワクチンが完成して、コロナ前の世界に戻り、経済も回復していくだろう」

このように楽観視する人もいますが、私自身はこの状況があと2〜3年は続くという前提で経営を考えています。英語で「ワーストケースシナリオ」という言葉がありますが、ビジネスでは常に最悪の事態を想定した上で、今後の戦略・戦術を立てていかなくてはなりません。もちろん、予想より早めにワクチンが開発されて経済が回復していけば、頑張ったぶんは会社にとってプラスになる。ですから、常に最悪を想定するに越したことはありません。

「守り」と「攻め」

では、ここからの2〜3年をどう闘っていくか。現状を見れば、数字そのものは去年より落ちましたし、かなりの痛手を負ったという感覚はあります。

ここ数年、日本事業の売上高というのはものすごく伸びていたんです。もちろん国内事業の純粋な健闘もありますが、それを上回る勢いで中国の方々を中心としたインバウンドの消費が伸びていた。それがトータルの数字を押し上げていた形です。ところが、今回のコロナ禍によってこの数カ月間、外国人観光客は来なくなってしまったわけですから、インバウンドはほとんど消えてしまった状態になっています。

この逆境は私たちにとって、事業の“原点”を思い出す非常にいい機会になりました。

どういうことか。そもそも資生堂の商品は、日本のお客さまに受け入れてもらえてこそです。まずは日本国内での化粧品事業を頑張って、様々なブランドに対して支持をいただく。そうやって成功したブランドを、今度は中国、他のアジア諸国、ヨーロッパ、アメリカなどへ輸出していく。その「メイド・イン・ジャパン」のブランドが海外のお客さまにも認められれば、その方々が日本に旅行に来た際に、「せっかくだから、商品を買って帰ろうかな」と思っていただける。こうしてインバウンドへと繋がるわけです。

今回は否が応でも、日本での事業、日本のお客さまについて見つめなおす機会となりました。せっかくのこの期間を活用し、日本事業の強化を図り、化粧品メーカーとしての基礎体力をつけなければならないと思っています。

経営には「守り」と「攻め」の姿勢が重要です。

私は社長という立場である以上、会社の将来や社員の雇用を守っていく責任があります。「全体的な業績はいいから大丈夫」と目をつぶっていてはダメで、個別の事業を精査し、メスを入れていかなければなりません。長期的な視点で考えた時に、収益性を高められない、採算がとれないビジネスは、思い切って切り捨てていくべきです。

とはいえ、安定を重視し、縮小均衡的なことばかりをやっていても、将来性はありません。時には思い切って、積極的に「攻める」ことも必要となってきます。

他社の例ですが、6月19日、ユニクロさんが銀座に日本最大級の店舗「ユニクロ・トウキョウ」をオープンさせて話題になりました。生活者のライフスタイルが大きく変化するなか、衣料品の業界も厳しい時代を迎えているはずです。そのような時だからこそ、将来を見据えて打つべき投資を打つ――。非常に考えさせられた一件でした。

実は、資生堂も現在、国内に新しく工場をつくっている最中なんですよ。現在、国内工場は4つ存在しますが、2019年に完成した栃木の那須工場がその中では最新のものとなります。ここに、大阪と福岡の2工場が加わる予定です。

「業績が落ちているこの状況下で、数百億円もかけて設備投資をおこなって大丈夫なのでしょうか」

「工場の計画はストップさせたほうがいいんじゃないですか?」

社外の方からはそのような声をいただくこともあります。確かにコロナ禍で資生堂の業績は大きく落ち込みましたが、工場の計画は変更しません。さらに、現存する工場の設備投資についても検討しています。

短期的に見れば、工場の計画をストップさせるという判断も正しいのかもしれません。ですが「メイド・イン・ジャパン」の価値をベースとしてこれから世界で闘っていくためには、工場、研究開発、デジタル環境、人的リソースへの思い切った投資が必要不可欠です。長期的な視点で見ると、それが品質の高い商品を生み出す原動力となります。

そもそも資生堂は、100年以上にわたって基礎研究を積み重ねてきた実績があり、「サイエンス」がベースになっている会社です。一つひとつの商品を見ても、そこに込められている熱量が非常に大きい。化粧水なんかは「なんだ、ただの水じゃないか」と思われる方もいると思いますが、搭載されている技術が本当に凄いんです。それについて語らせたら、5時間くらい喋り続ける研究者がいるんですけど(笑)。品質の高い商品を生み出すという意味でも、そういった開発現場や工場、人材は大事にしたいです。

コロナ禍で2桁の成長率

魚谷氏は社長就任時から一貫して「グローバル事業」を重要視してきた。その中でも、年々存在感を増しているのが中国だ。2019年の売上高において、中国市場は約5分の1を占めている。

だが、特定の市場に注力することはその反面、大きなリスクを抱えることにはならないだろうか。

続きをみるには

残り 3,993字 / 4画像
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください