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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#22

第四章
End Of A Century

★前回の話はこちら。
※本連載は第22回です。最初から読む方はこちら。

 1996年8月10日土曜日夕刻。

 数日前に公表された国民的人気俳優・渥美清さんの訃報は日本中を悲しみに包み込み、ワイドショーは彼が長きに渡って主演を務めた「男はつらいよ」の名シーンで覆い尽くされた。年号は平成に変わってからすでに8年も経過していたが、多くのコメンテーターが示し合わせたかのように「これで完全に『昭和』が終わった」と同じ言葉を繰り返している。僕自身も新宿・靖国通り沿い、松竹会館1階にあるレーザーディスク店「松竹ビデオハウス」でのバイトがきっかけで「寅さん」に心酔したひとり。大きな喪失感を味わった。

 この夜、勢いに乗る下北沢ギターポップ・シーンを彩るバンドマンたちや関係者が一斉に集うバーベキュー・パーティが、井の頭公園の中にある大盛寺で開かれることになっていた。午後4時頃、高円寺北2丁目の自宅マンション「ロイヤルハイム高円寺」から出た僕は、水色の「純情商店街」のアーチを抜けて北口ロータリーへ。前日、いつものように夜通し「MTR(マルチトラック・レコーダー)」に向かい新曲を作り、昼過ぎに起きた僕は、これまたいつものように駅前の「牛丼太郎」で250円の激安牛丼を食べ終えた。ヘッドフォンでジョージ・マイケルの新曲〈ファストラヴ〉を聴きながら、中央線で吉祥寺駅まで向かう。バーベキュー・パーティに赴く前に牛丼を食べた理由の一つは、「お腹を極限まで空かせてパーティ会場に行くのはクールではない」という開高健がエッセイに書いていたルールの実践。しかし、それよりも喫茶店でコーヒーを飲むより安く空腹を満たすことが出来る「牛丼太郎」は自分にとって命綱とも言えるソウルフード。すべての持ち金を音楽活動、機材やレコードに費やしたい僕にとって、その圧倒的な安さは大きな味方。生卵を丼に投入しかき混ぜて食べる快楽を一度知ると、素通りするだけではまるで損をしたような気さえしてしまう。

 初めての一人暮らしを2年間経験した東中野から高円寺に引っ越して丸1年の日々が経っていた。今や僕はこの町、高円寺を心から愛しきっている。ラーメンなら鶏ガラと煮干しスープのシンプルな「太陽」や、狭くて汚いが癖になる「タンタン」。南口の焼き鳥屋「大将」をはじめとする充実した居酒屋。立ち並ぶ古本屋と、「EUROPEAN PAPA」などの中古レコード店。不気味なホラーやカルト的な映画を豊富に揃えた「Auviss」を筆頭に、アンダーグラウンドなソウルやファンク、音楽物を扱うレンタル・ビデオ・ショップも深夜まで開いていて、そこで吟味して選ぶ映画やライヴの数々はプロの音楽家を目指す自分にとって最高の栄養だった。高円寺には僕が必要とするもののすべてがあった。大学を卒業して半年。24歳の誕生日を迎える「1997年11月27日までに必ず音楽で生計を立てる」という自分に課したリミットは刻一刻と近づいていた。

 高円寺への引っ越しは、同世代の友人で唯一自分の車を持っていた STARWAGON のベーシスト、林ムネマサ君に頼むと快く手伝ってくれた。彼は、普段は2ドアの BMW 318 に乗っていたが、実家のレガシィ・ツーリングワゴンを出してくれ、二人で数回往復すれば部屋の荷物をすべて新居に運びこむことができた。新しい部屋で常に行うことにしている僕特有の「ともかくまずマイケル・ジャクソンの〈ロック・ウィズ・ユー〉を聴く」という儀式を行うことを彼に宣言すると、林君は大笑いしながらもいいねーと一緒に参加してくれた。

 林君は僕と同じ「お寺の息子」だった。彼は天台宗、僕は浄土真宗と宗派は違えども自分なりにシンパシーも感じていた。しかし、このバーベキュー・パーティの夜、彼の実家である大盛寺を初めて訪れた僕は、その伝統、由緒正しさとスケールの大きさに腰を抜かすこととなる。

「えー! これ? 今、目に見えてる全部、え?」

「ん? そうだよ」

 参加者を出迎えに来てくれた林君は、反応に慣れているのか驚く僕にそう言った。

「えええ! 君の家、まるで『たけし城』やん!」

 神田川の水源である井の頭池には朱塗りの弁天堂がある。そこに祀られる弁財天とは、元々インドのヒンドゥー教の水の神「サラスヴァティー」のことだ。川や水の醸し出すサウンドが「音楽」「言葉の流れ」を想起させると、歌舞伎役者や芸能人からも長きに渡って信仰されてきた。言い伝えでは平安時代中期の天慶年間に源経基が創建し、源頼朝が再建したというが……。兎にも角にも、大盛寺に足を一歩踏み入れ、この広大な敷地を誇る歴史的寺院の跡取りが林ムネマサ、その人なのだと知ると、これまで目にしてきた吉祥寺の景色や概念がガラリと変わる。林君があまりの人気に争奪戦が巻き起こり「エアマックス狩り」なる現象まで起きているナイキのハイテクスニーカー「エアマックス95」を履き、余裕でフットサルに興じている謎までもが一瞬で解けたものだ。

 林君に導かれ、バーベキューの用意を始めようとしている広大な中庭に進むと、ギター・バンド「マーズ・クライメイト」のベーシスト里中憲さんの彼女、志賀芽衣子さんの姿が見えた。会うのは半年ぶりだろうか。自分を含むバンドマンすべてが個々のバンド活動、未来を切り開くことに、より必死になった時期だった。それぞれがインディやメジャー・レーベルと契約や本格的な活動を始めると仲間と共有できない「秘密」も増える。その意味で今夜のバーベキュー大会は、久々に友人達が大集合して呑み語らう同窓会的な場でもあった。芽衣子さんはメジャー・レーベルからポップ・ユニット「フレイヴァー」のシンガーとしてデビューすることが内定していたが、去年の終わり頃からディレクターが口約束だけで何も動いてくれなくなった、と打ち上げで愚痴っていた。彼女は気まずそうに口を開いた。

「あのね、ゴータ君、デビューの話……、なくなっちゃった。私」

「え?」

「『フレイヴァー』も解散しちゃってさ。曲作ってた石原君、潔く裏方になるって」

「あれ、4枚連続シングル切って大々的にデビューするんだって言ってましたよね? その4枚それぞれ、世界の各都市でミュージック・ビデオ撮影する、だから準備に時間がかかるから待ってて、ってディレクターに言われたんですよね?」

「そう。ニューヨークとロンドンとイスタンブールと、ゴータ君が推薦してくれた、リオ」

「ですよね。4つ目の都市どこがいい?って芽衣子さん、ディレクターから訊かれてましたもんね」

「でも、なくなっちゃった」

「おー……。というか、やっぱりメジャー・レーベルって怖いですね。何年待たされましたっけ?」

「最初にオーディションで声かけられてからは、3年ちょっと……」

 僕は去年春の出会いから何度もデビューまでのプランを周囲に尋ねられた芽衣子さんが嬉しそうに、誇らしそうに、話していた表情と情景を思い出し、かける言葉を失っていた。20歳で声を掛けられた彼女には、その3年は余りにも貴重な時間。もっともっとチャンスも方法もあっただろうに……。口籠っていると、遠くからカズロウの大きな声がした。

「ゴータ!」

 横でマイカが手を振っている。僕の周囲でこの1年、最も状況が変わったのは、カズロウとマイカの関係性かもしれない。去年の今頃、「なんでんかんでん」にラーメンを食べに行こうとケースケさんに誘われたけれど、未遂に終わった暑い夜。ケースケさんにマイカを家まで送ってほしいと頼まれた僕がバー「敦煌」から外に出ると、下北沢駅南口の駅前の地面に座り込んだカズロウが思い詰めた顔をして僕らを待っていた。その時まで、勘の鈍い僕はまったく気がついてはいなかったが、カズロウは長い間マイカが好きで、自分の想いをいつ告白するかタイミングを見計らっていたというのだ。

 いつも調子がよく強気なキャラクターのカズロウだったが、交友関係があまりにも濃厚にクロスしているためにもしマイカに断られた場合の今後の気まずさを思うと勇気が出なかったと、後に僕に語った。もう一つ、両親から先祖代々続く桜新町駅のそばにある和菓子屋「さくら庵」を継ぐよう何度も懇願されていたカズロウにとって、自らの将来のヴィジョンを思い描いた時、「芸能界」の人間であり前途を嘱望されていたマイカと付き合うことにハードルを感じた、とも……。ただし、マイカはカズロウの告白を意外に素直に受け入れ、ふたりは数日後から恋人同士として付き合いはじめた。そこで生まれた心境の変化からか、芸能活動にそれほど乗り気でなかったマイカは所属していた事務所を秋にやめてしまう。マイカは元々の彼女の夢だったという英語教師になるべく勉強を重ねながら、すんなりと「さくら庵」でみたらし団子を焼くバイトを始めて今や看板娘となっている。決意を固めたカズロウも家業を継ぐため、青山にある名門美容室「SHIMA」を春に辞めていた。

 次の瞬間、カズロウが周囲を一度見廻してから僕に向かって、小さな声で「ゴータ、あのさ。この場所で言うのもなんだけど。 STARWAGON のこと知ってる?」と訊いた。

「なんか、あったん?」

 と言いながらも僕はその質問と表情だけで、ある程度の答えが予測出来てしまった。

「STARWAGON 解散したらしいよ。今日、今から俺も林君に確かめる」

「マジで?」

 視線の遠くでは、缶ビールを空に掲げた林ムネマサが SHORTCUT MIFFY! やエレクトリック・グラス・バルーンのメンバー達、上条兄弟と共に、今まさに酒盛りを始めようとしていた。ドンちゃんと、モリヘーが「早く、あんた達もこっちおいでよー! 乾杯するよー!」と缶ビールを抱えて近づいてきた。「わかったー!」と僕は言った。しかし、カズロウから語られた次の展開はまったく予想できなかった。

「いや、それでさ、上条兄弟と林君で、新しいバンド始めるらしいのよ」

「え? 湧井さん以外の3人で?」

「そう」

「で、ヴォーカルは?」

「林君」

「え……?」

 STARWAGON が解散し、ヴォーカルとギター担当の湧井正則さん以外の3人が新バンド PENPALS を結成したことを、僕はこの夜初めて知った。

★今回の1曲ーーGEORGE MICHAEL - Fastlove (1996)

■西寺郷太(にしでら・ごうた) 
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としてもSMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、私立恵比寿中学、「ヒプノシスマイク」など多くの作品、アーティストに携わる。
近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。
代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
Spotify公式ポッドキャスト「西寺郷太の GOTOWN Podcast」、毎週日曜更新。
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