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女性をめぐる価値観はなぜ変化したのか|三浦瑠麗

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 本日は、私が子どもだった時代から今に至るまで、女性に関わる価値観がどのように変化したのかを取り上げたいと思います。

 女性問題をめぐる意識に関しては、参考になる内閣府の調査があります。もっとも最近のものが、2019年(令和元年)9月に行われた「男女共同参画社会に関する世論調査」です。27年前の1992年(平成4年)の「男女平等に関する世論調査」と比べて、人びとの価値観はどれほど変わったでしょうか。
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方について賛否を聞く設問では、2019年には「賛成」とする人の割合が35.0%(「賛成」7.5%「どちらかといえば賛成」27.5%)、「反対」とする人の割合が59.8%(「どちらかといえば反対」36.6%「反対」23.2%)で3年前の同じ調査よりも約5ポイント賛成が減り、反対が多くなっています。しかし、27年前の調査を見ると、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に賛成した人は当時60.1%(「賛成」23.0%「どちらかといえば賛成」37.1%)もいたのです。これに対して、反対は34.0%(「どちらかといえば反対」24.0%「反対」10.0%)でした。この約30年間の時を経た回答の変化は、世代交代によるところも大きいわけですが、それだけでなく何が正しい規範であるのかについての認識が変化した部分も無視できないでしょう。

 例えば、1992年の設問にはこのようなものがあります。「女性は結婚したら、自分自身のことより、夫や子どもなど家族を中心に考えて生活した方がよい」。この意見に賛成した人は、66.9%に上ります。そして、「女性は仕事をもつのはよいが、家事・育児はきちんとすべきである」という意見に賛成した人は、なんと85.6%に上ります。いまであれば、そのような調査票を政府が作ること自体が問題視されかねないというのが実情ではないでしょうか。そして現に調査票は大きく変えられ、現在行われている調査では、冒頭の「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という問いを除いてはむしろ誘導に近いようなポリコレ度の高いものになっています。

 私自身は、1992年の調査が行われたときには12歳、つまり小学校6年生であったわけですが、自分の人生のなかでこれほど大きな変化が起きたことをいま改めて実感します。同時に、社会は本当に数字が物語るほど変化しているのだろうか、という疑問もいだきました。表の言説=建前としてのポリコレが広まったため、差別感情を焙り出すような設問は逆に立てにくくなり、家事労働の実態をめぐってしか、家庭内労働の不平等さは焙り出されないのではないか、と。

 そこで見てみると、1992年の調査では、以下の家事労働を妻が「主に」担当すると答えている割合はそれぞれカッコ内に表れている通りです。掃除(84.5%)、洗濯(90.2%)、買物(81.3%)、食事のしたく(90.0%)、食事の後かたづけ、食器洗い(83.0%)、子どもの勉強の指導(48.7%)、乳幼児の世話(63.4%)、親の世話(64.2%)。しかし、2019年の調査ではこうした実態調査は行われず、むしろ外部サービスの利用意向と、希望する夫婦の分担割合とが聞かれただけでした。かわりに、国立社会保障・人口問題研究所が行った「第 6 回全国家庭動向調査」を見ると、2018年の調査でも妻の家事分担割合は8割を超えており、実態は大して変化していないことが窺われます。マクロミル社など民間の調査会社が行っている、共働き家庭に対する調査でも、妻が圧倒的に家事育児を負担していることが現れています。

 内閣府の男女共同参画に関する調査は、1992年に行っていたような男女平等をめぐる「本音」を焙り出すことをやめ、世論調査で実態をはかるのではなく、理想を提示した時にどれだけの人がなびいてくるかという「建前」の調査に舵を切ったのでしょう。社会を確実に理解するという観点からは、その手法には欺瞞が存在しますが、おそらく日本における価値観の変遷で最も効果があったのはこの手法です。その証拠に、わずか3年前の調査から比べても、女性が家庭に入るべきだという価値観の賛否にさらなる差がつくようになったのですから。

 山猫総研の日本人価値観調査ではまだ経年変化を実証できませんが、自民党を高く評価する層の価値観がかなりリベラル寄りに変化した理由には、当然安倍政権による女性活躍政策があったはずです。実のところは、価値観が変わったからといって、人間社会は大本のところに潜んでいた偏見を克服できているわけではないと思っています。女性に対する嫌悪(ミソジニー)は日々目にするし、男女問わず、目障りな女性に対する嫉妬や支配欲、手に入らないものへの怒りなどはツイッターやインターネットに渦巻いています。怒りを内面に抱えた人間が、ある対象を執拗に攻撃する行為には、男性に限らず女性においても、自らの権力欲や、あるいは支配的な立場に立てないことへの苛立ち、と言った自尊感情が関わっていると感じる場面が多い。そして女性はそのターゲットにされやすいのです。

 これは踏みつけにできる、と思った相手を踏みつける行動には、男女問わず典型的な権力欲と攻撃性が感じられます。これらはある種人間的な欠点だからこそ、人は自己を律しなければいけないのであって、また動機付けとして自己承認欲求と深く関わるところに、健全な形で他者に対する愛着を育てる必要があります。それは、相手への片務的な思いやりの差出しに対して、何らかの報賞が与えられる状況を創り出すことです。

 示された価値観の建前ばかりをみて楽観したり失望したりせず、長期的な啓蒙をすること。そして、そこにある憎しみや不作為による不正義については、社会調査ではない何か別のものが必要だということに、改めて気づかされます。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。


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