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不正の矮小化、隠蔽…日本郵政グループ「組織腐敗」が深刻化する理由

かんぽ高齢者喰い、ゆうちょ不正引き出し……底なしのモラルハザード体質はなぜ改善されないのか?/文・藤田知也(朝日新聞経済部記者)

<この記事のポイント>
●ゆうちょ銀行は、不正引き出しの被害者を放置。ところがドコモ口座問題が露呈すると一転して対応しはじめた
●重大な問題が起きても、なおざりな対応でやり過ごす。矮小化や隠蔽までする。そんな企業体質が郵政グループにはある
●政権が代わるたびに気に入らないトップが交代させられることが繰り返され、優秀な人材は社を去り、組織が弱体化した

「非公表」に徹したゆうちょ銀行

もはや「銀行」と呼ぶのも憚られる惨状ではないだろうか。

顧客から預かるお金が不正に抜き取られる被害が起き、多くの口座が危険にさらされていることがわかってからも、自ら被害を公表して注意を呼びかけることはしなかった。不正を防ぐための対策を講じるのも遅れ、被害を拡大させた。以前から被害が出ていたのに、補償などの対応は提携事業者に任せっきりで、なかには3年以上も補償されずに放置された被害者もいた――。

きっかけは9月初め、複数の地方銀行の顧客が、口座のお金が「ドコモコウザ」によって引き出されているとネット上で声を上げたことだ。NTTドコモが提供する電子決済サービス「ドコモ口座」へと、口座振替サービスによって預貯金が流出していたのだが、被害者たちの多くはキャッシュレス決済はおろか、ドコモの携帯さえ使っていなかった。

顧客の資産が不正に抜き取られるという、銀行ビジネスの信用を根底から揺るがしかねない事態に、地銀勢は大慌てになった。不審な取引をしらみつぶしに調べ、預金の流出が疑われる顧客に電話を入れ始めた。被害状況をホームページで公表し、顧客に注意喚起を促すところも少なくなかった。

ただ一行、ゆうちょ銀行だけは悠然としていた。

同行広報部は複数の被害が出たことだけは認めたが、被害の件数や金額などは「非公表」に徹した。

9月11日。日本郵政グループ4社長による記者会見でゆうちょ銀行の池田憲人社長は、「被害があれば全額補償」との方針だけはいち早く示した。だが、不審な取引の調査は準備段階だといい、顧客に注意を呼びかける言葉もなかなか出てこなかった。

池田社長はこうも訴えた。

「私どもはセキュリティーをいちばん気にしている。現在は24時間体制で、相当の人材を投入してウォッチしている。お客さまに迷惑をかけないように、すでに2017年ごろから、きちんと対応するようにしている。そこは念を押して申し上げておく」

念押しの言葉とは真逆の事態が、直後から次々と露見していく。

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ゆうちょ銀行の池田憲人社長

不正に抜き取られた9万4000円

記者会見3日後の9月14日夜。筆者は千葉県内のファミレスで、20代の高校教諭の女性Aさんと会っていた。

彼女は1年ほど前の昨年8月9日、光熱費の支払いなどに使っているゆうちょ口座から、4万7000円が2回、計9万4000円が抜かれているのに気づいた。抜かれたのは3日前の8月6日。お金の行き先は「ウェルネット」と表示されていた。聞いたこともない会社だ。

ゆうちょ銀行のコールセンターに電話しても、キャッシュカードを止めるだけで、補償の対応はされなかった。残る貯金を引き出すために郵便局の窓口に出向くと、郵便局員が親身に話を聞き、「上司に掛け合ってみる」と応じたが、結果は「相談してもダメだった。何もできない」だった。

お金が流れたウェルネット社は、ゆうちょ銀行と口座振替ができる決済アプリ「支払秘書」を提供していた。メールで問い合わせると、8月6日の午前10時3分と同9分にお金がゆうちょ口座から引き出され、さらにJR西日本へ流れた、と教えられた。鉄道のキップが買われたとみられる。千葉県警にも相談したが、4カ月ほど調べたのちに「お手上げ」と打ち返された。ただ、ウェルネットに登録されていた住所がいい加減だった、と教えられた。

Aさんはウェルネットに対し、補償や返金を繰り返し求めた。だが、同社は「弊社・ゆうちょ銀行では対応できかねる」「当社としては返金対象外の扱い」と突き放した。後日、9万4000円のうち、決済されずに残っていたという700円は返すと伝えてきた。Aさんはあきれ果て、年明けには泣き寝入りを決めたが、今年9月にドコモ口座のニュースを見て、「私と同じじゃん」と思わずにいられなかった。その友人からの知らせで筆者とも巡り合った。

ファミレスで話を終えたAさんが、ゆうちょ銀行のコールセンターに再び電話すると、今度は「補償も含めて検討する」と返ってきた。昨年とは明らかに態度が変わった。ドコモ口座の問題がなければ、補償されないままだったのではないか。こうした被害者が少なからず「放置」されていたことが判明するのは、もう少し先のことだ。

被害が出てもサービス継続

翌9月15日午前。筆者がゆうちょ銀行に疑問をぶつけるより早く、退任目前だった高市早苗総務相が記者会見でこうぶちまけた。

「ゆうちょ銀行が提携する振替サービス業者6社で被害が生じている。つまりNTTドコモだけではない。2社は利用停止だが、残る4社はサービス継続中と聞いている。幅広く不審な出金がないかどうか、確認してもらわないといけない。少し言い過ぎたかもしれないが、多くの方々の大切な財産を守ることだから、あえて申し上げた」

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高市総務相

高市大臣は、ゆうちょ銀行から10日に受けた報告内容を把握していた。総務省が用意していた想定問答では被害状況を答える予定はなかったが、ゆうちょ銀行が11日の記者会見でも被害を公表しなかったことにしびれを切らし、あえて言及することにした。

これに慌てたゆうちょ銀行は、田中隆幸常務が15日夕に会見を開き、高市大臣の発言内容だけは追認した。だが、被害が出たサービス事業者名は「防犯上の理由」で伏せたままにした。本人確認が不十分な面があると認めつつ、それらのサービスでの口座振替は中断せずに、より厳格な本人確認システムを導入していく、とも説明した。ただ、その導入がいつになるかは「早急に」と繰り返すだけではっきりしない。

ゆうちょ銀行には、1億超の口座がある。今回の不正被害は、どこかで4ケタの暗証番号などを盗まれると、決済サービスを使っているかどうかに関係なく、誰もが被害に遭いかねない。1億超の口座がそうした危険にさらされる恐れがあると分かったなら、口座振替の「新規登録」や「チャージ」(貯金の引き出し)をいったん止めるのがスジ。決済自体ができなくなるわけではなく、チャージは別の手段を選べる場合も少なくないため、不正被害の危険に比べれば影響は限定的だ。

それでも口座振替を継続する理由について、田中常務は「決済事業者との調整が必要で、一方的には止められない」と釈明した。まるで事業者のせいで危険な状態を続けざるを得ないかのような言いぶりだ。

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日本郵政グループ本社ビル

コンニャク問答の記者会見

記者会見ではこんなやりとりもあった。

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