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原辰徳監督インタビュー「巨人軍は必ず日本一を奪還する」

日本一はならなかったものの、巨人軍は5年ぶりのリーグ制覇を果たした。監督に返り咲き、その年に優勝に導いたチームマネジメント術を明かした。文・原 辰徳(読売ジャイアンツ監督)/取材・構成=鷲田 康

「五輪書」と「孫子の兵法」を読んだ

 人が人生や仕事で見る風景は変わりませんが、その風景を見る心境はその時々で随分と変わっていきます。

 2002年に最初に私が巨人軍の監督に就任したときは長嶋(茂雄)監督の下でコーチを3年間やって、そのままチームを引き継ぎ、どっぷり野球人の監督でした。そこから勝って、負けて、交代……。それで監督を退いたときに、自分の中では「必ずまた監督をやる」という強い気持ちがありました。ただ、辞めてみて思ったのは、どっぷり野球人なだけではプロ野球の監督、ジャイアンツの監督にはページ数が足りなかったということです。やっぱり勉強不足だった。自分の中で必ずまた監督をやる時がくると思っていたので、その時はなんとかしなければダメだ、と。そこで監督を退いた後、ある種、勉強でしょうね、そういうものはしました。

 監督、指導者としてどういう知識や考え方が必要なのか。野球界だけでなくサッカーやラグビーなど他の競技の世界の人にも会い、スポーツ界だけではなく政財界の第一線で活躍されている方々やミュージカル、歌舞伎など文化芸能に関わる一流の方の話も聞きました。

 本も色々と読みましたね。

 コーチ時代にも読んだ宮本武蔵の「五輪書」と「孫子の兵法」をまた勉強し直したのもこの頃でした。

「五輪書」は地、水、火、風、空の巻があり、戦って勝つことをストレートに追求し、いかに勝つ方法を身につけるかという教えです。一方の「孫子の兵法」は「彼(敵)を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」と様々な情報を得ることで、戦わずして勝つことを最良とする。言ってみれば2つは相反する戦いの書ですが、どちらにも理がある。改めて読んでみると2人の兵法は状況や環境、見えてくる景色に対する洞察が鋭く、野球のフィールドだけでなく様々な場面で身近に感じることが多かったです。自分の中では未だに結論は出ていませんが、改めて勝つということの奥深さを学び、知ることができた。その後の監督としての心境を大きく変えてくれた本だったと思います。

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 そうした背景を得ることで、2回目に監督をやったとき(2006〜15年)には、同じ巨人という風景の中でも、私自身の心境はかなり変わっていました。自分の骨子がどこかに描けている状態で、物事に立ち向かうことができていた。そして3度目の監督となった今回(19年〜)も、その延長線上で自分の立ち姿というのがあると思います。

個人軍ではダメだ

 ただ今回の復帰に際して1つ考えたことは、私の少々のキャリアを盾にして戦うのはダメだということでした。なぜなら私はもう61歳で、選手も若返っている。それにたかだか3年ですけど、私が現場を離れていたこの空白は野球界では相当色々なことが動く時間なのです。

 昨今、世の中というのは変わってきていて、私が現役でユニフォームを着ていた時代だったら“愛のムチ”で済んだことが、今は大変な問題になります。特に今の若い選手は上からガミガミと言うだけではかえって萎縮して、力を出しきれないという面もあります。それだけ指導者に求められるのは忍耐と根気です。

 もちろん勝負の中では失敗もあるし、様々な困難もある。実際に日本シリーズでは若い選手に様々なミスも出ました。それでも今の選手たちには、問題が起こるたびにしっかりと話をして、もう一度背中を押してやることが、ひいてはその選手の力を伸ばしていくことになります。今年はずっとそう考えながら選手に接して、チームの指揮を執ることを心がけてきました。それがチームの若い力を掘り起こし、戦力にできた理由ではないかと思っています。

 プロ野球の目的はただ1つ、チームが勝つことしかありません。リーグ優勝して、クライマックスシリーズを勝ち上がって日本シリーズに出る。最終目標はそこで勝って日本一です。今年の巨人は2つの壁は越えたけれど、最後の壁を越えることができませんでした。その点では来年に大きな課題、宿題を残した1年だったと思います。

 ただ、このチームはもう4年間もリーグで勝っていなかったという厳然たる事実もあります。阿部慎之助や亀井善行、坂本勇人らの中堅、ベテラン選手を除くとほとんどの選手が、優勝という成功体験を知りません。その点ではペナントレースで優勝できたことは、チームにとって大きな前進だったし、選手たちも胸を張っていい成果だったと思います。

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‘14年以来のセ・リーグ制覇

 勝つという目的のために、我々は選手に何を求めなければならないのか。答えはどれだけ個々が自己犠牲の精神を持ち、チームに献身できるかでしょう。だから私は『個人軍』はダメだ『巨人軍』だ、と選手や周囲の関係者、メディアにも口を酸っぱくして言い続けてきました。巨人軍は勝つために戦う。そのために試合を進めていくということです。

坂本の送りバント

 今年の戦いでポイントとなるプレーがあるとしたら、開幕2試合目に坂本勇人が決めた送りバントだったと思います。4対2で2点をリードした9回無死1、2塁で私が送りバントのサインを出し、彼が一発で決めてくれました。

 まず私がなぜ送りバントを選択したかというと、2点リードのあのシチュエーションで、戦術的にベストの策だと思ったからです。自然な流れの中で「ここで1点、取れば勝つ確率は格段に上がる」と判断してバントのサインを出しました。采配、用兵というのはそういうものだし、そうでなければならないのです。

 そしてその送りバントのサインを出したのが、たまたま勇人だった。ただ、そのたまたま勇人であったことが、チームにとっては大きいな、というのは私の中でありました。断っておきますが、私はあえて狙ってそういうサインを出した訳ではありません。ただ結果として彼が決めたバントは、100の言葉よりも強く、私が言う『個人軍』ではなく『巨人軍』ということをチーム全員に意識づけたと思います。あの場面で、最善策を選択した時に打席にいたのが勇人だった。その瞬間、私は心の中でガッツポーズをしていました。

 その後も勇人には送りバントのサインを何度か出して、ほとんどのケースで彼はバントを成功させています。勝つためにどうチームワークを高めて、個人技量をあげていくか。そのためには色んな方法がある。でも目的はなんぞや、といえば勝つことです。だからそういう自己犠牲をやり遂げた上で、今季の勇人は40本塁打など自己最高の成績を残したことに意義があった。主将としても選手としても、リーグ優勝したことで、また大きな一歩を踏み出すシーズンになったと思います。

固定観念に囚われない

 昨オフの補強で広島からフリーエージェントとなった丸佳浩を獲得したのにも、いくつかの狙いがありました。もちろん選手としての力を評価したこと。これがほぼすべてと言ってもいいですが、さらに彼を獲ることで、チームへの波及効果もあるだろうという思いもありました。

 1つは坂本への刺激です。勇人は素晴らしい選手ですが、これまでチームにライバルとして切磋琢磨する選手がいなかった。年齢も1つ違いの丸が加入することで、松井(秀喜)と(高橋)由伸のように、お互いが刺激しあって相乗効果を生むことへの期待がありました。2つ目は彼が3連覇していた広島の一員として優勝を経験し、中心選手としてチームを支えてきたという実績です。

 このチームは4年間も勝っていませんでした。戦う中で丸のそういう勝利経験は、必ずチームの力になってくれると思った訳です。彼も我々が思った通りの活躍をしてくれて、坂本と一緒にチームを引っ張ってくれました。丸という存在そのものの価値が高かったと思います。

 ただ、そうして新しい戦力を加えても、今年の巨人にはまだまだレギュラーを固定して戦えるようなチーム力は揃っていませんでした。そこでその足りないピースは、若い選手を抜擢して埋めていく。

 これが私の戦略でした。

 今年はファームとの連携を強化して、選手の入れ替えをできるだけ旬な時期にスムースにできるようにしてきました。その上で新しい人材を発掘するために大事なのは、固定観念に囚われないことです。

 巨人の若手に山下航汰という高卒(健大高崎高)、育成出身のルーキーがいます。彼は高校時代からバッティングセンスは高い評価を受けていましたが、守備に難があり育成枠で獲得した選手です。しかし実際に見てみると、確かに守備はお世辞にもうまいとは言えませんでしたが、それを考えても余りある打撃センスを感じる選手でした。

 彼などは固定観念で枠をはめられていた典型的な選手の1人だと思います。そこでファームで守備を鍛えることはもちろんでしたが、持ち味である打撃をどこまで伸ばせるかを考えて2軍の高田誠監督にも使ってもらいました。そのために1回から送りバントをするようなことは避けて、1軍と2軍が同じ野球をするように高田監督との意思疎通も図りました。そうして7月5日に支配下登録して、8月2日には1軍に昇格。2度目に1軍に上がった翌日の8月29日には初安打も記録して12試合に出場しています。

 山下だけではなくファームで状態がいいという報告を受ければ、今年は増田大輝、若林晃弘といった経験の浅い選手もどんどん1軍に上げて、実際に試合で使っていきました。上がってきたら、まず練習で実際に見て使えるなら、旬のうちに使う。増田や若林はそうして1軍で結果を残して、日本シリーズでもベンチ入りして出場もしています。

 ただ彼らはまだまだシリーズのような大舞台の経験もないし、そもそも1年間を通してコンディションを維持して、結果を残すという経験も皆無です。シリーズでは2人とも失敗もありましたし、調子も長続きはしませんでした。でも、そこでこの選手はこういう選手だという固定観念は持たず、必要ならばファームで再調整させて次の機会を与える。

 その繰り返しで選手は成長していくものです。だからこそ1軍を下支えするファームの存在、そのファームとの連携はチームを強くするために絶対に必要なことだったのです。

手遅れは最大の愚策

 もう1つ固定観念に囚われないということでは、試合の采配や用兵でも同じことが言えると思います。

 前回の監督時の阪神戦で外野手の亀井を内野にシフトして、内野手を5人にする布陣を敷いたことがあります。結果は見事に外野手のいないセンターにフライを打たれてヒットになり、評論家のみなさんからは随分とお叱りを受けました。

 ただ、その作戦は以前から考えて、準備をして、どこかで一度、チャレンジしようと思っていたものです。あの時、自分の中では絶好の機会だという風景が見えた。ここで経験させることでバッテリーはどういう配球をしなければならないのか? 内外野の野手の位置取りはどうしたらいいのか? そういうことを経験して、次のもっと大事な場面、勝負をかける時に必ず生きるはずだと思ったからです。もちろん批判は覚悟の上でした。しかし決めれば決断に迷いも後悔もありませんでした。

 プロ野球の監督とは、常に結果で批判に晒される立場にあります。その中で私が采配や用兵で最もダメだと思うのは、決断が遅れることです。チームというのは生き物で、すべてが思っている通りに動くわけではありません。だから一瞬のチャンスを逃さないために、決断は早い方がいい。手遅れは最大の愚策です。必要と思うことは、ひるまずにやり切るのが監督の責任で、決断が遅れれば取り戻すことはできません。

 そのためには戦いの前にいかに準備をするかということです。

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 私は試合前に必ず、その日のゲームのシミュレーションをして様々な場面、風景を描きます。すると実際の試合でその場面がいきなり現れたり、ジワジワと近づいてきたりするケースがある。準備をしていなければ何気なく通り過ぎてしまうような場面でも、その風景が頭にあれば見逃さずに現実と描いた場面が融合します。準備をしていなければ、型通りの決断しかできないですし、そもそもその決断を見逃してしまうかもしれません。しかし、しっかりシミュレーションをして風景を描いていれば、素早く決断もできるし、その決断に後悔もありません。

足を引っ張る人間は排除

 強い組織とはどうやって生まれるのかと問われれば、私はまず目的を達成する強い意志を共有することだと言います。野球で言えば勝つという目標をみんなが強く持つことですし、そう思わせないとダメです。

 もし仮に思わない人間が一人でもいるなら、それは組織の目的に対して相当なエネルギーで足を引っ張る人間となるでしょう。そういう人間がいるなら教育、あるいは排除という形になる。そこは譲れない。

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