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習近平とプーチンの罠 中西輝政

岸田首相も「アングロ5カ国」に続け!/文・中西輝政(京都大学名誉教授)

「アメリカに頼ってばかりでは駄目」

2022年の世界情勢は「踊り場」を迎えるでしょう。米中対立など、数年前から起き始めた国際秩序をめぐる歴史的な変化が、2020年代を通じてこのままエスカレートしていくのか、あるいは元の姿に逆戻りするのか——今年は、その行方が決まる年になりそうです。

昨年12月、アメリカのバイデン大統領は、世界の111の国と地域に参加を呼び掛け、「民主主義サミット」を開催しました。これには、中ロを中心とする「専制主義」の国々に対して、民主主義陣営が団結して立ち向かおうと呼びかける意味がありました。

アメリカは民主主義サミット以外にも、他方でAUKUS(オーカス)と呼ばれるイギリス、オーストラリアとのコアな軍事同盟を新たに結成し、日本やインドとの「クアッド(日米豪印戦略対話)」の枠組みを深化させて、重層的な形で多くの国々との連携を強化し、年々脅威を増す中国に対抗しようとしています。

こうしたバイデン政権の外交戦略は、もはや国際秩序や他国の民主主義の危機を、アメリカ一国では背負わないことに決めたというメッセージにほかなりません。オバマ政権が「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言してアフガニスタンからの米軍撤退を決め、トランプ前大統領も「アメリカ・ファースト」と打ち出して、自国利益優先を世界に宣言しました。このオバマ、トランプという対極的な立場の2人が示したアメリカの進路は、期せずして一致していたわけです。当然、バイデン氏はこの2つの政権の方針を受け継いでおり、アフガンからの撤退では一見、「サイゴン陥落」の二の舞という失態を演じたように見えますが、これも「同盟国はアメリカに頼ってばかりでは駄目ですよ」と世界に発信したと受け取るのが正しいと思います。

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「ソフトランディング」に転じたバイデン外交

バイデン氏が一昨年11月に大統領選挙で勝利して以降、「アメリカ・イズ・バック」と強調してきたのは、過去の積極的な対外政策に戻るということよりも、むしろ「格差と分断」が広がった国内の立て直しを優先させる、という意味として捉えるべきです。

バイデン氏のこうした方針は、2021年の対中政策の変化にも表れています。「年老いた弱い大統領」と見られていた彼は就任直後、予想をはるかに超える対中強硬政策を展開して見せました。中国政府や企業に対する厳しい制裁や禁輸措置を次々ととり、アメリカには「台湾を防衛する責任がある」とまで踏み込んだ中国との対決姿勢は、トランプ氏をしのぐほどでした。

ところが、昨年11月に開かれた習近平国家主席とのオンライン会談では、バイデン氏は一転して「ソフトランディング」を目指す路線もほの見せました。たとえば、会談でバイデン氏は習氏に「ガードレールを張りましょう」と訴え、台湾問題などで偶発的な衝突が起きるリスクを防ぐ必要性を訴えました。「お互い、制御不能な事態を引き起こす行為はしないようにしましょうね」とある程度、確認し合ったと見てよいでしょう。

バイデン氏は、対中外交を「イシュー・リンケージ」(異なる外交的課題を取引材料に使う)から「セパレート・トラック」(外交的課題は一つずつ切り離し、別個に交渉する)という方式に変えようとしています。

アメリカはニクソン訪中以降、中国を抱き込もうとするあまり、中国一流の「イシュー・リンケージ」の交渉に持ち込まれ、譲歩を重ねてきた苦い経験があります。たとえば湾岸戦争のときには、武力行使の国連決議を得るため中国の理解を得ようと、天安門事件で発動した対中制裁の解除に踏み出してしまいました。ブッシュ・ジュニア政権も、「テロとの戦い」への中国の協力を得るために台湾問題や人権問題を棚上げにしました。それゆえ中国は、王毅外相が気候変動問題を担当するケリー特使に対して、「まず中国敵視政策をやめてほしい」と搦め手で迫っていますが、バイデン政権は「気候変動は(取引の)道具ではない」として軟化していない(産経新聞11月4日)。バイデン政権が追求する「セパレート・トラック外交」は、この陸上競技の用語からも想像できるように、こうした搦め手を拒否する外交です。バイデン氏は、台湾問題、人権問題、気候変動問題はそれぞれ別個に、さらに貿易、軍事問題ともはっきり切り分けて交渉する姿勢を示しています。

1_在任中に統一を目指す習近平

習近平は3期目を狙う

トランプ再選の可能性も

とはいえアメリカ経済は、中国と深い相互依存関係にありますから、ケンカばかりはしていられません。バイデン氏の本音は中国への対峙を掲げつつ、大きな国家戦略として「中間層のための外交」に本来の軸足を移してゆくことにありました。バイデン氏の喫緊の課題は足腰が弱くなった製造業や国民生活の基盤を復活させて、もう一度、国内の中間層を民主主義の拠り所として盛り立てること。これに成功しないことには、アメリカは将来的に中国に対して優位に立って対峙することはできないと見ているのです。

その再建の鍵を握るのが、バイデン政権が経済再生の中心に据えようとしている「ビルド・バック・ベター(より良い再建)法案」です。この法案は、社会保障や福祉、幼児教育の無償化や気候変動対策といった分野への財政出動を盛り込んだ案で、当初は3.5兆ドル(約400兆円)の大計画でした。これは、ルーズベルトのニューディール政策をはるかに超える前代未聞の規模。成立したあかつきには、中間層への支援が行きわたり、経済も再び活性化に向かうと期待されていました。

これだけの予算規模ですから、「小さな政府」を志向する共和党が猛反対することは予想されていました。そこで「のりしろ」部分はカットして途中からは規模を半分の200兆円に減らしたのですが、あろうことか、民主党内の中道派までが頑強に反対しているのです。

共和党陣営は、11月に控える中間選挙を材料に選挙が心配な民主党議員への揺さぶりをかけています。すでに苦戦が予想される民主党議員にとって、自らの選挙区が共和党の「重点地区」に指定されるかどうかで選挙情勢は大きく変わります。共和党は、「法案に反対すれば重点地区に指定しないよ」とささやくだけで、民主党中道派を味方に付けられる。「党内の裏切り」から政権が「死に体」になるのがアメリカ政治の歴史でもあります。ギリギリの危機に直面し始めたバイデン氏は、何よりもまず民主党内をかためなければなりません。

この「ビルド・バック・ベター法案」の成否が最終的に決まるのはおそらく2月に入ってからでしょう。ここにバイデン政権の命運はかかっています。まずは法案をさらに修正し、ともかくも成立させ、次に中間選挙で大敗しないことが求められます。もし中間選挙で予想通り大敗すれば、カブール陥落以来、支持率が低下するバイデン氏の政治的基盤の弱体化が決定的となり、はやばやとレームダック状態になることは確実。そうすれば、2024年の大統領選挙では、トランプ氏の再選すら現実味を帯びてきます。「上へ行くか下へ行くか」、アメリカだけでなく世界情勢のカギの一つが、ここにあります。

トランプ  2021年3月号

トランプ氏

他方、ここに来て中国の習氏がおとなしくしているのは、2月に北京五輪を控えていることもありますが、秋の党大会で、異例となる総書記3期目の座を確実なものとすると同時に、あわよくば建国の父毛沢東と同じく「党主席」の称号を手に入れようとしているからです。夏には、その前哨戦ともいえる党幹部の人事問題が山場を迎えるので、今年はとりあえず国内政治に注力せざるをえません。

いまから1年ほど前まで中国はコロナの流行を早々と収束させて「一人勝ち」の様相を呈していたものの、21年秋の恒大集団の“倒産”をきっかけに、景気や経済の先行きは落ち込みが見え始めています。経済が落ち込み国内の格差がさらに広がれば、農民工などの大規模な騒乱の恐れすら指摘され始めました。

こうした互いの国内情勢を踏まえると、今年1年は、アメリカは中国に、また中国はアメリカに対し、大きく事を構えることはしないでしょう。米中両国はいったんは矛を収め、偶発的な衝突を除けば、すでに予定されたスケジュールを中心に淡々と進んでいくのではと思います。習氏が台湾などで大きく動くとすれば、アメリカの中間選挙でバイデン氏が敗れ、アメリカの足腰が立たなくなったのを十分見届けた後でしょう。

2022年は、バイデン氏の公約「アメリカ・イズ・バック」、つまり、同盟国との連携と国内再建の始まりが現実となるかどうかにすべてがかかっている。そこが今年の正念場なのです。

バイデン

アメリカ再建を目指すバイデン

プーチンは中ロ“同盟”をアピール

こうして米中がいわば「両すくみ」の年を迎える中で、世界は、米中対立の片隅で進行する多極化という、より長期的な趨勢が浮上する年にもなるでしょう。まず不穏な動きを見せているのがロシアのプーチン大統領です。民主主義サミット開催の6日後、プーチン氏は習氏とオンラインで会談し、冒頭でこう呼びかけました。

「親愛なる友よ。北京で会えるのを楽しみにしている。会談し、ともに五輪開会式に出席しよう」と。

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