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「絶対に逆らわないイエスマン」菅首相の秘書官を分析する|森功

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※本連載は第18回です。最初から読む方はこちら。

「私どもは選挙で選ばれているから、何をやるという方向を決定したのに、反対するのであれば、異動してもらう」

 自民党総裁選渦中の9月13日フジテレビの番組で、「官僚が政権の決めた方向性に反対した場合どのように対処するか」と問われた菅はそう答え、大きくクローズアップされた。実際、首相の菅義偉は数々の官僚人事で気に入らない官僚を左遷させてきたといわれる。

 第二次安倍政権で7年8カ月にわたって官房長官を務めてきた菅は、霞が関をグリップしてきたと評される。官房長官は政権ナンバー2としてすべての省庁の幹部官僚に睨みを利かす。とりわけ安倍政権で発足した内閣人事局は、各省庁の大臣が決定した幹部人事をひっくり返すこともできた。現実に菅が人事案を差し戻したケースもある。

 それゆえ菅はいかにも官僚組織に通じているように見られている。だが、実際は必ずしもそうではない。周知のように菅の閣僚経験は第一次安倍政権時代の2006年9月から07年8月まで務めた総務大臣と第二次安倍政権の12年12月から20年8月までの官房長官の2つだけだ。したがって官庁に太い人脈のパイプがあるわけではない。また官房長官は、各省庁の幹部から相談を受けて事務次官や審議官、局長を選ぶ大臣とも役割が異なる。つまるところ、人事の生殺与奪を握り絶大な権限を持って恐れられる対象ではあるが、それぞれの役所の内部事情や人事に深く入り込んできたわけではない。換言すれば、菅の本当に信頼できる懇意の官僚は限られている。

 そのことを如実に物語る出来事が菅新政権における首相秘書官人事ではなかろうか。

 通常、首相には首席の政務秘書官1人と外務省、財務省、経済産業省、防衛省、警察庁の5省庁から1名ずつ内閣官房に出向する形で事務秘書官がつく。08年9月に発足した麻生太郎内閣では、政務担当の首席事務秘書官として総務省の出向者を加えた。また安倍は第二次政権になると首席の政務秘書官に第一次政権時代の事務秘書官だった経産省出身の今井尚哉を起用し、のちに首相補佐官を兼務させる。その今井の秘書官補だった同じ経産省出身の佐伯耕三を史上最年少の事務秘書官に抜擢し、側近グループを形成してきた。首相秘書官には局長級かその一歩手前の幹部官僚が就任するのが通例であり、他の財務、防衛、警察の人事はそうだったが、参事官、課長級の佐伯の秘書官就任は異例でもあった。

 菅内閣における秘書官人事については以前にも本連載(16回目)で触れたが、菅は安倍政権時代の6人体制から1人増やして7人に増員。外務、財務、経産、防衛、警察のほかにコロナ対策を考慮して厚労省からも秘書官を出向させた。

 その上で首席の政務秘書官には菅事務所の新田章文を起用。政務秘書官は首相の家族の面倒までみなければならないため、議員の個人事務所の金庫番を据えるケースが多い。したがってこれ自体はさほど珍しくはないが、それよりむしろ霞が関で話題になったのは、7人のうち政務の新田を含め、官房長官時代から持ちあがった秘書官が5人もいることだ。

 菅は新田に加え、外務の高羽陽、財務の大沢元一、経産の門松貴、警察の遠藤剛という4人の官房長官秘書官を首相秘書官に昇格させている。ある高級官僚は、「菅さんは自分の言うことに絶対に逆らわないイエスマンを傍に置きたかっただけだ」と切って捨てる。新たに置いた厚労出身秘書官だけは官房長官秘書官だった岡本利久から鹿沼均に替えている。それは岡本がコロナ対策で菅に苦言を呈したことがあったからだともいわれる。また防衛省からは安倍首相時代の秘書官だった増田和夫が続投しているが、これは安倍政権時に中止したイージスアショアの代替案を作成しなければならないからに過ぎないという。

 参事官級である官房長官秘書官と局長一歩手前の首相秘書官では入省年次がずい分異なる。各省庁の政策協議の中核を担う幹部官僚が首相秘書官として官邸にいるからこそ、それぞれの出身官庁とのすり合わせもスムーズに運ぶ。しかし、それでも敢えて菅は若手の官房長官秘書官たちを持ちあがりで首相秘書官に据えた。なぜか。

「もはや好みの問題というほかありません。たとえば経産出身の門松は東大の法学部や経済学部卒の事務官ではなく技官です。経産省では理工系の技官を多く採用するので、出世する技官もすくなくないけど、彼は菅さんに引っ付いてうまくいった。菅さんは03年に経産政務官になりますけど、門松はそのときに出会ったと聞いています。それ以来、菅事務所に出入りするようになり、ずっと縁をつないできた。菅さんにとっては可愛い若手官僚という感じでしょうね。今も朝の散歩には門松を必ず同伴。菅さんの精神安定剤なんて呼ばれています」(前出・ある高級官僚)

 門松は1994年3月に慶応大学環境情報学部を卒業し、4月に旧通産省入りした。中央官庁のなかでも変わり種が多い経産官僚にあっても、珍しいタイプだ。菅は東大法学部卒業のエリート官僚に猜疑心を抱き続け、むしろ私大卒業組などを重用してきた傾向もある。

 次回以降、秘書官を中心に菅自身の霞が関人脈を分析していく。

(第18回 文中敬称略)
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■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。

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