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1990年代の激変と現代における「政治の空白域」

文・三春充希(「みらい選挙プロジェクト」主宰)

 国政選挙のたびに問題とされる投票率の低下ですが、いつから有権者が棄権しがちになったのかは、あまり広く知られてはいません。実は図1に示すように、衆院選の投票率は昭和のあいだは維持されてきていました。その急落が起きたのは、1990年以降のことなのです。

図1

図1 出典:総務省

 1990年代には、自民党の分裂や55年体制の終焉に加え、社会党の解体が起こりました。この一連の出来事とともに、支持政党を持たない「無党派層」の急増があったため、当時の政界再編のなかで、それまで支持していた政党が変容したり消えていったりしたことで多くの人が支持先を失い、政治と距離を置くようになったと考えられています。

 しかし、こうした政界の出来事があったからといって、その後の政党が無党派層をいっこうに再獲得できず、投票率が2度と元の水準を回復しなくなったことは説明がつくでしょうか。90年代当時に支持すべきものを失った人たちは、2020年の時点では50代以上になっています。ですから今もなお無党派層が多く、投票率が低い状況が続いているということは、当時を起点とするその後の世代全体の問題であるはずです。

 もしかすると、昭和から平成になったばかりのこの時期に、政界よりもむしろ生活の面において日本の社会は大きく変質し、何か取り返しのつかないものを失ってしまったのではないでしょうか。

バブル崩壊とロスジェネ世代

 図1には20代の投票率を破線で示しましたが、90年に15.55ポイントだった全世代との差は、急落を経て23.23ポイントへと拡大しています。つまり、この時期に起きた投票率の低下は、若者の世代で特に激しかったといえるのです。この時を生きた20代――それは、バブル崩壊後の混乱期に社会に出た、今ではロスト・ジェネレーション(ロスジェネ)と呼ばれている世代でした。

 バブル崩壊によって日本の経済が打撃をこうむると、新卒の就職状況は年を追って悪化していきます。これと同時に労働者をより簡単に解雇できる環境が整えられ、正社員の非正規雇用への切り替えがなされました。終身雇用が崩壊し、ブラック企業や長時間労働が野放しにされ、多くの若者は、安定した生活の中で結婚して子育てをするという従来の生活スタイルを持てなくなったのです。

 けれどもこのような厳しい現実を前にして、さまざまな生きにくさを自己責任だとする風潮がはびこり、彼ら、彼女らの利害を十分に代弁する勢力は現れませんでした。若者はそうした状況のなかで、政治から距離を置くようになったのです。

 90年を境に、新たに社会に出た人たちの多くが政党に期待しなくなったことを、図2のなかに見ることができます。図2は年齢別の政党支持率について、与党を下側、野党を上側にまとめたものですが、これらに挟まれた巨大な領域が10代から50代にかけて広がっていることが読み取れます。これこそが、90年以後に新しく出現した無党派層なのです。

図2

図2 出典:明るい選挙推進協会の第48回衆院選意識調査

 90年代以降、多くのロスジェネ世代と同じように、社会に出ていく際にいつも展望を描けない道へ進まざるを得なかった人たちがいました。政治はそれに対して無力であり、政治に距離を置く層や、政治に失望した層が続々と生まれました。

 今の無党派層の多さや投票率の低さは、それらが降り積もった結果のあらわれです。平成の30年間で、日本の社会の中にそういう1つの集団が形成されたのです。この巨大な「政治の空白域」の利害を代弁する勢力がいなければ、政治に失望した人たちを再び政治参加へと動かすことは実現しないでしょう。

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