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古川貞二郎・元官房副長官特別寄稿「誰が官僚を殺すのか」――霞が関に人材が集まらなくなった

官僚は政治家の手足ではない。霞が関が滅べばこの国はもたない。/文・古川貞二郎(元内閣官房副長官)

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総務省接待問題において、古川氏は大きなショックを受け、2つの疑問を抱いている
▶嘘は、残念なことに、近年、国政の場において珍しいことではなくなっている。政治と行政の「驕りと弛緩」であり、国会や国民の軽視に他ならない
▶「政と官」は車の両輪として役割分担関係にあり、上下関係にはない。また行政官である官僚は政治家の手足では決してない

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古川氏

接待は明白な「倫理法」違反だが

「行政官(官僚)に高い士気を維持しながら、仕事に精励してもらわないと、この国はもたない」

「行政官は公平、公正でなければならない。廉潔でなければならない。そして誠実に仕事をしなければならない」

いずれも「カミソリ」の異名をもつ後藤田正晴・元官房長官の言葉です。中曽根内閣において私は首席内閣参事官として後藤田官房長官に仕えましたが、後藤田さんが口にされる言葉に深く感銘を受け、官僚人生の指針としてきました。

現在、総務省幹部の接待問題をはじめ「官」の信頼失墜が止まりません。いま霞が関で働く行政官の耳には、後藤田さんの言葉はどのように響くのでしょうか。

私は、1960年に厚生省に入省し、2003年に内閣官房副長官を退官するまで43年にわたり霞が関に身を置きました。最後の8年7カ月、行政出身の官房副長官として仕えた首相は5人になります。

霞が関の現状について、私は深く憂慮しております。「政と官」が正常な状態を取り戻す一助となればと思い、私自身の考え、経験を率直にお話ししようと思います。

今年2月、「週刊文春」の報道をきっかけに、総務省の幹部職員が東北新社から接待を受けたことが発覚。11人が国家公務員倫理法(以下、「倫理法」)に違反するとして処分されました。さらにNTTからも、総務省の幹部職員に対し高額の接待があったことが明らかになっています。

この総務省接待問題において、私は大きなショックを受け、2つの疑問を抱いています。

ひとつは、利害関係者からの接待は明白な「倫理法」違反にもかかわらず、どうして総務省幹部が断わらなかったのかということです。

「倫理法」は2000年4月1日に施行されましたが、同法制定のきっかけは、90年代後半に官僚の不祥事が相次いだことです。

1996年には、厚生省の後輩だった事務次官が収賄罪で逮捕されました。官房副長官だった私は、出身官庁のトップが逮捕されたことで自責の念から、梶山静六官房長官に辞意を申し出たのです。

梶山さんからこう言われました。「自分も思いもよらないことで議員バッジを外さなくてはならない状況になったことがあったが、信念をもって辛抱して頑張ってきた。行革には古川さんがどうしても必要。苦しいけど、ここは辛抱してほしい」

結局、私は深い思いのなかで、仕事を続けることにしました。

その2年後には、大蔵省の官僚が金融機関から過剰な接待を受けていた汚職事件が明るみに出ます。大蔵省官僚ら7人が銀行員などから過剰な接待を受け、贈収賄の罪で逮捕、起訴された。問われたのは、金品授受などの賄賂ではなく数万円の接待を受けたことです。

「倫理法」は、この大蔵汚職事件を機に議員立法で制定されており、国家公務員に厳正に規律を順守させるための法律でした。「利害関係者からの過剰接待は許されない」。こうした考えは、霞が関全体に浸透し、共有されていたはずでした。

霞が関の官僚には、利害関係者との1万円以上の会食は届け出が義務付けられていますが、新聞報道によると、15年~19年度では農林水産省413件、経産省350件をはじめ霞が関全体で1287件の届け出があったといいます。これは多くの官僚が「倫理法」を順守している証左です。しかし不思議なことに総務省はたった8件で、明らかに実情と異なっていると思います。

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後藤田氏

総務官僚がついた嘘

私自身、この「倫理法」が、適正な行政を進めるうえで、官僚の足枷になっているのではと感じたこともあったほどです。

霞が関を離れてからも、私は時折、情報交換をするため、「最近の話を教えてくれ」と後輩官僚を誘うことがあります。たいてい先輩に声をかけられたことを喜んでくれるのですが、私は利害関係者でも何でもないのに、「軽く飯でも食いながら」と口にすると、一気に慎重になる。

また「倫理法」違反を恐れるあまり、官僚が担当する業界との接触を避けるため、民間企業の実情をよく知らないなと感じることもあります。そのためもあると思いますが、結局、法律が施行されても、現場の実情に合わず、運用に問題が生ずるケースも少なくないように思います。

もっとフランクに付き合ったらいいのにと思うほど、「倫理法」の効果を感じたものでした。

だからなぜ総務省の官僚が禁を破ったのか、私には不思議でしょうがない。こうした不祥事は、これまで当該の官僚を処分したり辞任させたりすることで一件落着ということになりがちですが、そんなことで終わるのではなく、今後のためにも徹底的な原因究明が必要だと考えます。

もう一つの疑問は、総務省の幹部職員が国会にて「利害関係者と思わなかった」「違法な接待は受けていない」「放送事業の話題は出なかった」と平然と嘘を並べたことです。まったく信じられない事態です。

政治と行政の「驕りと弛緩」

こうした嘘は、残念なことに、近年、国政の場において珍しいことではなくなっています。

第2次安倍政権では「政と官」をめぐる深刻な不祥事が起きましたが、ここでも官僚や政治家が平気で嘘を口にしていました。結果的にですが、報道によると安倍晋三前首相による事実と異なる国会答弁は、118回にのぼるといいます。

ここに共通するのは政治と行政の「驕りと弛緩」であり、国会や国民の軽視に他なりません。

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