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【イベントレポート】文藝春秋カンファレンス【タイムパフォーマンス経営】~「時間」の質を最大化する「仕事のための仕事」からの脱却~

文藝春秋カンファレンス「『タイムパフォーマンス経営』~「時間」の質を最大化する「仕事のための仕事」からの脱却~」が8月25日(水)、オンラインで開催された。

マネジメントは、社員のムダな仕事を生産的な時間に変え、限られた仕事の時間の質を最大化するために何ができるのか――。実践者や専門家らが、仕組み作り、科学的根拠に基づく人材育成、コミュニケーションの高度化など、さまざまな視点から考察した。

◆特別講演①

「仕組みが9割-仕事はシンプルにやりなさい」

松井さん㈰

松井オフィス代表取締役社長
良品計画前代表取締役会長
松井 忠三氏

「無印良品は、仕組みが9割 仕事はシンプルにやりなさい」の著書がある松井忠三氏は、業績が急落した直後の良品計画社長に2001年に就任。リストラ後に「負けた構造を勝つ構造に」する企業改革を推進し、赤字に陥った無印良品ブランドの同社の業績をV字回復させた。

同社の挫折の要因は、「文化と感性」で一世を風靡(ふうび)したセゾングループの企業風土に遠因があった。社内には、机上の空論で立案される企画と、「背中を見て育つ」徒弟制的な経験主義が横行し、実行力の不足や属人性の弊害が深刻だった。松井氏は「セゾンの常識は当社の非常識」と唱えて、経験に頼らない業務、実行力のある組織への改革を進めた。

改革の象徴が、感性を重視する風土が根強かった社内の強い反発を押し切って導入した店舗業務マニュアル「MUJI GRAM」だ。これにより店長ごとに異なっていた売り場作りや、オペレーションを統一。現場から改善提案を随時、受け付けながら、毎月のように見直しをすることで、すべての店舗で確実に実行される「空気のような仕組み」にした。

本部でも、業務マニュアルの業務基準書を作成して、誰でもできる業務にすることで属人性を排した。また、幹部の会議で決まったことを社員に確実に伝え、実行してもらうため、実施期限を明示して連絡事項を伝えるシステムなどを導入。確実な実行を促すために、周囲から指示の閲覧・実施状況を見える化する仕組みを構築して、実行を徹底する組織へと変革した。

松井さん㈪

人材育成では、米・GE社のナインブロックを参考に、潜在能力とパフォーマンスを軸に5つの象限に人材を区分する「ファイブボックス」を使い、幹部候補の育成や、社員の力を最大限に引き出す全体最適のための配置を実現した。松井氏は「コロナ禍で顧客ニーズが変わる中、企業は自身を改革できなければ、時代に取り残される。トップが関与して企業風土を変え、業務改革、構造改革に前向きにチャレンジすることが大切だ」と訴えた。

◆テーマ講演①

人依存からの脱却!「仕組み」で成長する組織の作り方~見える化・標準化・マニュアル化、3つの壁を突破するには~

スタディスト様写真①差し替え

株式会社スタディスト
Teachme Biz事業本部 営業部部長
関根 弘明氏

マニュアル作成共有システム「Teachme Biz(ティーチミービズ)」を提供するスタディストの関根弘明氏は、マニュアルの効果を語った直前の松井氏の特別講演を受け、同社役員の著書「結果が出る仕事の『仕組み化』」のポイントを紹介しながらマニュアルの活用法を示した。

コロナ後の回復を見すえて動き出した企業は、人材の育成、採用、雇用のコストという3つの困難に直面している。乗り越えるためには、効率的な人材育成を図るとともに、限られた人員のパフォーマンスを最大化する業務効率化、多能工化を進め、生産性を高める必要がある。そこでカギとなるのが業務の仕組み化だ。機械・ツールを使った、いきなりの全自動化は、品質やコストの点で懸念があるとして「まず、業務の見える化、標準化、マニュアル化の3つを工夫し、自動と手動のベストミックスを探る」ことを勧めた。

見える化については、付箋などに書き出したすべての業務を、(A)知識や経験を基に高度な判断を要する「感覚型」、(B)複数の選択肢から最適な手法を選択する「選択型」、(C)誰もが同じ成果を出すことが望ましい「単純型」の3タイプに分類する。業務整理のコンサルティングも行う同社の経験では、Aの業務は2割弱、BとCの業務が8割強になる。

関根さん㈪

仕組み化が容易なBとCの業務は、次のステップに進める。アウトプットの質を明確にして、インプットからのプロセスを最短にする流れにする標準化を行い、マニュアルにする。Teachme Bizは、手順のステップを区切った紙芝居形式で、写真・動画ベースのわかりやすいマニュアルを簡単に作成できる。クラウド型サービスなので、あらゆる端末から時間や場所を選ばずアクセスでき、配布や改定も容易で、活用されるマニュアルを整備できる。

教育研修の時間削減や、容易なマニュアル改定によって変化を当然とする企業文化醸成に貢献した事例を紹介した関根氏は「マニュアルによる効率化で生まれた時間を付加価値創出、将来の事業に使ってほしい」と訴えた。

◆特別講演②

「教育に科学的根拠を」~根拠のない仕事のための仕事からの脱却~

中室さん㈰

慶應義塾大学 総合政策学部 教授
中室 牧子氏

教育経済学が専門で、「『学力』の経済学」などの著書がある慶應義塾大学の中室牧子氏は、長時間労働の問題点、報酬のあり方、社会スキルなどの非認知能力の重要性などについて、研究成果を交えながら語った。

長時間労働の最大の問題は、従業員の健康リスクで、脳や心臓の急性疾患、うつなどの発症リスクを高めることが知られている。それでも、労働者は「自分だけは大丈夫」というバイアス(心理的ゆがみ)から、自身の健康を過信する傾向があるため、労働経済学は、政府等による労働時間の総量規制・管理を正当化している。

長時間労働は生産性を低下させることも明らかになってきた。そこで、時間に縛られない働き方として注目されるのが成果報酬だ。ところが、成果報酬は、特に不安定な雇用環境下では、労働者が低リスクの小さな成果を求めるインセンティブとして働き、創造的・革新的な仕事ができなくなる。中室氏が教える大学生を対象にした実験でも、折り鶴を数多く折るという単純作業では成果報酬が有効だが、「出身高校をより良くするための提案」といった創造性を要するテーマでは、成果報酬を示されなかった学生の提案の方が面白いものが多く、評価が高くなるという結果になっている。

「成果報酬を示された学生は、他人から評価されそうな提案をしようとして、面白みのないアイデアを出してしまう。正解のない問いに対しては、金銭報酬などの外的動機付けより、自分自身が楽しんだり、社会に役立っていると感じたりする内的動機付けが重要になる」と説明した。

中室さん㈪

内的動機付けは、学力などの認知能力とは異なる「非認知能力」の一つ。近年、教育経済学では、自制心、忍耐力、やり抜く力といった非認知能力への関心が高まっている。非認知能力の賃金や学歴への影響は、認知能力より大きいとする研究もあり、海外では非認知能力育成プログラムの開発も進められている。中室氏は「日本の家庭、学校、それに企業でも非認知能力を伸ばす取り組みが必要ではないか」と提起した。

◆テーマ講演②

新・組織論」~DX時代の企業価値は健康経営がカギとなる~

梅田さん㈰

株式会社iCARE Sales Manager
健康経営アドバイザー・第一種衛生管理者
梅田 翔五氏

クリニックの予約や結果の管理など健康診断に関わる業務、ストレスチェックなど従業員の健康管理業務を効率化する健康管理システム「Carely(ケアリィ)」を提供するiCARE(アイケア)の梅田翔五氏は「ITの力で人事の健康管理業務の工数を減らし、生まれた時間を戦略人事やエンプロイーエキスペリメント(従業員体験)向上に振り向けてほしい」と語った。

この10年でHR領域は大きく変化した。終身雇用が転機を迎え、人材の流動化が進み、転職が当たり前になったことで従業員エンゲージメントの維持、向上は重要性を増した。労働人口の減少で、女性、高齢者、外国人、障がい者らの活用も進み、成人男性中心だった従業員属性は多様化している。さらにコロナ下のテレワーク導入により、人事部門は、労務管理、従業員エンゲージメント、従業員の健康管理についての困難を抱えている。

従来の人事業務は、入退社手続き、健診業務など事務的作業が主だったが、近年は、経営のパートナーとして組織戦略を支える役割が求められている。また、従業員エンゲージメント向上には、単なる福利厚生の提供による満足度向上にとどまらず、従業員の声を聞きながら、従業員のキャリア開発支援や、オフィス環境の整備などによる従業員体験の向上が求められている。

梅田さん㈪

梅田氏は、人事部門は会社の業績向上に貢献するため、管理事務中心の守りの人事を脱し、経営・事業戦略を支える人事戦略の策定、従業員体験を向上させる施策の立案・実施にリソースを配分すべきだと強調する。

Carelyは、人事業務の中でも、アナログゆえの煩雑な業務が多い健康管理業務を省力化するITシステムだ。従業員300人規模、4拠点の企業のモデルケースで、業務工数の75%、年間で135時間もの業務時間の削減が可能だとアピール。「人事部門担当者の限られた、貴重な時間を有効に使えるようにするためにできることを考えていただきたい」と訴えた。

◆テーマ講演③

「誰でも取り組めるかんたんDX」~AI音声文字起こしで議事録の生産性と品質を向上させる

橋本さん㈰

株式会社時空テクノロジーズ
代表取締役CEO
橋本 善久氏

AI(人工知能)などを駆使してコミュニケーションに関するソリューションを提供している時空テクノロジーズの橋本善久氏は、高精度のAI音声文字起こしツールを使ったDX推進のポイントについて解説した。

DXが進まない理由の中で多いのが、DX担当者が、苦労してデジタルツールを選定し、せっかく導入したのに「もっと良いツールがあるのに」とか「使いにくい」と否定され、使われない事態だ。失敗の烙印を押されれば、その後のDX推進にも支障が出るので「初動の成功は極めて重要だ」。

初動を乗り切る秘けつとして、①部門・用途を絞って組織の一部からスタートして小さな成功事例を作る、②誰でも簡単に使い始められるツールを選定する、③短期間で導入成果が見えるようにする、④組織内で口コミが自然と生まれる状況を作る――を挙げ、「4つの秘訣を満たしやすいのが会議にまつわる課題を解決するソリューションだ」と語る。

会議の情報量は、1時間で約2万文字、1分間で原稿用紙1枚弱程度ある。その膨大さのため、貴重な情報のごく一部しかメモに残らず、大半は失われている。同社のAI文字起こしツール「ログミーツ」は、専用モバイル端末や、ウィンドウズアプリで録音した音声データをAIで解析し、テキストデータに変換、音声データと共にログ画面に表示する仕組みだ。専用端末はSIMを搭載し、携帯電話がつながれば、どこでも使える。内蔵マイクのほか3つのマイク端子を備え、音声を高音質でとらえることで、高精度のテキスト変換につなげる。ウィンドウズアプリは、システム内の音をすべて録音するので、ビデオ会議の録音も容易だ。ログ画面では、ホワイトボードを撮影した写真など、会議に関する情報を保存、一元管理できる。

橋本さん㈪

「直感的操作で、簡単に使えるログミーツで、会議や記録のあり方が変わったと実感できれば、DX推進に向けた社内の気運も高まり、次に、より大きなシステムを導入する段階に進みやすくなる」とアピールした。

◆特別講演③

「伝え方が9割」~時間を短縮させるコミュニケーションの極意~

佐々木さん㈰

「伝え方が9割」著者 コピーライター/作詞家/上智大学非常勤講師/ウゴカス代表 
佐々木圭一氏

「伝え方が9割」の著者でコピーライターの佐々木圭一氏は、講演の冒頭で「あなたのことをなんとも思っていない相手をデートに誘うとき、なんと言いますか」と問いかけた。「デートしてください」とストレートに誘うよりも「驚くほどうまいパスタの店があるのだけれど行かない?」と誘う方が、承知してもらえる確率は高まりそうだ。なぜなのか。

日本では、効果的な伝え方は学べるものではないと思われているが、イエス(承諾)を得る可能性を高められる伝え方は確かにある。そのヒントは、イソップ寓話の「北風と太陽」。押しつけるのではなく、相手がやりたくなるように仕向けることにある。デートに誘う上手な伝え方を作るのは、①自分の頭の中(デートしたい)をそのまま言葉にしない。②相手の頭の中(イタリアンが好き)を想像する。③相手のメリットと一致するお願い(驚くほどうまいパスタはどう?)の3つのステップだ。

この中で難しいのは、第3ステップの相手のメリットとの一致だ。「イタリアンが好き」という相手の好きなことに合わせるのは一つの手だ。逆に、芝生に入って欲しくない時に「殺虫剤がつくから」と伝え、嫌なことを回避させることも相手のメリットになる。また「パスタの店と、石窯ピザの店のどちらがいい?」と相手に選択の自由を与えることも有効だ。他にも、残業を頼む際に「君の企画書が刺さるんだよ」などと相手の承認欲求をくすぐる。人の集まりが悪い会合に「あなたにだけは来て欲しい」と、あなた限定で誘う。子どもに「勉強しなさい」と言うより「一緒にやろう」と伝えてチームワーク化する方が効果的――など、相手にも、自分にもメリットになる伝え方の切り口を紹介した。

佐々木さん㈪

「伝え方はセンスではなく技術」という佐々木氏は「就職面接やプロポーズなど節目での伝え方で人生が変わるかもしれない。良い商品も埋もれてしまうかもしれない。効果的な伝え方を知って欲しい」と訴えた。

2021年8月25日 文藝春秋にて開催  撮影/今井 知佑
役職・肩書は当時のものになります。

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