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菅義偉「ファミリー」の研究 官僚には厳しく、身内には甘い最高権力者の実像|森功(ノンフィクション作家)

長男は秘書官から東北新社へ、破産した実弟はJR企業へ。苦労人の宰相は、忖度を利用し親族に便宜を図っていた。/文・森功(ノンフィクション作家)

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なぜ、首相の親族が“汚職”の現場に登場したのか。疑問を解くカギは、明るみに出た接待の時期にある
▶︎菅義偉は親しい友人にもほとんどファミリーの話をしない。それゆえどのような親族がいるのか、事務所の秘書たちでさえ詳しくは知らない
▶︎大学時代、同居した3歳違いの実弟は破産したあとJR子会社の重役となり、大学卒業後に飲食店を経営した長男は、秘書官に抜擢されたあと、放送会社に再就職した

なぜ、首相の親族が“汚職”の現場に?

典型的なサンズイだな――。国会の模様を間近にした政府の高級官僚は、思わずそう吐き捨てたという。サンズイとは政官界の汚職事件の「汚」をもじった捜査当局の隠語である。また総務官僚や放送事業会社「東北新社」の国会答弁をテレビで見たという民放の経営者は、次のような感想を漏らした。

「放送法に基づく20%の外資規制問題を巡るあの答弁には驚きました。外資規制といっても、一般の人にはピンとこないかもしれません。しかし、放送人にとっては外国資本に局の経営を握られかねない免許条件の話で、一発で免許を取り消されかねません。東北新社がそこに『違反していました』と総務省側に申し出たのは大変な事態で、口頭で済ませる話ではない。対応した新任の総務課長が『覚えていません』と答弁したけど、ある意味、それは本当かもしれない」

仮に東北新社が外資規制に関する説明文書を提出していないとする。それは総務省が問題にしない前提で話をつけていたから、敢えて記録にも記憶にも残らない形をとった可能性があるという。

東北新社グループは、それほど重大な違反を隠して衛星放送を続けてきた。所管官庁である総務官僚接待は、その隠蔽工作の一環ではないか。

「認定の審査が十分でなかった」

総務大臣の武田良太はそう会見し、5月1日をもって東北新社グループの放送事業認定の一部を取り消すことになった。だが、もとよりそれで収まりそうにない。週刊文春により明らかになった総務官僚への接待は、単なる業者のそれとはレベルが異なる。放送の許認可を巡る贈収賄事件の疑いが濃厚な出来事だ。おまけに、現職首相の長男である菅正剛がそこに深くかかわっていたのだからなおさら重大なのである。

なぜ、首相の親族が“汚職”の現場に登場したのか。まずは、その疑問から紐解く。

疑問を解くカギは、明るみに出た接待の時期にある。当初文春が報じた長男による総務官僚接待は2020年10月から12月にかけた4回、接待相手は事務方ナンバー2である総務審議官の谷脇康彦ら4人組だ。その後、総務省の調査により、16年7月以降、9人の総務官僚が接待を受け、そのなかには内閣広報官の山田真貴子がいた事実まで判明する。首相の長男らによる接待は4年間で13人、延べ39回に及んだ。

この間、東北新社では放送法に基づく外資の出資比率20%超えを自覚していたにもかかわらず、総務省に放送事業認可を次々と申請し、認められてきた。法違反を誤魔化すため、17年9月に慌てて「東北新社メディアサービス」なる子会社を設立、そこに衛星放送事業を移した。翌18年5月には別の子会社「囲碁・将棋チャンネル」の放送継続の総務省認定を受け、さらに20年3月「スター・チャンネル」のBS放送を拡充、12月、同チャンネルの放送事業更新を認定される。

そしてくだんの衛星放送子会社である東北新社メディアサービスと囲碁・将棋チャンネルの重役に就いていたのが、首相菅義偉の長男正剛だ。総務官僚接待と放送認可の因果関係が疑われるのは自然な流れというほかない。

菅首相トビラ用

菅首相

菅に目をかけた創業者

東北新社は1961年4月、秋田県出身の植村伴次郎が設立した。翻訳業からスタートした植村は、英国の人形劇「サンダーバード」を輸入し、NHKで放送して大ヒットさせた立志伝中の人物だ。もともと東北新社はそうした外国映画の輸入やCM制作を手掛ける映像プロダクションだったが、植村はそこから放送事業者へと脱皮する。とりわけBSやCSの衛星放送に進出し、さまざまな番組を提供してきた。

「伴次郎さんのことはよく知っていますよ。ご長男の徹さんとも親しかった。昨年、徹さんが経営から退いてしょげているんじゃないか、と心配で、たまたま食事に誘いました。それが折悪く、GW前の4月半ば、コロナの第1波に襲われた頃でした。そのため会食を1週間延期しよう、とご本人と電話で話していたんです。ところが、その夜に徹さんは具合が悪くなって亡くなってしまわれた。会えずじまいでした」

そう話してくれたのは、フジテレビの持ち株会社「フジ・メディア・ホールディングス」相談役の日枝久だ。植村親子は放送業界の有名人だけに、日枝というテレビ界の大物とも交友があったのだろう。伴次郎の長男、徹の死因はコロナだった。

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日枝氏

東北新社のお家騒動

一方、「長男の東北新社入りには関知していない」と国会で弁明してきた首相の菅は、植村一族との付き合いだけは認めた。同郷の好(よしみ)で創業者の伴次郎に支援してきてもらったという。もっとも菅と植村家の付き合いはさほど古くはない。

「政財界に顔の広い伴次郎さんが最初に応援してきたのが、秋田が選挙区だった自民党の石田博英先生でした。官房長官や運輸大臣を歴任してきた博英先生が亡くなられ、ほかに有望な政治家はいないか、と伴次郎さんが目をつけたのが秋田生まれの菅さんだったのです」

ある放送業界通がそう振り返った。石田の没年が93年だから、少なくとも菅との交友は、菅が衆院初当選した96年以降だろう。29年生まれの伴次郎にとって、48年生まれの菅は20近く歳が下だが、総務副大臣や総務大臣を務めてきた菅を大事にしたのだという。

折しも90年代半ばに世界的な放送の自由化が始まり、2000年代に入ると放送と通信の融合が取り沙汰される。伴次郎の率いる東北新社は時代の波に乗り、衛星放送事業に乗り出した。その東北新社が放送事業を始めるにあたり、大活躍した岡本光正という取締役がいた。

「岡本さんは創業者の伴次郎さんの側近として、総務省との窓口になってきました。衛星放送の許認可を獲得してきた立役者といえます」

と先の業界通。岡本は囲碁・将棋チャンネルをはじめ、東北新社が始めた数々の衛星放送の事業認定を総務省に働きかけ、番組運営を切り盛りしてきた。そんな岡本の部下として、菅の長男、正剛が秘書官を経て、08年、東北新社入りする。

09年12月、東北新社は囲碁・将棋チャンネルの前身である「サテライトカルチャージャパン」を買収。子会社化して10年に囲碁・将棋チャンネルと社名を改め、岡本が社長に就いた。のちに菅の長男がここの重役に就いたのはすでに書いたが、この年8月の社名変更パーティには菅自身も飛んできた。

菅の長男が登場する一連の接待には、その東北新社の岡本と創業一族との根深い確執が大きな影を落としている。業界通がこう続ける。

「伴次郎さんは10年に長男の徹さんを東北新社の社長に据えました。岡本さんをサポート役として付け、いったんは徹・岡本ラインに経営を任せようとしたのです。ところが、肝心の徹さんが頼りない。それで不安に思った伴次郎さんが息子を見限った。代わりに博報堂に勤めていたのを見込んで、長女の婿にした二宮(清隆)さんに社長を任せ、経営を継がせようとしたのです。それで、伴次郎さんは実の息子の徹さんと岡本さんを会社から退かせました」

植村家には長男の徹のほか、長女の五月、次女の綾という子供たちがいる。59年4月生まれの娘婿二宮は00年5月に博報堂から東北新社に入った。09年6月に専務となり、19年6月には徹に代わって東北新社の社長に就く。この間の18年6月、徹の腹心だった岡本が東北新社グループを去り、衛星放送協会専務理事に専念する。

そして奇しくも、東北新社のお家騒動のタイミングで、外資規制問題が持ちあがった。そこから正剛ら東北新社の新たな経営陣らによる総務省接待へとつながっていくのである。

正剛はもともと岡本ラインのメディア担当者として働いてきた。たとえば上席常務執行役員の岡本が放送本部長とメディア事業部長を兼務し、正剛が本部の編成企画部長などとなってきた。その後、総務省との折衝窓口だった岡本がいなくなると、東北新社メディアサービスや囲碁・将棋チャンネルの役員として、正剛が官僚接待の任を担うようになる。

横浜元町のバザーが転機に

菅義偉は親しい友人にもほとんどファミリーの話をしない。それゆえどのような親族がいるのか、事務所の秘書たちでさえ詳しくは知らない。夫人の真理子についても、首相になってようやくチラホラ報道が出てきた程度だ。真理子は静岡県清水市(当時)に生まれたという。元自民党静岡県議の前澤侑は、真理子の実家、杉山家の事情に通じている。

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