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野村萬斎 世間を面白くする為に|特別寄稿「 #コロナと日本人 」

新型コロナウイルスは、世界の景色を一変させてしまいました。文藝春秋にゆかりのある執筆陣が、コロナ禍の日々をどう過ごしてきたかを綴ります。今回の筆者は、野村萬斎氏(狂言師・演出家)です。

野村萬斎mini

数多の苦難を乗り越えてきた能楽

この文章を寄稿するにあたって、先ず、コロナ禍での医療従事者、ライフラインを繋いでくださっている全ての方に感謝すると共に、落命された方々への哀悼の念を表す。

昭和41年所謂(いわゆる)丙午(ひのえうま)生まれの狂言師・能楽師の私にとって、公演が中止又は延期になる事は稀にあった。幼い時は能楽堂の停電による中断。高度成長とバブル経済の時代は薪能(たきぎのう)がブームになり、野外での公演は当然ながら天候に左右される。

だが、近年は天気のように予報もできない、まさに不測の事態により、公演が中止・延期に追い込まれる。日本各地での震災、そして今回の新型コロナウイルス。

私の出演が予定されていた公演は、2月の終わりの自粛要請からめっきり減り、この数ヶ月は全く出来ず、6月いっぱいまで無くなった。7月以降も既に多くの公演が延期・中止を発表している。能楽界、演劇界全体が同様である。一門の狂言師を抱える身としては、中小企業の皆さんと同じ立場であり、頭の痛い状況である。

緊急事態宣言解除後も、劇場・能楽堂は「密」を避けるために、キャパシティーの50%以下に入場者数を抑えねばならず、当然ながらチケット収入は半分以下になる。既に50%以上チケットが売れていた公演は振替開催にあたり結局払い戻し、公演回数を倍にして観客のニーズに応えようと身を削っても、第2波の恐れのある状況では、思う通りに売れる保証は無い。

とは言え、おおよそ700年の歴史を持つ能楽(能と狂言の総称)は、数多の苦難を乗り越えてきた。応仁の乱という戦火に始まり、あらゆる戦災・震災・政変・疫病に翻弄されつつ生き残ってきた。

普遍性を本質とする文化芸術は絶える事はないという自負は生まれるのだが、にしてもだ。観客はもちろん、演者のソーシャルディスタンスも保たねばならない。三間四方(18畳正方形)の能舞台、狂言は2、3人で演じることが多いので、演者同士はかなり離れられるが、能は立方(たちかた)・地謡(じうたい)・囃子を含め約20名で演じるので、「密」を避けられない。通常四名二列で声を出す地謡は五名一列横並びが検討され、しかも飛沫防止にマスクを着用する可能性もある。着用の仕方など物議を醸してもいるが、ふと明治期の断髪令直後の演者への違和感を想像してもみる。ちょんまげの世界から、観客席は見慣れぬ短髪、舞台の上も同じく見慣れぬ短髪。却って互いに、時代の荒波を受ける現代人としての共通性や親近感を覚えたかもしれない。

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