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出口治明の歴史解説! アメリカで黒人差別がなくならないのはなぜ?

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年7月のテーマは、「アメリカ」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第34回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】アメリカで、ミネアポリスの警察官が、黒人男性を殺害したことをきっかけとした抗議活動が続いています。差別は悪いことなのに、なぜ黒人差別は生まれ、いつまで経ってもなくならないのでしょうか?

これは、簡単には片づけられない難しい問題です。丁寧に説明したいと思います。

誰であろうと、自分に近いものには親近感を抱き、自分とは違うと思ったら警戒するものです。人間にかぎらず、他の動物もそうでしょう。

では、人間同士は「違う」のでしょうか。

現在の人類学では、黒人も白人も黄色人種も、遺伝子的には完全に同じであると実証されています。ホモ・サピエンス(ヒト)は、およそ20万年前に東アフリカで生まれました。共通の女系祖先に「ミトコンドリア・イヴ」という愛称がつけられた話を聞いた人もいるでしょう。

ヒトがビフテキ(メガファウナ)を求めてアフリカの外に出たのは約10万年前で、そこからユーラシア大陸、アメリカ大陸へと拡がっていきました。その長い年月の中で、住んでいた地域の気候や環境によって肌の色が変わったということが、科学的に解明されています。

つまり、人間同士は科学的に完全に「同じ単一種」であると証明済みなのです。これを大前提に話を進めましょう。

アメリカでは、白人と黒人の間に何が起こったのでしょうか。

1492年にコロン(コロンブス)がアメリカ大陸に到達したとき、そこには多くの先住民が住んでいました。彼らは独自の文明や文化を持っていましたが、コロンたちが持ち込んだウイルス(天然痘や麻疹)によって、90%が死に絶えたといわれています。理由は旧大陸の病原菌に対して免疫がなかったからです。

ヨーロッパ人は、アメリカ大陸での鉱山の採掘や、作物の栽培などのためにアフリカ大陸から黒人を労働力として連れてきました。こうして黒人は白人によって支配される立場として、アメリカ大陸に渡ることになったのです。

この構図は1789年にアメリカ合衆国憲法が誕生しても変わりませんでした。自由と平等を謳う合衆国憲法でしたが、黒人たちにはなかなか同様の権利を認めなかったのです。管理貿易か自由貿易かを争ったアメリカの市民戦争(南北戦争、1861~1865)の間にリンカーン大統領が奴隷解放宣言を行ったことはよく知られていますが、それでも差別や偏見はなくなりませんでした。

徐々に社会進出を果たす黒人は増えましたが、それでも特にアメリカの南部を中心として差別は続きました。南部では、白人たちが黒人の権利を制限する法律を次々と作っていたのです。1950年代から60年代にかけては、キング牧師(1929~1968)が先頭に立って「黒人にも白人と同じような権利を」と主張する公民権運動が起こりました。この運動によって黒人の権利はかなり認められるようになりましたが、60年ほど前のことにすぎません。

今回の事件で明らかになったように、アメリカの白人社会には、長い年月をかけて醸成された黒人への差別意識が残っているのです。しかも、一部の政治家がこの差別を意識的に利用し便乗したりするので、余計に事態が紛糾するのです。

アメリカの人種差別問題を、歴史の観点から簡単に紹介しましたが、ほかにも原因と考えられることは山ほどあります。原因が複合的だからこそ、簡単に解決できないのかもしれません。

【質問2】アメリカの大統領選挙は、いつも共和党と民主党の二大政党が戦っていますけれど、どのような違いがあるのでしょうか。たとえば、二大政党以外の社会主義系の政党から大統領が誕生することはありえないのでしょうか?

アメリカでは、共和党と民主党の二大政党が入れ替わりながら、政権を担当してきました。現在は共和党のトランプ大統領、その前は民主党のオバマ大統領といった具合です。

共和党初の大統領は「奴隷解放の父」と呼ばれる第16代大統領のエイブラハム・リンカーン(1809~1865)でした。現在の共和党の支持者は、保守的で敬虔なキリスト教徒の白人が多く、政府があまり国民生活に介入しない「小さな政府」がモットーです。

民主党は、トーマス・ジェファーソン(1743~1826)とジェームズ・マディソン(1751~1836)の民主共和党を起源とし、民主党で初の大統領は、第7代大統領のアンドリュー・ジャクソン(1767~1845)です。現在は、大都市に住むリベラルな人たちや黒人、ヒスパニック、アジア系などの人種的マイノリティーに支持されています。こちらは弱い人たちを助けるために、政府が積極的に介入したり規制を強めたりする「大きな政府」がモットーです。

現在の共和党は、福祉は民間企業に任せるから増税には反対、環境対策は不要、移民はあまり受け入れたくない、という立場。民主党は、「オバマケア」のように福祉を厚くし、そのための税負担を増やし、環境対策にも積極的で、移民は原則歓迎という立場です。両政党とも資本主義、自由主義を大前提に政策を考えていて、外交・防衛問題ではあまり大きな差異は見られません。ただ現在のトランプ大統領は共和党の伝統からはかなり離れた特異な政策を採っているので、民主党との距離はかなり広がっています。

「オバマケア」がアメリカで審議された際に、反対派は「左翼だ」などといって批判をしましたが、オバマ前大統領が進めた福祉政策は、ドイツのメルケル首相とそれほど変わらないように見えます。メルケル首相が率いるキリスト教民主・社会同盟は、ドイツでは中道右派の政党です。穏健な保守派ですね。

実際のところ、OECD加盟国レベルの先進国で、社会主義政党が選挙を通じて政権を取った例は、チリのアジェンデ政権ぐらいのものでしょう。

しいていうならば、アメリカの民主党の政策の中に社会主義に近い要素が入っていると考えることもできますが、それでも社会体制そのものを変革しようという本格的なものではありません。

ところで、どちらも保守政党で、入れ替わることに意味があるのか、という意見が出ると思いますが、実は、大きな意味があります。それは、長期政権は必ずといっていいほど腐敗を招くからです。誰かに権力が集中して一強状態になれば、イエスマンだらけになったり忖度合戦になります。アメリカで共和党と民主党が政権交代したら「お、権力の腐敗を防いでいるな」と考えていいでしょう。

(連載第34回)
★第35回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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