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片山杜秀&春日太一が選ぶ「日本の戦争映画」ベスト3!

渥美清が自分で企画し主演した作品

――今日は、春日太一さんが『日本の戦争映画』(文春新書)を刊行されたのを記念して、片山杜秀さんをお迎えしました。お二人にそれぞれ三本ずつ戦争を描いた日本映画を挙げていただこうという企画です。

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春日氏(左)と片山氏(右)

春日 片山さんとは十年前、ある雑誌で戦争映画と戦争文学について語るという座談会でご一緒したことがありましたね。

片山 そうでした。座談会が始まる前も終わった後も、ずっと二人で映画の話をしていたのを覚えています。

春日 今回、『日本の戦争映画』を書くにあたって、あらためて戦後日本の戦争映画を80本近く見直したんです。そのなかで自分にとって発見だったと思った作品が何本もあったのですが、まず挙げたいのが、渥美清が自分で企画し主演した『あゝ声なき友』(1972年)です。

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片山 今井正監督ですね。

春日 そうです。渥美清の戦争映画でいうと、野村芳太郎が監督をした1963年の『拝啓天皇陛下様』、翌年の『続・拝啓天皇陛下様』が有名ですが、そもそも『続・拝啓天皇陛下様』という映画が、どうしてこんな映画を作ったのかと言いたくなるような、変な映画なんですね。

第一作の『拝啓天皇陛下様』は読み書きもほとんどできず極貧の暮らしを送ってきた男が主人公で、上等兵からいじめを受けながらも、三度の飯が満足に食べられ、風呂にも入れる軍隊は天国だと思うという、アイロニーに満ちた喜劇なのですが、『続』のほうになると、もはや喜劇と呼べないほど、話は重く暗くなる。前作同様、悲惨な境遇に置かれた主人公が軍隊に入るのですが、その悲惨な境遇が克明に描かれるし、終戦を迎えると、それまで孤独同士で仲の良かった中国人までが成金になったりして、主人公はますます孤独になります。戦後の悲惨なエピソードが延々続く。喜劇的な要素はほとんど消え、まるで救いがありません。

そして『あゝ声なき友』です。渥美清演じる主人公は、戦争末期に病気で除隊になるのですが、最前線に送られる戦友たちは、彼に家族への遺書を託すのです。そこで渥美は、戦後、戦友たちの遺族を訪ね歩き、手紙を届ける。ところが、この作品が凄いのは美談として描いていないことです。渥美は遺族たちから感謝されるどころか、行く先々で、むしろみんなから嫌がられてしまうのです。

片山 そうそう。遺された家族たちはみな戦中戦後と、ものすごい苦労を重ねているんですね。そこに戦場からの手紙を届けても、何しに来たのか、という扱いを受ける。

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春日 たとえば主人公は世話になった兵長から弟の世話を頼まれるのですが、故郷を訪ねると、弟はすでに死んでいます。なぜかというと、引き取られた家で激しい虐待に遭い、ついに怒って一家を皆殺しにして死刑になっていた。こうしたエピソードが次から次へとオムニバスのように描かれていく。

片山 これを映画にしたいと思った渥美清も凄いですね。

春日 この一本が実に強烈で、それまで毎日、戦争映画を観つづけていたのが、この『あゝ声なき友』を観たあとは打ちのめされてしまって、二日くらい再開できませんでした。

この映画を撮った今井正監督は、占領が終わってまもなくの1953年に『ひめゆりの塔』を撮り、1991年、遺作となる『戦争と青春』を撮ります。その真ん中に、この『あゝ声なき友』を置いてみると、戦争に生き残ってしまった世代が、自分だけ生きていていいのかという思いと、戦争で亡くなった人たちから託された何かを伝えずにはおられない気持ちをずっと抱えていたことが浮かび上がってくる。そう考えたとき、これは今井正や渥美清だけではなく、戦後日本の戦争映画自体がそうだったのではないか、と。当時の映画人たちは、ある意味、全員が何らかの形で戦争に関わり、「生き残ってしまった」人間だったわけですね。周りではたくさんの人たちが死んでいった。その無念の声を伝えたい、伝えずにはおられない、という切迫した想いが根底にあった。

その意味で、『あゝ声なき友』は、『日本の戦争映画』という本の核となった一本なんです。

また一方で、『戦争と青春』は、工藤夕貴演じる現代の高校生が学校の課題で、家族の戦争体験を聞くことになるところから始まるのですが、父の井川比佐志は戦争の話をしようとしないんですね。戦争を語り継ごうというけれど、語り継ぐことの残酷さもあるんだ、という覚めた視点がある。これは『あゝ声なき友』とも通じますね。

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片山 なるほど、よくわかります。しかし、これまでの春日さんからすると、今井正はまさに対極というか、最も遠いところにあった監督だったのではないでしょうか。

春日 おっしゃる通りです。今井正といえば、文部省選定というか、戦後民主主義、左翼ヒューマニズムの代表というイメージがどうしても先行して、これまでどこか避けてきたような気がします。

片山 戦後間もなくの大ヒット作『青い山脈』(49年)のイメージですね。今井自身も日本共産党員で、そうした「左翼の良心」を代表する存在だったのは間違いありません。

春日 ところが実際に映画を見ると、ものすごくシビアで、残酷でもある。そこに驚かされました。なんだ、これは、と。

片山 そうなんですよ。とにかく今井正という監督は、虐げられた人を描くのが大好きなんです。そして情け容赦なく、物理的にも、精神的にも追い込んでいく。それが今井映画の凄味なんですね。それが国家や藩の体制側の組織が圧力をかけてくるという構図の中では、「反体制」「ヒューマニズム」だということにされてきたわけです。

春日 たとえば『ひめゆりの塔』にしても、その後につくられた同テーマ作品は、若い人気女優を起用し、戦時下での青春を描くなど、アイドル映画の要素もあるのですが、最初の『ひめゆり』は、一切、そうしたものはない。お涙頂戴もない。ただただ民間人が容赦なく虐殺されていく。非常に恐ろしい映画なんです。

片山 近松を映画化した『夜の鼓』(58年)や、『武士道残酷物語』(63年)なども、登場人物を苦しめて苦しめて、何の救いもない。『妖婆』(76年)では、神保美喜を裸にしてカエルを這わせたりもしている(笑)。描写がえげつないんですよね。

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春日 『仇討』(64年)もそうですね。中村錦之助がただひたすら理不尽な目に遭う。

片山 それを「封建制の理不尽を描いた」と評されてきたわけですが、それ以上に今井正の作家性だったと思います。

春日 そして妥協を許さないリアリズム。『小林多喜二』(74年)の拷問シーンでは、多喜二を演じた山本圭が、本気でリンチされると思った、と語っていますね。

『越後つついし親不知』(64年)でも、小沢昭一が佐久間良子を水田の泥のなかに押し倒す場面を、何度も何度も演りなおさせる。泥だらけになって、まだOKにならないので、体を洗って全部着替えて、また泥の中に。それを延々と繰り返すので、佐久間さんもあんなきつい現場はなかったと語っています。

片山 それも非常に即物的な描写なんですね。佐久間良子を、泥のついた肉体がごろっと転がっている、という感じに撮る。

春日 よくわかります。『ひめゆりの塔』で描かれる死も同様です。

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片山 今井正をヒューマニスト、良心的な映画監督としてほめる人は、いま、春日さんが指摘されたようなえげつなさなどは、一切見ないことにしてきたんですね。また、今井自身も、そうした世評を利用してきたと思います。

春日 たしかにインタビューなどでは、きれいな建前しか言っていないんですよ。

片山 「良心派」の代表としてふるまったほうが、映画を撮りやすかったのでしょう。そして、実際の映画では、自分の趣味というか、異常な美意識、作家性を存分に発揮した。その二重性自体が、今井が戦争の時代を生きた人であることを物語っているのではないでしょうか。

そもそも今井正も、次にお話しする山本薩夫も、戦前からの映画人で、戦中には戦意高揚映画も撮っています。今井の『望楼の決死隊』(43年)は、オール朝鮮ロケで、日本の国境警備隊が共産パルチザンを撃滅する映画ですからね。

春日 今回の本を書くにあたっては、「イデオロギーを気にせず作品と作り手に接する」ということを特に心がけたんです。すると、異様な迫力を持つ今井正の世界が見えてきた。

片山 春日さんが今井正を再発見したように、今になってようやく、イデオロギーの枠を外して、映画そのものと向き合える時代になったのかもしれません。

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資本家側を魅力的に描く”左翼監督”

片山 では、私の一本目を。今井正が出たからというわけではありませんが、山本薩夫監督の『戦争と人間』三部作(70~73年)を挙げたいと思います。先ほども少し触れましたが、今井、山本といえば、ともにマルクス主義者で、左翼を代表する二大監督といっていいと思います。しかし映画作家としては、今井が特異な美意識をもって、人間をとことん追い詰めて描いたのに対し、山本薩夫はもっとオーソドックスで、ある意味、紙芝居的に、わかりやすく全体像を見せることに長けた監督でした。

春日 山本薩夫の凄いのは、一貫して反体制、反権力の旗を掲げながら、あくまでもエンターテインメント作品のなかで表現していることです。だから、大手の映画会社から大作を任され、「面白い映画」としてヒットを飛ばした。

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片山 複雑なストーリーを、実にわかりやすく見せることができた監督ですね。『戦争と人間』にしても、昭和史そのものを舞台にしながら、それを巨視的に捉え、全体の構造をわかった気にさせる。これは山本の左翼知識人としての実力の証かもしれません。

春日 戦争映画ではありませんが、『白い巨塔』(66年)や『華麗なる一族』(74年)などでも、複雑な人間関係が非常によく整理されて、するすると観ていける。それは結局、キャスティングがうまいからというのもあると思います。だから、登場したとたんに、その登場人物がどんな役どころか、たちどころに観客にわからせることができる。その意味では、大河ドラマに通じるものがあります。膨大なエピソードを、キャスティングの妙で見せていく。

片山 そうそう。『戦争と人間』でも、加藤剛と高橋悦史が並べば、どちらが悪役でどちらがいい人か、一目瞭然ですからね。加藤剛がいい人に決まっている(笑)。マックス・ウェーバー的にいえば理念型がそのままにあらわれるということになりましょうか。人間を類型的に捉えて、資本家ならいかにも資本家らしく、労働者ならいかにもそれらしく演じさせる。浄瑠璃人形みたいに、こういう顔の人は正義、とか、こういう人は貪欲とか。

春日 実はスターの見せ方もうまい。『戦争と人間』では石原裕次郎や高橋英樹、吉永小百合や浅丘ルリ子なども登場します。若い将校を演じた高橋英樹などはまるで『はいからさんが通る』みたいにカッコ良く撮っています。

片山 『華麗なる一族』、『不毛地帯』(76年)もそうですが、オールスター映画が撮れる監督なんですね。今井正にはオールスターは撮れない(笑)。

特筆すべきは、山本薩夫の映画では、悪役が魅力的であること。『戦争と人間』でも、善玉として描かれるのは、自らの甥でもある山本圭や吉永小百合といったインテリ左派に位置付けられる人々なのですが、伍代財閥の滝沢修、芦田伸介はじめ、資本家やその手先たちが非常にかっこいい。

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春日 政治家たちの汚職事件を描いた『金環蝕』(75年)で官房長官を演じた仲代達矢もそうですが、左翼的文脈では否定されるべき資本家や悪い政治家がとてもいいんですね。出てきた瞬間、組織の闇を背負っている人間のオーラを発散している。

片山 秩序の側に立つ人間の凄みですね。あれを観ると、「そう簡単には革命なんかできないな」と思わざるを得ない(笑)。そこが山本薩夫の演出力だと思うんです。

『戦争と人間』は、山本は四部作として構想していたのですが、予算が続かず、三部で終わってしまいました。もし最後まで撮れていたら、と思いますね。

珍しいハッピーエンドの戦争映画

春日 私の二本目は『太平洋奇跡の作戦 キスカ』(65年)です。日本の戦争映画は暗くて苦手という人にこそ観てほしい。何の予備知識もなく観ても面白い。そして日本の戦争映画には珍しいハッピーエンドの映画です。

この映画は昭和18年のキスカ島撤退作戦を描いたものです。アッツ島玉砕のあと、キスカ島にも米軍の上陸が間近に迫り、絶体絶命の危機に瀕した5000人の守備隊を救出する作戦が立てられます。

島を取り囲む米軍艦隊に見つからないよう、どうやって救出作戦を行うのか。そこで重要になってくるのが霧です。海域にたちこめる霧にまぎれて、艦隊を送り込み、守備隊を助け出さなくてはならない。しかし、霧が晴れてくると、米軍に見つけられてしまう。

片山 島にあと一歩まで近づきながら、霧が晴れてしまって一度撤退したりするところ、サスペンスに満ちていますね。

春日 またアクション映画の魅力もあります。潜水艦の出撃があり。円谷英二が特技監督をつとめていますから、特撮も見ごたえがある。

片山 この映画はモノクロですが、ミニチュアもモノクロだと、非常にリアルですよね。実写と特撮との混ぜ方もとてもうまく行っていて、たいへんリアリティがある。

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春日 この映画の脚本を担当したのは、須崎勝彌という脚本家なのですが、実は『日本の戦争映画』を書くために、来る日も来る日も戦争映画を観るなかで、重要な存在となったのが、この須崎だったんです。彼は『人間魚雷回天』(55年)、『潜水艦イ-57降伏せず』(59年)、『太平洋の翼』(63年)、『連合艦隊司令長官 山本五十六』(68年)、『連合艦隊』(81年)など多くの戦争映画を手掛けるのですが、たとえば特攻隊を描いた映画でも、どうやったら彼らを死なせないかを考える指揮官が登場したりする。実は須崎自身が元特攻隊員で、もう少し戦争が続いていたら、彼も特攻に出ていた。だから彼のてがけた映画のほとんどでは、「いかにして人を生かすか」が重要なテーマになるのです。5000人の命を救うために、艦隊を出動させるという『キスカ』のストーリーは、まさに須崎にぴったりはまったといえるでしょう。

片山 まさに「生き残った人」のつくった映画ですね。

春日 さらに見どころは、俳優陣です。軍人しかでてきませんが、みんなリアル。

片山 この映画、女優が一人も出ないんですね。実際の作戦をもとにしているから、女性の出しようがない。

春日 軍令部総長が志村喬、作戦を立案する艦隊司令長官が山村総。そして実行部隊の司令官が三船敏郎で、島の守備隊の司令官が藤田進なんです。まさに東宝のオールスター映画。

霧が出るのをじっと待つ三船の司令官は、辛抱に辛抱を重ねつつ、艦隊の面々を指揮していく。一方、その三船の艦隊を待つのが、守備隊の司令官の藤田進。これ、何かに似ていると思ったのですが、『忠臣蔵』なんですね。三船はさながら大石内蔵助です。

片山 たしかに日本のオールスター映画といえば、なんといっても『忠臣蔵』ですね。綿密な作戦あり、アクションあり、最後に作戦成功のカタルシスもある。

春日 ここで注目したいのは、藤田進という存在です。実は今回の『日本の戦争映画』で、藤田進だけで一章立てようかと思ったくらい、どの戦争映画にも藤田進は出てくるんですね。

片山 たしかに! そもそも藤田は戦中の『ハワイ・マレー沖海戦』(42年)でも出ていますし、『加藤隼戦闘隊』(44年)では主人公の加藤少将も演じています。まさに戦争映画の顔的存在ですね。

春日 しかも上から下まであらゆる役を演じているんです。『ひめゆりの塔』では軍医、『人間の條件 第三部』(59年)ではおじさんの初年兵、ずっと後になって『連合艦隊』では及川古志郎海軍大臣を演じている。

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片山 『ウルトラセブン』や『帰ってきたウルトラマン』でも防衛軍の長官を務めていました。藤田進が出てくると、なんとなくおさまりがいいんですね。

春日 今のCG技術を使えば、あらゆる役をすべて藤田進が演じる、オールスター映画ならぬ「ワンスター映画」ができるのでは(笑)。日本軍が全員藤田進!

片山 いいですねえ(笑)。藤田進の司令官が、藤田進の将校に命令して、藤田進の兵隊が突撃する(笑)。

春日 これは一種のファンタジーですが、僕のなかでは「戦前の日本人」といえば、藤田進のイメージなんです。

片山 たとえば三船敏郎も「日本の男」を象徴する存在だったと思いますが、やはり、三船には戦後にあらわれた「新しい日本人」という面がある。それに対して、藤田は戦時下からたくさんの映画に出演し続けていますが、本当にその時代の日本の男なんですね。偉い人でも偉くない人でもどんな役でも違和感がない。「典型的な古い日本の男」といえるかもしれない。

春日 またどんな役を演じても、藤田進は藤田進なんですね。あまり演技も風貌も変わらないまま、いろいろな役が演れてしまう。

片山 その点は笠智衆と似ていますね。どんな役も笠智衆にしてしまう(笑)。日本の男は笠智衆と藤田進のふたりだけいれば足りてしまうのかもしれない。藤田進の出演作を集めた藤田進映画祭なんていうのも観たくなってきました。

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東京に核が! 究極の戦争映画

片山 では、私の二本目として、フランキー堺主演の『与太郎戦記』(69年)を挙げたいと思います。

私はこれを幼稚園のとき、大映系の映画館で観ました。『あゝ海軍』(69年)と二本立てだったのですが、なにぶん幼稚園児ですから、戦闘シーンしか興味がないんです。ところが『あゝ海軍』って『パットン大戦車軍団』ではないけれどあんまり戦闘場面がない。途中で飽きてしまって、親に「早く帰ろう」と言い出したりして困らせた記憶がありますが、フランキーの映画は退屈せずに観ることができた。幼稚園児なのに。

何故なんだろうと考えてみると、とにかくフランキー堺を観ているだけで面白かったんですね。出てきただけで、動きのひとつひとつがゴムまりみたいに弾んでいて、陽性の光を放っていました。

春日 フランキー堺って、アイドリングがいらないんですね。出てきて、すぐにぱっと動く。それに対して、渥美清は芝居にアイドリングが必要なタイプ。

片山 そうですね。渥美清の持ち味は、本心が見えない、ちょっと怪しい人という役どころだと思います。なにか狙いを隠し持っていて、ねちっこく絡むなかで、じわじわと自分の世界に引き込んでいく。

フランキー堺の映画といえば、川島雄三監督の『幕末太陽傳』(57年)や『人も歩けば』(60年などがまず挙がると思いますが、戦争をテーマにした映画で、存在自体が明るい不思議な役者が出てきて、大人たちがみんな笑って観ている。そんな記憶とともに『与太郎戦記』は忘れられない一本なんです。

春日 フランキー堺と戦争映画といえば、『私は貝になりたい』(59年)が有名ですね。ほかには『南の島に雪が降る』(61年)でふらっとあらわれてピアノを弾く兵隊の役もありました。

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片山 ああ、あれも印象的ですね。

春日 実は、あの役は悲惨な設定で、所属していた部隊が全滅に近い状態になって、フランキーは行き場がなくなってしまっているんですね。だから、ピアノを弾いた後、そこに留まることが許されない。どこにも居場所のない、棄てられた存在なんです。

あと『独立愚連隊西へ』(60年)の中国軍の隊長。あれなんかはフランキー堺以外に誰がやるのか、という役ですね。出てきた瞬間に、ふざけていると分かる。

片山 いま、フランキー堺って、渥美清のようには論じられないし、思い出されないでしょう。でも、あのゴムまりみたいな理屈を越えた楽しく弾む感じというのは、本当の明るさであり本当の希望という気がするんですね。そのフランキーが兵隊をやって、しかも『与太郎戦記』は落語家が徴兵される話で、そんな兵隊映画のフランキーを、元兵隊もたくさん居たのだろう戦後24年の映画館のお客さんが本当に楽しそうに観ていた。そういう戦後の一コマがこの頃、妙に思い出されるので、挙げたくなった次第です。

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春日 では、片山さんの最後の一本は?

片山 最後は変化球で、松林宗恵監督の『世界大戦争』(61年)を。これは第三次世界大戦を描いたもので、冷戦の緊張が高まる中、ついに核戦争が始まってしまうというストーリーです。世界の主要都市はすべて核兵器によって破壊されるというラストで、最後に、洋上にいたためにまだ生き延びている輸送船の料理長なのかな、笠智衆が、東野英治郎扮する船長に「どこで間違えたんだろうな。人間はもっとすばらしいもののはずなのだがな」みたいなセリフを言うんですね。

戦後の戦争映画の背景としては、一方には過去の戦争の記憶がある。そして、もう一方には、未来の戦争への恐怖があったと思います。今度、核戦争が起きたら、人類は滅亡してしまう。だから戦争は絶対悪だという認識が根底にあった。

同じ時期に、第二東映で『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』(60年)という映画も撮られていますね。これは主演が梅宮辰夫で、核攻撃された東京で、被爆したにしては妙にきれいなままの三田佳子の死体を抱いて叫ぶ、というものでしたが、戦後の戦争映画のリアリティを支えていたのは、近過去としての1945年までの経験のみならず人類の滅亡が確約されているかのような近未来への恐怖だったのではないでしょうか。

『世界大戦争』で印象的なのは、日本が徹底的に無力であること。山村聰の総理は病気がちだし。高田稔演じる司令も、東京に核ミサイルが発射されたというのに、何もできない。ただただみんな黙っているうちに、ミサイルが落ちてしまう。ある意味、戦後日本の置かれている立場そのもので、究極の戦争映画のひとつだと思います。

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春日 松林監督のペシミズムですね。松林監督の戦争映画は、いつも哀しい空しさのなかで終わっていきます。当時、映画を作っている人たちが、実際に戦争を経験していたことも大きいでしょうね。東京大空襲を経験した人も少なくなかったから、そのときのなすすべのなさが反映されているのかもしれません。

もうひとつ、日本映画の大きな特徴として、悲劇のエンターテインメント化があると思います。松林監督、須崎脚本による『連合艦隊』も死と滅亡の物語ですが、東宝は娯楽大作としてそれを打ち出したわけです。戦争映画だけではなくて、『八甲田山』や『復活の日』、『日本沈没』に至るまで、敗けたり、滅びたりすることが大作映画として大ヒットするのは、日本だけではないでしょうか。その最たるものが『忠臣蔵』ですね。オールスター・キャストで、みんな死んでいく話が国民的ドラマだったのですから。

片山 滅亡の美学というのは、海軍的かもしれませんね。陸軍は負けたといっても、陸地だから隠れていればどこかに生き残る余地はあるし、最後まで生存や戦力保持を考える。海軍は、船が沈んだら全部おしまいだというメンタリティがあるような気がします。

春日 なるほど、そういえば松林監督も須崎勝弥もともに海軍出身です。

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取り残された者へのまなざし

春日 ラストの一本は、岡本喜八監督の『血と砂』(65年)を挙げたいと思います。『日本の戦争映画』では、一章を割いて岡本喜八監督の作品を取り上げていて、『日本のいちばん長い日』(67年)も、『肉弾』(68年)も『激動の昭和史 沖縄決戦』(71年)も考えたのですが、今回は、この作品にしました。

これも個人的な思い出になりますが、最初に『血と砂』を観たのは、20代の頃、浅草東宝の5本立てのオールナイト上映だったんです。8月の戦争映画特集だったと思いますが、たしか岡本喜八特集で『独立愚連隊』とか「どぶ鼠作戦」などの並びの一本でした。いくら若いとはいえ、映画5本を一気に観るのはさすがにきついので、だいたい一本、「これは流してみよう」というような「休み時間映画」をもうけるようにしていました。この時は『血と砂』がそでで。当時、『血と砂』のことを知らず、地味なタイトルだし、上映時間も流いし、「ここが休みだな」と思いながら、漫然と臨んでいました。で、冒頭で少年の軍楽隊が賑やかに演奏しながら戦地へ向かうのシーンから始まる。「なんでこれは?」と思って観ているうちに、夢中で最後まで観てしまいました。

冒頭、軍楽隊員の少年たちが「聖者の行進」を演奏しながら、中国の基地にやってくる。ところが彼らは前線で戦闘要員にされてしまう。少年たちを生き残らせるために、兵士として鍛えるのが三船敏郎。そして、佐藤允。これに伊藤雄之助、天本英世という、およそ軍隊で一番役に立ちそうもない助っ人たちとともに、中国軍に奪われた要塞を取り返す。

ところが、今度は中国側が大軍で攻めてくる。もう武器弾薬は残されていない。少年たちはそれぞれの楽器を持って塹壕にこもり、「聖者の行進」を演奏します。爆弾の音はどんどん強まり、楽器の音が一つずつ消えていく。それは少年たちの死を意味します。なんという生と死の表現なのか、と、映画を見終わった後、茫然となりました。

それで、たぶん5本立ての4本目だったと思うのですが、あまりの衝撃に、「もう今日はこれ以上は映画を観たくない」、と思って、映画館を出てしまったんです。まだ3時半くらいで始発も出ていない。仕方がないから、映画館の近くの吉野家で牛丼を食べたのを覚えています。

片山 浅草東宝そばの吉野家! 私も浅草東宝でオールナイトを観るときには、上映の前に吉野家で腹ごしらえをすることにしていました。

岡本喜八監督には幕末の大名がジャムセッションをする『ジャズ大名』(86年)という映画もありますが、『血と砂』は音楽とドラマが一体になっている傑作ですね。軍楽隊の映画というのは珍しくて、すぐに思い出せるのは、戦中の映画で『野戦軍楽隊』(44年)とか、團伊玖磨の体験記を映画化した『戦場を流れる歌』(65年)くらいでしょうか。

私は『血と砂』を観ると、『ビルマの竪琴』(56年)と対比したくなるんです。『ビルマの竪琴』は敵と味方が音楽で通じあうという物語ですね。『血と砂』はその正反対で、音楽が砲撃によってかき消されていく。音楽では人は分かり合えない、ということを描いている。

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春日 中国軍捕虜に、軍楽隊の少年がフルートを教えるんですね。そして、軍楽隊が全滅した後、その捕虜が終戦を知らせにやってくるのですが、生き残っていた日本兵に射殺されてしまう。

『血と砂』もそうですが、岡本喜八監督の戦争映画には、戦場に取り残された人々がしばしば描かれます。『沖縄決戦』もそうですし、『独立愚連隊』(59年)もそうですね。戦争のなかで、国家から棄てられた人々、見放された人たちがつねにテーマになってくる。

片山 それは重要な問題ですね。取り残された人々へのまなざしがどこまで徹底しているのかが、戦争映画の説得力を決めるといっていいでしょう。

春日 そこで興味深いのは、『日本のいちばん長い日』の陸海軍の首脳の描き方ですね。阿南陸相はポツダム宣言受諾に反対するのですが、その理由の一つは、前線にいる兵たちが戻って来られなくなる、その兵の撤収をどうするんだ、というものでした。

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片山 そうなんです。対する海軍大臣の米内光政は、もう連合艦隊は沈んでしまっていますから、失うものもなくて、ある意味、無責任なんですね。戦後になって、海軍は戦争に反対した善玉、陸軍は最後まで戦争を止めようとしなかった悪玉というストーリーが出来てしまいましたが、本当にそうなのか、と。

もうひとつ重要なのは、死んでいった人々への責任感ですね。『あゝ決戦航空隊』(74年)では、特攻の生みの親とされる大西瀧治郎を鶴田浩二が演じているのですが、池部良演じる米内光政海軍大臣に、特攻で死んでいった者に申し訳が立たない、「こいつらに、誰が負けたと報告に行けますか!」と徹底抗戦を訴えます。危険な論理ではあるのですが、そこをきちんと突き詰めないで、きれいごとでごまかしてしまうと、つまらない映画になってしまうんですね。

春日 しかし、鶴田浩二が言うと、どんなセリフでも説得力を持ってしまうという面もあります。

いま言われた、死んでいった人への使命感と、置き去りにされた人への意識は、まさに戦後の戦争映画を貫くものだったと思います。たとえば今回挙げただけでも『あゝ声なき友』は死んでいった者に申し訳ないという思いで手紙を配り続け、『太平洋奇跡の作戦 キスカ』は兵士を置き去りにしてはならないと頑張る人々の話でした。

片山 その二つをどこまで突き詰めるかは、映画だけではなく、歴史を語るうえでも非常に重要だと思います。

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