見出し画像

コロナ下で読んだ「わたしのベスト3」 戦争・五輪・コロナ|武田徹

矢継ぎ早に刊行されたコロナ関係書の中では山内一也『ウイルスの世紀』が白眉だった。新型コロナウイルスに関する記述はそう多くはないが、日本を代表するウイルス学者が過去の研究や感染症対策史について書いてきた蓄積と接続されることで、歴史的な遠近感の中で現在のコロナ禍を顧みられる。

SARSなど過去の感染症経験を生かして対策を構築していた国は新型コロナに勝利し、日本を含めてそうではない国は無残に失敗している。歴史から学ぶ真摯さの欠如こそ感染症に対する最大の脆弱性となることが本書を読むとよく分かる。

コロナで延期された五輪については吉見俊哉『五輪と戦後』から多くを学んだ。たとえば日中戦争の激化で開催が見送られた1940年五輪のメインスタジアムとして改築される予定もあった旧神宮外苑競技場は青山練兵場の敷地に建てられていた。64年五輪では代々木に競技場と選手村が作られたが、そこも元は代々木練兵場で、戦後は接収されて米軍住宅が作られていた場所だ。このように五輪と戦争の縁は深い。

64年五輪前に大改造される東京の姿を描いた『ずばり東京』は2020年五輪の招致が決まって以来、しばしば再読してきたが、著者・開高健が五輪景気に沸く建設現場で怪我をしたり、亡くなったりした人、集団就職で上京したが行方不明になってしまった人のことをひどく気にしているのが印象的だった。そこで浮かび上がるのは国のために個人に犠牲を強いる総動員体制が戦時中から五輪体制に引き継がれたという事実なのだ。

そして今回のコロナ禍の中でも、政府は感染症対策と経済喚起の両立を謳いつつも、結局は国(経済)を守るためには弱者が犠牲になるのはやむをえないと切り捨てたのだとすれば、そこにも国家総動員思想の影が及ぶ。戦争、五輪、コロナ――、複数の書籍を読み連ねてゆく読書はバラバラの現象をつなぐ歴史の経糸を浮かび上がらせてくれる。

ここから先は

0字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください