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【2-政治】菅新政権誕生の深層と本格政権への課題|田﨑史郎

文・田﨑史郎(政治評論家・駿河台大学客員教授)

形を変えて継続する安倍と菅との関係

前首相・安倍晋三の病気退陣後、登場した菅義偉政権は1年で終わる短命政権なのか、それとも4年以上続く本格政権となるのか――。それが決まるのが2021年だ。

まず、菅政権の成立過程を見てみよう。権力の生成過程は出来上がった権力の構造や強度を浮き彫りにするからである。

菅は直前まで、自民党総裁選出馬を否定してきた。その菅を説得したのは、安倍であることを押さえておかなくてはいけない。安倍は最大派閥・清和政策研究会(細田派)の実質的なオーナーだ。出馬を決断した菅が最初に支援を要請したのが自民党幹事長・二階俊博。二階は派閥勢力では第4位の志帥会(二階派)会長だが、独特の雰囲気、言葉で党内を抑え込む力量は群を抜いている。

安倍と二階が菅政権づくりの立役者であり、政権の後ろ盾だ。したがって、無派閥の議員が首相になるのは初めてのことであっても、イコール党内基盤が脆弱ということにはならない。

振り返ると、安倍が退陣を表明したのは2020年8月208日午後5時からの記者会見だった。これに先立ち、安倍は都内の慶應大病院で同17日に7時間半、続いて同24日も診察を受けた。安倍は記者会見で潰瘍性大腸炎が再発したことを明かした上で、次のように退陣を表明した。

「国民の皆様の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断いたしました。総理大臣の職を辞することといたします」

退陣を決断した時期については、2回目の診察時、つまり24日と述べた。退陣表明の当日、安倍は午前中に副総理兼財務相・麻生太郎、菅、午後から二階、公明党代表・山口那津男と相次いで会談し、辞意を伝えた。――報道ではそうなっているが、実は安倍はその2、3日前に、菅に辞意を伝えている。そしてこんな会話を交わした。

安倍 「私は辞めることにしました。私の後、長官がやってくれるのが一番良いんですけど……」

菅 「私で大丈夫でしょうか」

安倍 「大丈夫です。7年8カ月間、一緒にやってきたじゃないですか。立つことがお国のためです」

このやりとりは厳に伏せられている。このことが公になると、安倍の支援を期待して忠勤に励んできた前政調会長・岸田文雄がますます不快になるだろう。当日になって知った麻生や元首相・森喜朗らも気分を害するのは目に見えている。

しかし、安倍に促される形で菅が立候補を決断したことは紛れもない事実である。このことによって、安倍はこの政権をつくった責任を負った。菅には安倍をもっとも大事にする義務が課せられた。その結果、7年8カ月余の長期政権を築いた安倍と菅との関係は、形を変えて継続することになった。

25分で決まった菅政権

安倍退陣―菅の決断を第1幕とするなら、菅政権への流れができる第2幕の主役は二階だった。安倍が退陣表明した28日夜、自民党国対委員長・森山裕は菅に、「林さん(幹雄幹事長代理)を入れて会いませんか」と電話を入れた。菅、森山、二階側近の林は、森山が17年8月に就任以来、毎週水曜日、朝食をともにしながら政府・党・国会運営の相談を重ねてきている。

森山は菅に、「二階さんにもいていただきましょうか」と話すと、菅は「お願いします」と答えた。菅はこの段階で出馬を決断していたとみられる。

これを受けて、土曜日の29日午後8時から東京・赤坂にある衆院議員宿舎2階の応接室で菅、二階、森山、林の4者会談が開かれた。議員宿舎内の応接室なら、記者に見つかることはないという理由でこの場所が選ばれた。

二階、森山、林はこの場に臨むまで議員宿舎近くのANAインターコンチネンタルホテル東京で食事した。だが、彼らも菅に出馬の意志があるのかどうか、見分けが付かなかった。4者会談の席上、菅は端的に言った。

菅 「立候補する決意を固めました。応援してほしい」

二階 「分かった。応援する。派としてすぐに支持を打ち出そう」

この瞬間、菅政権誕生が事実上決まった。会談はわずか25分程度で終わった。二階はそれまで菅に何度も「チャンスがあったらやった方が良いよ。応援する」と話していたので、菅の決意は大歓迎だった。

菅が出馬する意向を固め、二階が支持することは日曜日の30日午前、民放テレビが伝え、各社も後追いして一気に「菅総裁」への流れができた。この後、細田派、麻生派、竹下派3派の会長は9月2日夕、そろって記者会見して菅支持を表明した。

こうした自民党内の流れに、世論の面からお墨付きを与えたのが同4日付朝日新聞朝刊に掲載された世論調査だった。朝日は2、3の両日に世論調査を実施し、安倍の後継に誰がふさわしいかを聞いたところ、菅が38%、元幹事長・石破茂25%、政調会長・岸田文雄5%だった。自民党支持層に限ると、菅が49%で、石破の23%を大きくリードした。菅がいきなりトップに躍り出、それまで人気ナンバーワンだった石破は2位に沈んだ。

朝日の調査で、これ以上に注目されたのが安倍政権への評価だった。第2次安倍政権以降の7年8カ月の実績評価を聞くと、「大いに」17%、「ある程度」54%を合わせて、71%が「評価する」と答えた。「評価しない」は、「あまり」19%、「まったく」9%を合わせて28%だった。

この結果にもっとも驚いたのは安倍政権を厳しく批判してきた朝日新聞自体だった。パブリックエディターの山之上玲子は同29日付朝刊で、こう書いている。

「話題になったのが、朝日新聞が実施した今月の世論調査です。……『そんなに高いの?』と問い返す声を、社内で何度か聞きました。……政権を支持する声と批判する人たちの意見、そのどちらにもきっちりとアンテナを張っていたか。両者のものの見方を十分に咀嚼(そしやく)できていたか。虚心坦懐(たんかい)に振り返る必要があります」

なんと率直な述懐だろう。その後の紙面を見ていると、この反省が生かされているとは言えないが、それでもこうした見解が掲載されたのは異例だ。

首相主導からの転換

さて、菅政権は安倍政権の継続をうたいつつ、「菅カラー」もはっきりと打ち出している。もっとも大きな変化は政策の打ち出し方だ。安倍が一億総活躍社会実現、働き方改革、全世代型社会保障などコンセプトを打ち出し、首相主導で個々の政策を展開したのに対し、菅は個別具体的な政策を掲げ、その指示の下で担当閣僚が全力で実現に当たる形だ。

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