文藝春秋digital李王家の縁談

新連載小説「李王家の縁談」#1 / 林真理子

作家・林真理子さんによる渾身の新連載小説が今月からスタートします。

 梨本宮伊都子(いつこ)妃といえば、美しいだけでなく聡明で卒直なことで知られている。

 結論をつけるのが早く、それがかなうための最良の手段を尽くす。後の時代の言葉で言えば、合理性というものを身につけていて、それは貴婦人にはまことに珍しいものであった。

 日本赤十字社を支え活躍した伊都子妃が、以前「最新の月経帯」なるものを考案した時、世の人々は、

「さすがに鍋島のお姫(ひい)さまであられる」

 と感心したものだ。

 佐賀藩主だった鍋島という家は、進取の気性にとんでいることで有名だ。伊都子妃の祖父にあたる直正公は幕末にあって、いち早く西洋医学と軍事を取り入れた。わが国で初めて反射炉による大砲をつくり上げたのも直正公である。

 この嫡男の直大(なおひろ)公がただのお殿さまのはずはなく、維新後は岩倉使節団の一人としてアメリカに渡り、その後イギリスに留学している。

 伊都子が生まれたのは、父直大公がイタリア特命全権公使としてローマに駐在していた時だ。イタリアの都で生まれた子どもとして、伊都子と名づけられた。母は鹿鳴館の花とうたわれた栄子(ながこ)だ。

 栄子は美人で知られていたが、伊都子はさらに美貌であった。十歳を過ぎた頃から整った気品高い顔立ちが知られるようになり、縁談がいくつか持ち込まれた。そして明治二十九年、十五の時に、梨本宮守正(もりまさ)王との婚約が調ったのだ。

 大きな声では言えないが、これが人が言うほどの「玉の輿」だったかというと、微妙なところであったと伊都子は思う。

 明治二十九年、天皇が大層貴い素晴らしい方だというのは、伊都子はもちろん、日本国民にも浸透していた。

 が、宮家というのはどうであったろうか。幕末近くまで、この国には宮家は四つしかなかった。しかも男子は出家することと決まっていたのである。

 江戸の時代、京都の天皇家は常にお手元不如意であったが、宮家はさらにつらいことが多かった。しかも身分がとびきり高いかといえばそんなこともなく、公卿筆頭の五摂家の下ということになっている。双方の牛車がすれ違う時は、宮家の方が傍にどくことになっていたほどだ。

 この屈辱的な立場から、一気に踊り出たのが久邇宮朝彦親王だ。この方は伏見宮邦家親王の四男に生まれたが、母は側室であったし、育ったのは町中である。宮家のほとんどの男子がそうだったように、九歳で本能寺に入れられた。当然、やんごとなき方としてこき使われはしなかったものの、外に出れば、仲居やそのへんの男衆にひっぱたかれたということだ。よほどやんちゃだったのだろう。

 しかし維新という時代のうねりは、彼の運命を変えた。尊皇攘夷を唱える志士たちにかつがれた末、政治の中枢に入ることになる。孝明天皇のたっての願いで還俗し、中川宮(のちの久邇宮)という新宮家を立てたのは、彼が四十近い時だ。

 梨本宮守正王は、この朝彦親王の四男である。明治七年の生まれであるから、世の中はまだ混沌としている。奈良で生まれ、側室の母と共に知り合いの家を転々とした。長いこと知り合いの医師の家でやっかいになり、そのままだと貧しい宮家の末裔として、どこかの寺に入ることになったに違いない。

 ところが梨本宮家の当主が、急きょ山階宮を継ぐことになり、守正にその座がまわってきた。十一歳の時である。

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