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内閣総理大臣・安倍晋三インタビュー「失敗が私を育てた」

日韓関係、憲法改正、社会保障、ポスト安倍……残り2年で何をなすか。現在の心境を語り尽くした。/文・安倍晋三(内閣総理大臣)、聞き手・田﨑史郎(政治ジャーナリスト)

今もチャレンジャーの気持ち

――安倍総理は11月20日、憲政史上最長の在任期間に達します。今、どのようなお気持ちですか。

安倍 第1次政権(06年9月〜07年9月)は私が体調を崩した結果、1年間の短命に終わりました。その影響もあって、福田(康夫)総理、麻生(太郎)総理には不安定なまま政権を渡してしまった。ともに1年ほどの政権に終わり、民主党政権が誕生したという経緯があります。12年12月に第2次政権が発足した時、国民の皆さんが求めていたのは、政治の安定だったと思うんです。やるべきことをやるのは当然ですが、政権を安定させるために、日々緊張しながら、全力を尽くし、今日まで来ました。ただ、私の任期はまだ2年間残っている。その責任の重さを噛み締めながら、一方で、今もチャレンジャーの気持ちで政策課題に取り組んでいます。

第1次安倍内閣の組閣 BAZA

国民の命を守る法整備

―第2次政権の7年近く、総理として「これはやって良かったな」という政策を挙げて下さい。

安倍 我々は12年12月の選挙で「日本を、取り戻す。」というキャッチフレーズのもと、とにかく長引くデフレに終止符を打ち、強い経済を取り戻すことを国民の皆さんに約束しました。どんなに頑張っても仕事がないという状況や、中小企業の連鎖倒産に歯止めをかけるんだ、と。そこで私は、金融政策、財政政策、成長政策という3本の矢を打ち出し、経済最優先の政治に取り組んだのです。その結果、正社員の有効求人倍率も史上初めて1倍を超えました。正社員になりたいという1人の求職者に対し、1人分の正規雇用がある。そういう真っ当な社会を作り出すことができたと思っています。

そして大変難しい課題でしたが、TPP11、日EU経済連携協定、日米貿易協定などの貿易協定を結ぶことができました。世界のGDP(国内総生産)の6割を占める自由貿易圏を作り、日本がその真ん中にいるという状況を生み出すことができた。この自由貿易圏は今後、日本経済の成長における大きな基盤となるはずです。

また、東アジア情勢の緊迫感が高まる中、国民の命と幸せな暮らしをどう守り抜くか。そのために整備したのが15年に成立した平和安全法制です。審議の過程では、相当大きな反発もありました。それは、集団的自衛権の憲法解釈を変更したことに起因するのかもしれません。しかし、これにより、日米同盟は互いに助け合える同盟になり、その絆は一層強固になったと思っています。さらに、特定秘密保護法やテロ等準備罪など国際スタンダードに合わせたセキュリティ関連法。これらについても、相当厳しい反対の声がありましたが、国民の命を守り抜くためには欠かせない法整備だったと思っています。

――そうした政策には厳しい反発がありつつも、この間、衆院選3回、参院選3回、加えて総裁選も無投票含めて3回勝利し、「V9」とも言われていますね。

安倍 政策の遂行にあたっては、国民の支持が不可欠です。みんなが賛成しているような政策は別にして、議論が大きく分かれる政策については、国民の支持なしには前に進めることは難しい。選挙の結果という国民の支持があって、初めて平和安全法制のような困難な政策を実現することができたのだと思います。

田崎氏 BAZA_トリム済み

反省を綴ったノート

――再び総理を目指そうと考えたのは、第1次政権の反省、その後の苦しい時期のことが大きかったのですか。

安倍 突然政権を投げ出したという厳しいご批判も頂きました。政治が不安定になる中で、福田さんが総理に就任された。しかし、衆参ねじれ国会に苦しみ、1年で政権を終えざるを得なかった。短命政権が続き、後を継いだ麻生政権は最初から非常に困難な運営を強いられました。その結果、誕生したのが民主党政権です。この民主党政権によって経済はどん底に転がり落ちていくわけですけれど、もともとのキッカケが私自身にあったのは間違いありません。「あなたが悪いんだ」という批判もずいぶん受けました。それは、その通りです。だからこそ、私にはこの負の流れを変える責任があった。それで総裁選に出馬し、勝利を得ることができました。

――第1次政権の退陣直後から、その挫折を忘れないために、自らノートに当時の反省や思いを綴ってきたと聞いています。どのようなことを書いているのですか。

安倍 そのノートは、折に触れて読み返しているのですが、例えば、「政策が正しくても優先順位が正しくないと、正しい政策も実行できず、結果として国民の支持を失う」――。第1次政権の時は、教育基本法の改正という非常に難しい課題に挑戦し、さらに、公務員制度改革にも挑戦しました。同時に、防衛庁の省昇格や国民投票法の制定なども実現していきましたが、戦後レジームに斬り込む改革に挑んだ分、短期間に相当な政治的資産を使い切ってしまったのも事実です。その過程で年金記録問題など様々な問題も起こり、十分に政治をコントロールできない中、参院選を迎え、自民党は大幅に議席を減らしてしまいました。教育基本法をはじめ、やるべき政策はやったという気持ちはあるのですが、結果として政治が非常に不安定化したのは確かですし、その後の厳しい経済状況にも繋がってしまったと思います。

――総理は以前、「第1次政権の時は正しければいいという考えだけでやってきた。でも、ちゃんとした手順、戦略、人事が必要だ」と語っておられました。

安倍 政権を奪還した12年末には、翌年春の就職が決まっていない人たちがたくさんいました。このまま就職氷河期に入っていくのでは、という不安が日本全体を覆っていたと思うんです。それを一掃するためにも経済最優先で取り組みました。他方であの頃、東シナ海や南シナ海において、中国による一方的な現状変更の動きが危惧されていた。また、北朝鮮問題をはじめ日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していました。そこで平和安全法制などの法的基盤を整え、さらには「自由で開かれたインド太平洋」という構想を掲げました。まずは経済再生という約束を実行した上で、ハードルは高いけれど不可欠な安全保障問題に取り組んでいく。そういう手順で政策を実行したわけです。

そして人事ですね。祖父の岸信介はよく「もう一度総理大臣になれたら、もっとうまくやるのに」と語っていましたが、私は幸いにもそういうチャンスに恵まれました。第1次政権では、特に人事においても様々な批判を受けましたが、第2次政権ではある程度、その失敗を糧にすることができたのでは、と思っています。政策の優先順位を作り、その実現のために、どういう人をどのように配置していくか、会社の経営においても同じだと思いますが、人が全て。人事が極めて大事だと思います。

今井氏や北村氏はイエスマンではない

――人事で言えば、閣内では麻生太郎副総理と菅義偉官房長官、党では二階俊博幹事長という布陣を敷き続けていることも、政権安定の要因ではないですか。

安倍 内閣においては、私の盟友である麻生副総理と、政権の要である菅官房長官が礎石になっていると思います。党においても、二階幹事長は様々な経験を積んでこられた方。自民党の長い歴史を見れば、例えば河野一郎さんが党人派実力者と言われた時代がありましたが、二階さんも河野さんのような実力者です。政党政治において党の安定性は非常に重要ですから、そういう方が幹事長にいるというのは大変心強い。もちろん、麻生さん、菅さん、二階さん以外にも、自民党は多士済々です。なるべく活躍する場を提供したいと思っています。

――一方で、官僚の使い方も注目されています。今井尚哉首相秘書官を今回、首相補佐官兼務とし、内閣情報官だった北村滋氏を国家安全保障局長に任命しました。

安倍 政権運営にあたっては、党だけでなく、官邸の態勢が非常に大切です。私自身は第1次政権の失敗を今回生かしているわけですが、今井補佐官も北村局長も第1次政権では総理秘書官でした。2人ともそもそも優秀な官僚ですが、ちょっとしたミスが政権の根幹を揺るがしかねないという経験も共有しています。長谷川榮一補佐官もそうですが、仕事をしていく上においては、何をどうやるべきか、共通認識を持つことが非常に重要です。ただ、彼らは決してイエスマンではありません。みんな私にも、言いたいことはしっかりと言います。それは、かえって気心が知れているから、言いたいことが言えるというのもあるんですよ。

――逆境を乗り越えたことが、今の総理を作っているように思います。実際、ケネディスクール(ハーバード大公共政策大学院)の「リーダー学」という講義では、リーダーに最も必要なものは、逆境だというんです。

安倍 全くその通りです。やはり第1次政権の1年間とその後の5年間は、まさに臥薪嘗胆の時期でした。厳しい批判を受け続けましたが、それは故なき批判ではなかった。しかし、失敗の経験から学ぶことは、次のチャレンジにとても有効です。シリコンバレーでは一回失敗した起業家のほうが評価されるといいますし、あのウォルト・ディズニーにしても、4、5回会社を潰しているんです。けれど、その結果、今日の“ディズニー王国”がある。私にとっても、第1次政権の失敗が、今の第2次政権では大いに役立っていると思います。

――先日、ノーベル化学賞を受賞された吉野彰さんは「研究者には執着心と柔軟性が必要」と仰っていました。

安倍 そうですね。ただ、以前の私は執着心が少し薄かったかもしれません。でも、粘り強さと執着心は政治の世界では絶対的に必要な要素だと思います。決して諦めないこと。マックス・ウェーバーが『職業としての政治』で政治を天職にできる人間の条件として記した「それにもかかわらず」という精神ですね。もちろん、柔軟性や楽観主義的な側面も政治の現場には不可欠だと思います。

――だから、こだわっているように見えて、パッと変えられる時がありますよね。辞任した菅原一秀経産相(当時)や河井克行法相(当時)についても、私は、もう少し様子を見るかなと思っていました。

安倍 それは第1次政権の反省でもあるんです。我々は結果を出さないといけない。人事は情ではできません。結果に繋がらないところに固執していても、それは国民の期待に応えることはできないと思うんです。

韓国は資産売却を実行しないはずだ

――それでは、残り任期が2年となった今、今後の政策課題についてお尋ねいたします。まずは外交からですが、韓国との関係は悪化の一途を辿っていますね。

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