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旬選ジャーナル<目利きが選ぶ一押しニュース>――木村正人

【一押しNEWS】規格外の2人の男が描く「EU離脱後」とは/1月29日、朝日新聞(筆者=下司佳代子、和気真也、国末憲人)

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木村氏

1月末日、英国は欧州連合(EU)を離脱した。バルカン半島にも版図を広げるEUから離脱する国は英国が初めて。これは連合王国崩壊の序章を意味するのか、それとも深刻な国内の分断を治療する前代未聞の試みなのか。

鍵を握るのは「英国の怪僧ラスプーチン」と呼ばれる男。ジョンソン英首相の参謀役を務めるドミニク・カミングズ首席特別顧問である。

「政界の道化師」ジョンソン首相はボサボサの金髪で有名だが、2016年の国民投票で離脱派を勝利に導いたカミングズ氏はよれよれのジーンズにトレーナー姿で首相官邸に出勤してくる。

EU離脱という超難解キューブパズルの攻略法を最初から完全に描いていたのはアンチ・エスタブリッシュメントの象徴とも言えるこの男を置いてはいまい。このカミングズ氏を端的に紹介したのが、当該記事である。

一貫してEU離脱を唱えてきたナイジェル・ファラージ氏も立役者の一人だが、パズルの解き方までは考えもしていなかったはずだ。離脱はファラージ氏にとって「終わり」であり、カミングズ氏にとっては英国経済を荒療治する外科手術の「始まり」に過ぎない。

離脱派が多い地域を示したマップを眺めていると旧炭鉱街とぴったり重なることに気付く。これが何を意味するのか。いち早くデータマイニングの威力に気づいたカミングズ氏はそれを見事に探り当てた。

カミングズ氏は英映画『リトル・ダンサー』の舞台になった北東部にある旧炭鉱街ダラムの出身だ。英国の産業革命は蒸気機関と豊富な石炭に支えられてきた。しかし旧炭鉱街の周辺に広がる製鉄所、造船所、繊維工場は閉鎖され、シャッター街が広がる英国版ラストベルト(旧工業地帯)になっている。

筆者が訪れた最貧困地域イングランド北東部の大型スーパーは生活保護で暮らす人々が日々の食料を安価で購入する事実上のフードバンクと化し、主婦連中は「仕事なんかありゃしない。あたしたちゃあ生きているんじゃない。存在しているだけさ」と深いため息をついた。

EU全体に目を広げ、現代の工業地帯を探すと、低賃金労働者が豊富にいるドイツ以東の旧共産圏諸国に広がっていることが分かる。その一つ、ポーランドにはさらに低賃金で働くことを厭わないウクライナ移民が押し寄せる。

「平和と繁栄」のプロジェクトだったEUはいつしか低賃金労働者を大量に吸い上げ、企業やバンカー、富裕層の利益を最大化するネオリベラリズム(新自由主義)の無間地獄と化してしまった。

国民1人当たりの国内総生産(GDP)は増えても低所得者層の生活は豊かにならない。不動産の高騰が住宅費を押し上げ、さらに格差を広げる。不安定な非正規雇用が氾濫し、医療・社会保障費、教育費は切り捨てられた。「私たちをどん底から救い出してくれ」という怨嗟が反EUポピュリズムの源泉だ。

ジョンソン首相とカミングズ氏の規格外コンビが描く「EU離脱後」は、世界に冠たる大学が輩出する優秀な人材を英国に引き留め、引き続きテクノロジー革命の原動力にする。

その一方でEUからの低賃金労働者とモノの流れは管理下に置き、産業革命の遺構である最貧困地区の広大な港湾施設や遊休地の規制緩和を大胆に進めて外資を呼び込み、新たな産業を興すという逆転の発想だ。

規制を振りかざすEUは英国の交渉相手はもはやEUだけでないことを念頭に置くべきだ。日系企業は規格外コンビの一挙手一投足に注目した方がいい。



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