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『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』松本千秋さんインタビュー

欧米を中心に世界中で使用されているマッチングアプリ「Tinder(ティンダー)」。その実体験を赤裸々に描いた松本千秋さんによる漫画『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』(幻冬舎)が刊行され、11月18日からテレビ東京でドラマ化される。

「当初の連載タイトルはそのまんま『38歳バツイチ独身女がティンダーをやってみた結果日記』だったんですが、私が使い始めた2018年当時は、その名を他人に言うのが憚られるほど、巷の認識としてはユーザーだと公言するには恥ずかしいアプリだったような気がします」と語る作者の松本さんは、なぜ自ら危険な“火口”に近づいたのか?(聞き手・構成=小泉なつみ)

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「今はテレビで特集が組まれるほどメジャーなものになっていますが、2年ほど前は結婚を前提にした婚活アプリですら人に言うような感じじゃなくて、こっそりやるものっていうイメージが強かったんです。

 そんな状況の中、結婚を目的にしないティンダーは“真面目なお付き合い”という建前すらないこともあり、『不誠実な人だと思われたくない』と、使っていることを言えない人も多かったと思います。特にアラサー、アラフォー世代は抵抗感があったんじゃないでしょうか」

 筆者は現在37歳だが、未婚の同級生に「これからマッチングアプリで出会った人とデートするんだけど……」と初めて教えてもらったのは、やはり松本さんがサービスを使い始めた2018年頃だった。そして当時は自分も抵抗感が大きく、即座に「大丈夫、それ?」と聞いてしまった記憶がある。

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イケメン率の高さに衝撃を受けるチアキ。(著書より)

「ティンダー=ヤリモク(体目当て)」イメージの先鞭を付けたのは、2017年頃にTwitterで話題を呼んだ「暇な女子大生」の存在も大きいかもしれない。

 高学歴男子たちと日々逢瀬を重ねる女性の告白は、池田エライザ主演でTVドラマ化されたほど人気を集めた。

 松本さんはそんな「暇な女子大生」を含め、マッチングアプリでの出来事をつぶやく女性たちをウォッチしていたと言う。

「みんな表にはできないので、Twitter上の裏アカウントでさかんにつぶやいていて、興味深いストーリーがたくさんありました。特に女の子は登録している絶対数が少ないみたいで、さみしいと思ったらその日のうちに相手を捕まえている子がほとんどでした。

 ヘアもメイクもバッチリきめて出かけようとした途端、デートをドタキャンされてしまった子が、『相手みつけまーす』とつぶやいた3時間後に、マッチした相手とホテルに行ってたりとかして。

 ただその子のツイートを追いかけてみたら、どうやら沼にハマっている様子だったんです。軽い気持ちで一線を超えたらうっかり本気で好きになってしまって、相手が忘れられなくなっちゃったんですね。でも男の方の認識は、ただの“ティンダーで知り合った一夜限りの相手”。

 セフレ以上にはなれない女の子たちの苦しみを眺めては、『どんなに好みのタイプでも、このアプリで出会った男にだけは絶対にハマらない』と自制するようにしていました。それでも女の人って気持ちが伴いがちだから、身体だけの関係と割り切り続けるのがどんなに大変か、私も身をもって体験しました」

「Pairs(ペアーズ)」をはじめとした婚活アプリは、冒頭で松本さんが話したように、基本的には「結婚」というゴールがあり、そこがティンダーと大きく異なる点だ。

 ペアーズは本気、ティンダーは遊び――。暗黙裡にでも棲み分けができているならトラブルも回避できそうだが、アプリで恋心まで制御することはできない。ゆえにマッチングアプリでは「ねじれ現象が起こりがち」だと松本さんは言う。

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松本千秋さん (C)末永裕樹/文藝春秋

「婚活アプリを使っている人は結婚することが目標なので、最初にピンと来なくても、どうにか相手を好きになろうとする傾向があって、みんな『いい人なんだけど……』ってよく言うんですけど、後に続く言葉は『話がつまらない』『ルックスが好みじゃない』。つまり、相手にときめけない、恋をできない苦悩があるんです。

 でもティンダーは真逆で、『恋しないようにしなきゃ』と思いながら相手と会う。なぜかというと、圧倒的にルックスのいい男性が揃っていて、どんなに我慢してもコロッとときめいてしまうから。でも男性の多くは遊び目的なので、好きになったら傷つくのがオチ。同じマッチングアプリでも逆の苦しみがあるんです。

 ただ私は、人生楽しむだけなら、ティンダーの方が向いてるなって感じですね。友だちからも『ひとまわり以上年下の子とよく会話できるね?』って言われましたけど、私たぶん、ピーターパン症候群なんです。だから音楽や映画の話だけで十分楽しいし、真面目な話をするとどんどん気が合わなくなる感じがあって」

 国内における婚活・デートアプリ市場は5年後に1000億円超と予想されるなど(マッチングエージェント調べ)、マッチングアプリは出会いの選択肢のひとつとして当たり前になりつつある。男女ともに(制御できる・できないは別としても)、「結婚相手探し」「遊び」「趣味」など、用途によってマッチングアプリを使い分けているのが実態のようだ。

続いて、松本さんの半生と、マッチングアプリにハマり結果的にアプリをやめるまでの経緯に迫る。

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 知性を感じる潔い線。デビュー作とは思えないクオリティに圧倒されるが、松本さんは1年に1冊も漫画を読まず、漫画家を目指していたこともないという。

「コマ割りとかで漫画を参考にしたことはないですね。なんなら下書きもしないんですよ。もともと映像制作の仕事をしていたので、このカットがきたら次はこのカット……みたいに、カメラアングルでものを考えるところはあるかもしれません。

『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』はもともとnote に掲載していた4コマ漫画でした。それを少しブラッシュアップしたものをコミックエッセイ大賞に応募したらテレビ東京のプロデューサーの方に面白いと言ってもらえたので、『やっぱり映像畑の人には届くんだ!』と、そこから本腰を入れ始めたんです」

 昔から絵が得意だった松本さんはこれまでも度々イラストの仕事を頼まれていたそうだが、「食えるほど頑張らず、結婚してからは扶養控除内の年収を超えないよう」な働き方をしてきたため、キャリアも人脈もない状況だったと語る。

 松本さんは前夫との別居を機に33歳で銀座のホステスに。ほどなくしてイラスト業が軌道に乗ってきたことから2年ほどで水商売を卒業したが、そこに絵を描く喜びはなかった。

「人妻だったとき、『キャバクラで働かない?』ってよく路上でスカウトされてたんです。夜のお姉さんという職種にずっと興味があって、別居を開始して早々に銀座のガールズバーで働いたんですけど、お客さんに『こんな会社と仕事してるんです』とイラストの話をしたら、『僕の誘いを断ったらその会社と仕事できないようにするよ?』という漫画みたいな脅しを受けまして。そのお客さんを避けるように系列店の高級クラブへ異動して、2年くらい働きました。

 その間にイラスト業の方が忙しくなってしまったので銀座を離れたんですが、同じ絵を描く仕事でも、当時の仕事は楽しいものではなかったです。それこそ生きるための仕事というか、クライアントの言ったままを絵に起こすような仕事だったので、腕一本で食べられるようになっても人生は少し退屈だった。

 一日のほとんどを費やしている仕事が楽しいと思えるものじゃなかったから、承認欲求をもてあましてアプリにハマっていったんだと思います」

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 松本さんがマッチングアプリを初めて意識したのは、13年間の結婚生活にピリオドを打った37歳のことだった。

「せっかく離婚したし、再婚するべきかなあと思って婚活アプリを友だちから教えてもらったんです。でも友だちの話を聞いてもTwitterを見ても、やってる本人たちがあんまり楽しそうじゃなくて、どうにか相手を好きになろうとしている感じがしちゃって。

 そんな時にティンダーを見せてもらったら、『なんでこんなにイケメンしか出てこないの!? 他のアプリと全然違うじゃん!』と衝撃が走りました。こんな世界があったのか!と、遊び半分、好奇心半分でやりはじめたんです」

 手始めに近所で女友だちを増やそうとするものの(同性同士のマッチングもできる)、互いに遠慮し合ってか、連絡を取り合うような関係性を構築できなかった松本さんは、やむなくターゲットを男性に変えた途端、イケメンたちからの「Like」が止まらない“入れ食い状態”を経験する。

「その時の実年齢(38歳)を晒しても、顔を半分以上スタンプで隠した全貌がまったくわからないアイコンでも、マッチしまくったんです。30代まで範囲を広げると既婚者の知り合いが出てきてしまったので同世代は除き(笑)、相手はほとんど20代前半の大学生やモデル、俳優、若手のエリートサラリーマン。はじめて1週間で7人と会って、8回デートしました」

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松本さんの前に、眩いばかりのイケメンが多数現れる。上は身長186cmのファッションモデル(22)。(著書より)

 このアプリは位置情報を使用して近くにいる相手を表示するため、すぐ会えることが大きなメリットだが、一方で、表示される人の年代や人数には地域格差が生じがちだという。

 しかし、松本さんのイケメン遭遇率の高さは住んでいた地域性に加え、ご自身の魅力によるところが多いように思ってしまう(実際、取材でお会いするととても素敵な方なのである )。

 もしルックスと活動地域で勝負がついてしまうとしたら、選ばれし者だけのアプリのようにも思えるが……。

「もう引っ越してしまったんですけど、利用時は渋谷区に住んでいました。土地柄、芸能事務所も多いですし、これは私個人の分析ですが、モデルや役者の卵はたいてい、この辺りに住んでいます。当時の私の家は、2キロ圏内に絞れば絞るほどカッコいい人しか出てこないような状況でした。

 それに、今は状況が少し変わっているかもしれませんけど、当時は本当に女性ユーザーが少なかったようで、男子校に女子2人……くらいのノリだったんだと思います。女性とマッチするだけでも大変だったので、それを私が“モテ”だと錯覚してしまいそうに何度もなりました。それに男の人は、遊ぶだけならさほど美女を求めていないとも感じましたね」

 ここでふと疑問が湧く。リアルの世界でもパートナーに不自由していなそうなイケメンたちが、なぜわざわざティンダーを使うのだろうか。

「そんなにカッコいいからこそ、婚活アプリではなくティンダーなんです。彼らは結婚ではなく、多くの女の子と遊びたいんですよ。

 それに変な話ですが、私も彼らとデートをして一緒に歩くのが嫌でした。あまりに見た目に落差がありすぎるのが恥ずかしくて、だったら密会の方がよっぽど気楽でいいや、って。

 海外ではすごくメジャーなので、旅先でやるとその日にマッチして、『旅行中なんです』と言えば『今夜一緒にパブ行く?』って返ってくる。そういう意味では非常に危険なアプリでもあるので十分に気をつけないといけないですが、目的を定めていないからこそ、イケメンたちがたくさん、気軽に利用しているのかもしれません」

 そもそも年下のイケメンが好みだという松本さんだが、なるべくモデルや俳優に限定して遊んでいたのには、危機管理という側面もあった。彼らの多くは仕事で撮影したようなスチール写真をプロフィール画像に載せていたという。ゆえにいざ何か起きた時、万が一相手が飛んでしまった時にも、職場に問い合わせ可能な人物を選んでいたのだ。

 身の安全と自分の欲望を両立させている松本さんに、アプリの遣い手としての高いスキルを感じる。

「私が勝手に先生と呼んでいた、セフレの“フレンド”部分すらない、“セ”だけを堂々と求めてくるクズファッションモデルがいたんですが、それでも深くエグられなかったのは、私にも恋愛感情がなかったからなんですよね。『この人、浮世離れしたとんでもねーこと言うな』っていう面白さが勝ってたので、傷つかずに済んだのかなって。

 ヤリモクの男だと分かっていても、女の人は、もしかしたらこの人だけは私の中身も見てくれるかもしれない、って思ってしまいがちなんですよね。

 私の場合、『15歳も年下の若いイケメンの皆さん、私なんかに時間を割いてくれてありがとう』っていう、スタート地点からしていい意味で彼らより下に自分を置いていたので、それ以上を求めるような感情もなかった。そのおかげで傷ついたりせずに済んだのかなと思います。自分の家にモデルや俳優が来るっていう嘘みたいなシチュエーションこそが楽しくて、『家に9等身のめちゃくちゃ足の長い人がいる!』って思いながらニヤニヤする。その状況にハマっていたんだなと、今になってみても思いますね」

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