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ノーベル賞の薬「イベルメクチン」が新型コロナから人類を救う日|大村智

北里大学特別栄誉教授の大村智氏(84)は、2015年、抗寄生虫薬「イベルメクチン」誕生についての功績を評価され、「線虫によって引き起こされる感染症の新しい治療法の発見」を理由としてノーベル生理学医学賞を受賞した。

実は今、新型コロナウイルス感染症の治療薬としてイベルメクチンが注目を集めている。大村氏が、抗寄生虫薬が秘める可能性を語った。/文・大村智(北里大学特別栄誉教授)

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大村氏

寄生虫駆除薬がウイルスに効く?

それにしても、大変な世の中になりました。

コロナのおかげで私も在宅勤務、ちょっとかっこいい言い方をすると“在宅研究”の日々を送っています。最初の頃、部屋にこもって本ばかり読んでいたら、体調が途端におかしくなってきました。これはいい経験をしたと思います。私も84歳になりますから、注意しなければいけないと思い知りました。

「STAY HOME」、「おうちで過ごそう」なんて言いますが、家に閉じこもって“静か”にしているだけではやっぱりダメですね。わが家は世田谷の多摩川の近くだから朝早く起きた時には散歩に出るし、そうでないときは家の階段を20回も30回も昇り降りしています。

今は人になかなか会えません。でも人と喋らないと、脳が退化してしまう。特に、私は妻を亡くしていますから危険です。幸い、ゴルフ仲間などの友達がたくさんいるので、朝から「どうしてる?」なんて適当な用事で電話をかけまくっています。ある程度の時間しゃべったら、途中で「おい、今日はもう10分は喋ったから切るぞ」と言って切り上げてしまうんですけど(笑)。

そんな生活を送っていたなかで飛び込んできたのが、イベルメクチンのニュースでした。40年前に開発した抗寄生虫薬「イベルメクチン」が、新型コロナウイルス感染症に効果を発揮するかもしれない――4月になってそんな一報が入ってきたのです。実は、そのことを最初に伝えてくれたのは私の娘でした。娘はサイエンスについては全くの素人ですが、なぜかインターネットで見つけて「お父さん、こんなのが出てるよ」と夜中に持ってきたんです。

本音を言うと、このニュースにはあまり驚きませんでした。イベルメクチンは寄生虫駆除の薬ですが、2012年以降は、HIVやデング熱など、一般にフラビウイルスと呼ばれている一群のウイルスに対してもインビトロ(試験管内試験)で効果があることがわかってきていたからです。新型コロナウイルスも、フラビウイルスの一種です。

だから1月末頃から北里研究所で分野横断的なチームを組んで準備していました。イベルメクチンを始め我々がこれまでに発見した化合物、およびそれらの誘導体を何百と作り、新型コロナウイルスに効くものがないか片っ端から調べる計画でした。ところが、分離したウイルスが手に入らなかったため、研究がなかなか進んでいませんでした。

そうこうしているうちに、オーストラリアでの研究発表を皮切りに、アメリカ、イギリス、フランス、スペイン、タイ、プエルトリコ、ボリビア、ペルー……世界各国の大学や病院で臨床治験が始まったと報道されるようになってきました。感染症研究のメッカである米ジョンズ・ホプキンス大学も臨床研究を開始すると発表し、期待が高まっています。

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2015年にノーベル生理学医学賞を受賞

治療法がない不安

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世の中に大きな不安が広がっています。この不安の一番の原因は感染症に対する優れた治療法が確立されていないから、ということに尽きますよね。

治療薬の候補としては、エボラ出血熱の治療薬「レムデシビル」や、インフルエンザの治療薬である「アビガン」が早くから注目されてきました。けれども、実際に論文を読んでみると、どちらの薬も問題を抱えているのです。

例えば、レムデシビルは、日本では5月7日、新型コロナウイルスの治療楽として初めて承認されましたが、副作用が懸念され、投与は重症患者に限られます。

アビガンについても、日本では5月中の承認を目指して臨床研究が進められていましたが、現時点では有効性は明確になっておりません。

治療薬のゴールは、副作用の心配がない、効果が科学的に証明されている薬を作ることです。新型コロナウイルスに関しては、それこそ何百万人の人が使うかもしれません。エビデンスやデータがちゃんと揃わないまま「薬がある」と言われても怖くて使えない。ですから皆、あまり安易に「薬が出来た」なんて言わないほうがいいと思っています。

「やっぱり効くんだ」

とは言いつつも、イベルメクチンについては、その有効性が大きく期待されています。

驚いたのは、4月末に査読前の論文として発表された、アメリカのユタ大学、ハーバード大学などの共同研究グループによる研究結果でした。イベルメクチンを投与した患者704例と、そうではない患者704例を比較したもので、世界169もの施設から集めた臨床データを分析しています。男女、人種、その他の疾患を考慮に入れた非常にしっかりとした観察データで、信頼性が非常に高いものでした。

この研究によると、イベルメクチンを投与した患者さんは、投与していない方に比べて致死率が6分の1にまで減少したと報告されています。人工呼吸器を使っている重症患者についても、21.3%だった死亡率が7.3%にまで減少したというのです。この数字を見た時は「やっぱり効くんだ」と感動しました。それくらい期待を持たせる結果だったので、論文を読めば、どの国も「イベルメクチンの治験をやってみたい」という気になると思います。

そもそもイベルメクチンは、すでにアフリカなどで年間3億人が服用しており、安全性が確立されています。ですから、効果は分からないにしても、困ったことに明日から感染症予防で飲んでみようなんていうことになりかねない。先日もある人から、「いっそのこと、日本中にイベルメクチンを配っちゃったらどう」と言われました(苦笑)。実際、すでに南米のボリビアとペルーで使用が許可されたとのことです。

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日本では「ストロメクトール」として製造・販売

アフリカの村でイベルメクチンを配るのはお医者さんでも看護師さんでもありません。年に1度、簡単な講習を受けたボランティアです。体重が測れなくても、背の高さから何錠飲むかを判断して薬を配っています。このビタミン剤のような手軽さと安全性は、治療薬の開発において重要になると思います。

薬の摂取量についても、わずかで済みます。イベルメクチンは1錠が3ミリグラムですが、体重が50キログラムの人であれば1回だけ、3〜4錠を飲めばよい。

今後は治験をきちんとやることが大事です。あわてずに治験の経過を見守りたいと思います。

複数の作用を持つ

イベルメクチンはもともと、線虫などの寄生虫やダニ、ハエの成虫や幼虫などの節足動物に、ごく少量で強い殺虫作用を発揮する薬として知られてきました。家畜の寄生虫駆除に用いられるほか、寄生虫によってヒトの失明を引き起こす「オンコセルカ症(河川盲目症)」やリンパ系フィラリア症、糞線虫症、疥癬の治療薬としても効果を発揮してきました。

寄生虫の駆除薬がなぜ新型コロナウイルスにも効く可能性があるのか、不思議に思う人も多いでしょう。

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