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座談會「天皇陛下大いに笑ふ」 辰野隆×徳川夢聲×サトウ・ハチロー【特別無料公開】

「天皇陛下大いに笑ふ」
座談會 辰野隆 徳川夢聲 サトウ・ハチロー
『文藝春秋』1949年6月号に掲載された歴史に残る座談会。戦後の暗雲たる空気を吹き飛ばす名座談会として知られています。3人は昭和天皇と懇談したときの様子を再現。これが評判を呼んで、『文藝春秋』の部数が飛躍的に伸びるきっかけとなりました。今回、その記事を文藝春秋digital限定で特別公開します。

■辰野隆(たつの・ゆたか) 1888年生まれ。フランス文学者、随筆家。東京帝国大学教授も務めた。初めて本格的にフランス文学を日本に紹介した。 父は日本の近代建築に多大な業績を残した建築家の辰野金吾。
徳川夢聲(とくがわ・むせい) 1894年生まれ。弁士、漫談家、作家、俳優。ラジオ・テレビ番組など多方面で活躍した。今でいうマルチタレントのさきがけとも言える人物である。
■サトウ・ハチロー 1903年生まれ。詩人、童謡作詞家、作家。本名は佐藤 八郎。「リンゴの唄」「長崎の鐘」「悲しくてやりきれない」などの作詞で知られる。作家の佐藤愛子は異母妹にあたる。

質素な研究室

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記者 先日、陛下の御前で大分面白いお話が出たさうですね。
辰野 宮内府で、陛下が國民と親しまれる方法をいろいろ考へましてね、民衆に親しまれてる人達を陛下がお話をするやうな機會があればいいなアといふわけで、わたくしにお話があつたんです。誰がよからう、徳川夢聲氏どうだらう、サトウ・ハチロー氏どうだらう……。非常にいい選擇だと思ふ。それぢや、わたくしがお使ひをしませう。しかし僕達が陛下にお目にかかるといふやうなことは一大事でもあるし、何をお話し申上げるか、むづかしいことになるから、とにかく陛下の生物學實驗室を拜觀させていただきたい。その時に陛下が御用事もなく、さういふ連中にお會ひになりたいといふお氣もちになられたならば、われわれは非常に有難いと思ふ……。さういふことになりまして、御兩所に「どうです」と言つたら、早速快諾を得ましてね。
徳川 かねて一遍は宮中を拜觀したいと思つてをりましたからナ。
辰野 モーニングでも着てゆくのかと思つたら、背廣でいいといふので、みんな背廣でした。しかし、アレですよ、御兩所は背廣は背廣だけどね、ワイシャツなんか截りたての、おろしたてだつたナ。男つぷり一段と上つちやつてね。(笑聲)僕は新しいの持つてないんでね、洗濯したのを着ていつたんですよ。僕のシャツが汚かつたんぢやないかと思つてね。
徳川 初めに通された部屋で、すでにいろいろな話が出ました。
辰野 さうでしたね。拜觀する前に田島長官や侍從職の諸彦と話してゐたら、その話がちよいと彈んぢやつた。さうしたら、さういふ話をやつてくれッていふんですよ。
徳川 それでね、をかしかつたのは、雉がをるといふんですよ、大内山吹上御苑のあたりにはね。あたし、雉を見るのを樂しみにしていつたんです。ゐるかと思つて見てたけれども、ゐないんですよ。それで「雉がゐませんね」と言つたら、入江侍從が「いつもゐるんですがね」てなことを言つてましたよ。考へてみたら、ゐないのも尤もですナ。われわれが大きな聲でワハアハ笑ひながらゆくから、雉が驚いて隱れちやつたんですね。
辰野 雉のほうでわれわれをキジルシだと思つたんでせう。
サトウ その代り鳶がゐましたね。鳶といふのは、太抵飛んでるのを見るんだけど、宮中の鳶は地面を歩いてましたよ。
徳川 北海道の山の中を旅する時は、大きな聲で話してりや熊が出ないつていふでしよ、熊さへ恐れるつていふんだから、三人で大きな聲で歩いてゆきやア、雉は隱れちやふわけですよ。歩きながらいろいろ話が出ましてね、「かういふ話はいかんねえ」といふ「いかん話」が大分出ましたよ。
辰野 さういふ「いかん話」がいいつていふんでね。
徳川 まつたく、あそこは深山幽谷の如きものがありますよ。池なぞもね、今は水がありませんが、あつたら、さぞ幽邃な感じがするであもう、といふやうな所があり、賢所の建築物なぞも、辰野先生はそのはうがお判りだが……。
辰野 いえいえ、建築は親父ですよ。
徳川 われわれは判らないが、しかしいい建物なんですよ。門だの塀だのがね。それから生物學標本御研究室へ入つたんですが、あの入りロのマット、靴を拭くやつね、あれが摺り切れてましてね、ええ。
サトウ ぼろぼろだつたね。
辰野 實に質素ですよ。何から何までね。
徳川 これはしかし結構なことだナと思ひましたね。そこらへんの會社の事務所だつてもつといいマットですからナ。それが摺り切れマットですよ。われわれは泥だらけの靴をそいつで拭つて入りましたが、これがまた廊下や何か、すべて田舍の村役場の如きものですナ。
辰野 せいぜい中學の博物實驗室ですナ。机だらうが、書棚だらうが、實にとにかくお粗末なものですよ、ね。
サトウ さうですよ。陛下のお使ひになるガーゼも、洗ひ晒したやうなガーゼですね。僕は毎日新しいのを使はれるのかと思つたら、さうぢやないんでね、大變に使ひ古したものですね。
徳川 本はいろんな本がありますね、生物學の。
サトウ 徳川さんはあれがみんな讀めましたね。えらいもんだ。
徳川 それが恥を掻かなきやならない原因だ。(笑聲)
辰野 ああ、"MEDUSAE"と書いてあつた標本ね、徳川先生、知つたふりをして神話か何かを引つ張り出して、「メデウゼが……」なんてやつてたナ。
徳川 僕はね、ヒドラ類の中に、特にかういふ、髮の毛が蛇だといふメヅサね、あんなやうな恰好のやつがあるんだらう、さう思つたんですよ。ところが、あとで陛下に教へられちやいました。
辰野 「先程の實驗室にメデウゼがございましたが……」とやり始めたら、「ああ、水母かい」つて仰せられて……。(笑聲)
徳川 これは滑稽でしたよ、ええ。しか上小生、恥を掻いて實に嬉しかつたナ、ああ。
辰野 僕もMEDUSAEといふラテン語がMEDUSAの複數だらうといふことは判るんですがね、それが水母だとは知らなかつたナ。
徳川 思はず、小生、顏が赤くなりました、ええ。
辰野 お目にかかつたのは花蔭亭といふ建物ですよ。よく新聞に寫眞の出る、池のある
あそこですナ。御成婚記念の建物ですよ。全國の官吏が月給の何分の一を割いて拵へたといふ記念館ですナ。
サトウ 辰野先生も御寄附なすつたわけですね、全國の官吏といへば。
辰野 さういふことになりますナ。いくらか寄附したわけですね。しかし徳川さんやサトウさんは、それには一文も寄附していらつしやらない。(笑聲)
サトウ 幸ひにして官吏ぢやなかつたんでね。いや、不幸にしてかナ。

陛下の第一印象

辰野 初めてお目にかかる時は、何か大へん固くなりますね。
徳川 ええ。あたしはね、正直のところ、度を失つたですよ。
サトウ さうなんだ、僕も。
辰野 みんなさうですよ。
徳川 すつかり度を失つちやつた。
辰野 あまたたびお目にかかつても、やつぱり緊張しますけれども、初めての時は殊に……。昨年の九月、初めてフランス革命の話を聞え上げろと言はれた時は、とても上つちやいましてね、一週間くらゐ前から上つたナ。當日の朝なんか、もうソハソハしちやふんだ。齊戒沐浴しましてね。家内が「あなたは粗忽かしいから、陛下の前でつまづいて轉んだりするといけない。(笑聲)よつぽど氣を落着けてゐてください。あなたの留守中は家でお經を讀んでる。方便品から壽量品から提婆達多品から、有難いお經を讀んでるから、氣を落着けてやらなけりやいけない。うつかりつまづいて俄かにうろたへて、"愚妻がよろしく申しました"なんてくだらないことを言ふといけない」つて言はれて宮中へ伺ひましたよ。一時間ばかりお話を申上げまして、あと御質問がありましたけれども、家へ歸つたら、グッタリしちやいましたね。
サトウ お辭儀ぐらゐはうまくやれるだらうと思つたんだけどね、やつぱり、うまくゆかなかつたナ。
徳川 何しろ、それまでは落着いてたんですよ。あたりを見廻しましてね、これを今建てたら相當かかるだらう……。(笑聲)うん、あそこに象牙の彫り物があるが、あれはマレーの名物だ。誰かが南方から献上したんだナ、なんて思ひながら、陛下をお待ちしてたんですよ。ところがですね。陛下がおいでになつた、となつたら、さあ、大變。途端にダメですよ。ポーッと熱くなつちやつてね。
辰野 とにかく三人がチャンと列んでお迎へすべきでせう。ところが、三人が思ひ思ひの所へ離れてて、そこでみんなが立上つて最敬禮か何かしてるんだけども、何かヘンなもんでしたね。丸たん棒が三本別々に立つているやうでね。
徳川 それはね、一つは陛下が横ッチヨから部屋へ入つて來られたし、正面からおいでになるかと思つてたら、横ッチヨのドアからヒユッとおいでになつたものだからね、もういけませんや。(笑聲)何と言つたらいいかナ。初戀の時に、やはりねえ、あんなことになつた經驗がある……やうな氣がするナ。(笑聲)とにかく身體中、ボーッと熱くなつちやつてね。これはいけないッと思つたんですよ、わたくしは。こんな筈ぢやなかつたが、と思ひましたね。それで陛下のはうを見ると、――いきなりヂロヂロとは見られんですからね、チラッと見たせゐもあるんでせうがね、陛下のお身體だけ、何かこうスポットが當つたやうに、光つて見えたですよ。つまり俗にいふ後光がさしてる感じに見えちやつたんですよ、僕には。(笑聲)
辰野 三人の位置がヘンチキで、そこで硬直
しちやつたから、なほヘンチキで……。
サトウ あれはヘンでしたよ。
徳川 いや、それが演出的にはよかつたんでせう。三人ズラズラッと列ぶよりは、あつちにゐたり、こつちにゐたりしたのが、自然でよかつたナ。
辰野 まあ、坐れ、といふやうな意味の御動作がありましたね。ところがね、すぐ坐つてもいいかどうか……。
サトウ ええ。間誤つきましたね。
辰野 しかし、陛下はもう何千遍となく拜謁なんていふことをやつてゐらつしやるんでせう、だけども、初めて人に會ふやうな初ひ初ひしいところがあるんだ。大變いい感じですね。ちよつとモジモジしてゐらつしやる。何かお話をあそばさうと思つても、突嗟にうまく言葉が出て來ないといふ、さういふさにづらひといふか純情といふか、非常にいいんですよ。
徳川 それはね、つまり、おほらかなおはにかみだナ。王者の含羞ですよ。
サトウ とにかく大變に羞かしさうになさるね。
徳川 それが實にいい。
辰野 僕がサトウさんに「實驗室を拜觀してから、ヒヨッとすると陛下がお會ひになりたいと仰しやるかも知れない」と言つたら「それは困る、嬉しいけども困る。この前皇太子殿下が"話の泉"へおいでになつた時、泪がこぼれて來ちやつて、しようがなかつた。いきなり陛下がおいでになつた時に、われ知らず、さめざめと泣いたりしたら困る」「そいつアいけない。泣くのは今度は禁物だ。笑はなくちやいけないんだ」と言つたんですがね。
サトウ ええ、皇太子殿下の時は、僕は御挨拶も出來なかつた。
徳川 それでね、まづ辰野先生の挨拶から始まつたわけですナ。

陛下大いに笑ふ

辰野 こつちは御案内役ですからね、兩大人を御紹介しなければならないんだ。どうも仕樣がない。「今日は圖らずも昔の不良少年が、一人ならず三人まで罷り出でまして洵に畏れ多いことでございます」と申上げたら、陛下が「あッ、さう。アッハアハア……」とお笑ひになつた。(笑聲)
徳川 あの開幕がよかつたですよ。
サトウ 傑作でしたね。
辰野 「徳川は私と同じ府立一中でございまして、ちやうど私と入れ替りぐらゐに入學した後輩でございますが、サトウのはうは中學校を五年間に八度も變つたさうでございますから、どこの中學とも申上げかねます」と申上げたら、アッハアハアとお笑ひになつてね。
サトウ それから二時間でしたね。
辰野 さうでしたね二時間。
徳川 何しろこつちがくたびれたんですからナ。まつたく、しまひには酷くくたびれましたよ。
辰野 ああいふ時には侍從が、ここいら、といふ所で切上げるんですがね。あの時は、侍從も三人をりましたね、入江さんと鈴木さんと……。
徳川 二人ぢやなかつたですか。
サトウ 三人です。
徳川 そこらがもう度を失つてらあ。僕は二人と思つてたナ。
辰野 あんまり話が彈んだために、侍從も、もうここいら、と言ふのを忘れちやいましてね。陛下がお疲れぢやないかと思つて、こつちが氣を利かして立上つたわけですからね。
徳川 わたくしが偉いと思つたのはね、あの二時間の間、一番お行儀がよかつたのは陛下です。ええ。二時間もやるとね、われわれはつい脚なぞフイッと組んぢやつたり、煙草は出てますからナ、それを遠慮なくスパスパ戴いて、わたくしなぞは、どうもあれよりも自分の兩切りのはうが旨いから、それをポケットから出して戴く。辰野先生なぞも時どき腕を組んだり、直したりしてね。侍從も脚を組んでましたよ、見たらね。
辰野 私はね、初めは煙草をのまなかつたんですがね。第一、陛下が召上らないでせう。煙草は出てるんですが、陛下の前で煙草をのむなんて、とんでもないことだ、と思つてね。しかし侍從の連中はのむんですナ、ああ、のんでもいいのかナ、と思つてのみましたけれども、慣れるまではのみませんでしたよ。
徳川 侍從もあの時は不斷の時と違ふから、まづ率先して、陛下がおすひにならんから侍從がまつさきにすつて見せたんですよ。それでね、今云つた通り陛下はお行儀がよろしい。絶へず脚は二本揃へたまま、終始お組みにならない。手は膝に置いてをられるきりですナ。
辰野 しかも非常に自然ですね。
徳川 ただヤンワリキチンとしてをられる。われわれにはあの眞似は出來ませんね。固くなつてをられるわけぢやないんですよ。自然にしてをられて、話が面白い時、ときどき身體をお動かしになるですナ。左右にね。あれが自然の運動になるんでせうナ。
辰野 何の話をしましたつけ。
徳川 わたくしはね、話の順序を憶えてるんです。とりあえず煙草の話を片づけますがね、濛々と室内に煙が立て籠つたんですナ。二時間經つて陛下がお歸りになる時に侍從がドアを開けたらね、部屋の中の煙草の姻りがウワアアアッと出ましたよ。そこを陛下はスウッとおいでになる。烟りにお乘りになつた感じですナ。雲に乘つてお歸りになつた。(笑聲)それほど煙草をすつたんですナ、われわれは。
サトウ その時に雨が降つてたから、なほ烟りが低く……。
徳川 地を這つたんです。――そこでですナ、話の順序はね、今の辰野先生の御紹介から始まつたんですよ。それでサトウさんが中學を八校も變つたの説明になつたんです。すなはちユニフォームの話ですナ。ちよつと復習してください。
サトウ あたしがね、或る年の春の野球大會へ立教中學のユニフォームを着て出たんです。その年の春の終りの大會の時は高輪中學のユニフォームを着て出たわけです。その次に夏の大會の時は藤澤中學のユニフォームを着て出たんです。さうしたらアムパイアをやつてた佐々といふ慶應の人が「お前、さうユニフォームを變へて來るなよ」(笑聲)
徳川 これは陛下がお笑ひになつたです。しばらくは陛下のお笑ひが停らなかつた。ほかの話に入つちやつたのに、まだしばらく笑つてをられたんですナ。陛下はあんまりゲラゲラ笑ふといふ習慣がおありにならないんで、初めにハアッと笑はれて、あとは笑ひの衝動をこらへてをられるのかナ、ハアツ――ハアッとお笑ひになるんですナ。(笑聲)
サトウ なにか笑ひを樂しんでゐられるやうだね、陛下のは。
辰野 あとで入江侍從がね、陛下があのくらゐ快くお笑ひになつたことは初めてだッて言つてましたよ。

お酒修業中の陛下

徳川 その次に出た話がね、アンパンを一遍に三つ食ふ話。それッ、復習。
サトウ あたしの友達に安永といふのがゐてね、そいつも僕も一文も金がなかつたんだ。さうしたら中華料理を食はうつて安永が言ふからね、「どうして食ふんだ」「誰でもいいから金を持つてる奴をつかまへてくれ。賭けるから」と言ふんだ。そこへ里見さんと久米さんが來たから、早速つかまへて、「木村屋のアンパンを三つ一遍に食ふが、食へないと思ひますか。賭けしませう」と言つたんだ。里見さんが「よし。そんなバカなことは出來るわけがない。賭ける」と言つたら、久米さんもそばから「俺も賭ける」二人とも五圓づつ出したんてすよ。あの昔の一つ五錢のアンパンですからね、大きいんですよ。すぐに買つて來てね、三つ重ねると赤ン坊の頭ぐらゐの大きさでせう。口に入りつこないんだ。さうしたら、もう一人、宮地といふ男がゐてね、それが安永の顎に手を掛けて、ガクンて顎を外して、パッとアンパン三つ入れちやつた。(笑聲)十圓の儲けでさあ。
徳川 これには陛下はびつくりしてをられたナ。われわれだつて、ちよつとびつくりする話ですよ。顎を外しのアンパン食ひの、十圓貰ひの、ですからね。それからスポーツの話になつたんですナ。
サトウ 陛下はスポーツは何でもおやりになるけれども、何でもあまり巧くないと仰しやつたナ。
徳川 やや自信のおありになるのが永練とゴルフ。
辰野 乘馬はなかつたかナ。
徳川 乘馬は勿論でせう。
サトウ スケートのフィギュアだけ、おやりにならないとさ。あとは大抵やつたことがある。何でもあまり巧くない、と仰しやつたよ。
辰野 徳川さんが「陛下はお酒は召上りませんか」と言つたらね、「僕は三つか四つの時に、正月にお屠蘇を飮み過ぎて、とても苦しかつたことを憶えてる。それから飮まないんだよ」と仰しやつた。さうしたら徳川さんが「あんなおいしいものを!」と言つたナ。(笑聲)
徳川 その時陛下が「實は」と仰しやつたんですよ。これは非常に印象的な言葉だつたナ。「實は子供の時に飮んだことがある。侍醫がそばにゐたけれども、默つてた。飮んだら大變苦しかつた。それ以來、飮まなくなつたよ」と仰しやつたんですがね。
辰野 徳川さんが「あんなおいしいものを!」と言つた顏は深刻でしたよ。(笑聲)
徳川 それからサトウさんが立教にかよつた話が出たでせう。立教へ入つたけれども、教室なんぞ出やしない。合宿とグラウンドの間を往復したといふ話。これが陛下にはお判りにならなかつたらしいナ。
サトウ さうかナ。
徳川 あとで洩れ承りましたがね、合宿とグラウンドを往復したといふのは、一體どういふわけかとお訊きになつたさうですよ、侍從にね。
辰野 それから徳川さんのことは昔から映畫や"話の泉"で知つてをられる。サトウさんのことも"話の泉"だの"見たり聞いたりためしたり"をお讀みになつて、御存じらしいですね。
サトウ あたしが海牛(ウミウシ)のことを書いたことがあるんですよ。それを陛下は仰しやつてた。海鼠を捕りにいつて、海鼠がゐないんで、海牛がゐた、海牛は海鼠のイトコみたいなものだから、僕は海牛を捕つて來て食つてみた、といふことを新聞に書いたんです。それを陛下はチャンと憶えていらしつて、あたしに訊かれてね、僕のはうがドギマギしちやつた。こつちはいつ書いたのか、忘れちやつてるんでね。
辰野 海牛は陛下の御專門ですからね。それから、この頃はカガを調べてるとか言つてらつしやいましたね。
徳川 それを學名で仰しやつたから、われわれ判らない。はあ?てな顏をしたら、「カトンボだよ」と仰しやつたんですよ。
サトウ 海の蚊を御發見になつたんですね。
徳川 海にゐる蚊ですナ。これを卵の状態から幼虫の状態から、全部御研究になつて、これがやはり陛下の御發見になつてるらしいですね。
サトウ 徳川さんが「それはやはりボーフラから出るんですか」つて言はれたら、お笑ひになりましたね。
辰野 その時ですよ。メデウザの話が出て、博物學者のやうな顏をした徳川先生が面目玉を無くしたのは。
徳川 「水母だよ」つて輕く言はれちやつた。面目玉を失つたナ。(笑聲)

正覺坊、お汁粉を飮む

辰野 陛下は三人とも稀代の正覺坊だといふことは御存じないんですナ。出たのはおしるこでしたね。
サトウ あたしアね、辰野先生、十六歳の時から甘い物を食つたことがないんですよ。それがおしるこですからね。どうも甘い物は具合が惡いと思つてゐたんです。陛下が召上らなければ、僕も食べるの止さうと思つてね、食べるつもりはなかつた。ところが、まづいことに陛下が召上つちやつた。(笑聲)これは食べなければいけないと思つて食べたんですがね、わりあひ、おいしかつたナ。(笑聲)
徳川 わたしはあれをおしることは氣がつかなかつたですよ。
辰野 何だと思つたんです。
徳川 まづ陛下の前に置かれたのを見るてえと、いい塗りのちいちやなお椀でせう。美術品でさあ。これが、まさかおしることは思はなかつたナ。何か特殊なお料理が出たに相違ない。鶴の吸物かナ。(笑聲)何だらう、開けてみたいが、うつかり開けてはいかん。誰も手をつけない。見てゐると陛下があたりをチラチラッと御覽になつてね、蓋、をわざとガチャンと荒つぽくお取りになつた。音をさしてね。それで蓋を置かれて、やはり音をさしてお吸ひになつた。ヅルヅルヅル、ヅルヅルヅルとね。(笑聲)それでポオンと置かれて、ポンと蓋をされた。それでもわたくしは、まだおしること判らない。陛下は何をお吸ひになつたんだらう。さて開けて見ようと思つて開けたら、何と、これがおしるこさ。中に餠が入つてる。食ひましたよ、わたくしは。ムシヤムシヤとね。さうすると、また出ちやつた。お代りが。(笑聲)今度はお雜煮か何かだらうと思つて見てたら、また陛下は蓋をお取りになつて、ヅルヅルヅルとお吸ひになつて蓋をされた。開けて見たら、これもおしるこです。
辰野 サトウさんは何年振りのおしるこですつて。
サトウ 三十一年振りです。ところが、あたし、あの晩、すぐ發つて富山縣へいりたでせう。それで宿屋にゐたらね、菓子が食ひたくなりましてね。それまで菓子なんて食つたことがないのに、あれ以來、趣味嗜好が變りましてね、菓子屋へいつてずゐぶん食ひましたよ。一緒にいつた連中、驚いてましたね。(笑聲)
辰野 甘い物を天子樣に教へていただいたんだから大威張りだナ。――初めはサトウさん、謹直でしたよ。ところが、何となく春風駘蕩たる氣もちになつてね、サトウさんは氣がつかないけどね、「ねえ陛下……」と言つたナ。(笑聲)二度くらゐ言ひましたよ。
サトウ それは知らなかつたね。
辰野 「ねえ」をつけないと、あとの言葉が圓滑に出て來ないやうな氣分でしたね、實際。いきなり陛下、と申上げるのが却て呼びすてにするやうで、失禮ではないか、といふ心持だつたのでせうね、自然に云はうとすると、つい、ねえが付くんでせうね。
徳川 僕は二度ぐらゐ、あッ、これは言葉遣ひがいかん、と思つたことがありますよ。
辰野 いや、しよつちゆうですよ。(笑聲)
記者 陛下は放送の時なんか、非常に丁寧な言葉をお使ひになつてますね。その時せいかがでした。
サトウ 別にそんなことはなかつたです。
徳川 チャンと陛下にふさはしい言葉の使ひ方をしてをられたナ。うん。例へば「あの……徳川は……この頃は……映畫のはうは忙がしいの」なんて訊かれたりしてね。
辰野 徳川さんが昔の失敗談を申上げたぢやないですか。
徳川 御大典記念の映畫がありましてね、當時はニュウス映畫といふ言葉がまだなかつたんでね、寫眞記念映畫とか言つて、東京中の御大典記念の催し物を映畫に撮したのを英國大使館の主催で、各國の大使公使を招いて、赤坂の葵館で見せたんです。するとね、これは日本字の字幕が出るんで、何か説明がつかないと判らない。英語でいいから説明してくれ、といふ注文があつたんです。どうも英語で説明するだけの自信はないんでね、わたくし、斷りました。ところが、英國大使館の英語の通譯をしてる福岡といふ男が、なに僕がそばについてて教へるから、その通り言へばいいんだ、といふことで引受けちやつた。それで説明臺のすぐうしろにカーテンがあつて、そこにゐてもらひまして、字幕が"萬歳三唱三時半"なんて出ると、「おい、どう言へばいいんだい」「それはね、スリー・バンザイ・アット・ハーフ・パスト・スリー」「よろしい。(大きな聲で)スリー・バンザイ・アット・ハーフ・パスト・スリー」すると、大使、公使、大勢の男女が、聲を揃へて、「イエース」と言ふんですよ。ははあ、判つたんだナと安心した。尤も、その前にチエスター・コンクリンの映畫を寫しましてね、「レデイス・アンド・ゼントルマンわたくしのブロークン・イングリッシュを許されよ。次に寫すのはワイルド・ヴェスト・ラヴである」てなことを言つて引込んだら、その通りチャンと字幕に出たでせう、今のは英語だナ、といふことが判つたんですね。
辰野 しかし、けふの發音はいいぞ。なかなか。
徳川 それでね、判ると一齊に「イエース」と來るんですナ。わたくし、非常に得意になりましてね。僕の英語も判るんだナと思つた。そのうちに深川か本所のはうでお神輿がワッショイ、ワッショイといふ場面が出た。觀衆一同、何だらうと思つて、早く説明してもらひたいといふ氣配ですナ。それは判るんですよ、こつちは商賣だから。そこでカーテンの蔭の福岡君に「お神輿はどういふんだい」「うーん、困つたナ。お神輿か。ええと、お神興は……」てんで、しばらく考へてね、ナントカカントカペラペラッと言つたんですナ。すぐその通り、忘れないうちに、ナントカカントカペラペラッて言つたけれども、シーンとしてる。「イエース」と來ない。通じないんです。さうすると、すぐそばにイタリア大使館の
ガスコ氏がゐましてね、「おい、辯士ッ、今のは何だいッ」て立派な日本語でね。(笑聲)
辰野 これにも陛下はお笑ひになつたナ。

率直眞摯な陛下

サトウ 陛下は二つのお聲をお出しになりますね。つまり、よく「ああ、さう」と仰し。やるお聲。これは大變にやさしいお聲でねもう一つは……。
徳州 低いお聲だね。
サトウ チエロの低音から中音にかけてのやうな、いいお聲ですよ。
辰野 それからウラ聲と、兩方ありますね。
サトウ ええ、二つあります。
徳川 公式の時は專らトロンペットみたいなお聲を使はれるらしいナ。僕ら、初めお話してる時はさうでしたもの。途中から音聲が低くなりましてね。バリトンくらゐのお聲でお話になる。
辰野 まづバリトンくらゐでせうナ。それからね、突嗟の挨拶は初ひ初ひしいんですがね、或る問題について事實をお話になる時は、事理明晢ですね。非常に的確だナ。例へば水母の話とかカトンボの話になると、非常にハッキリしてますね。
サトウ さうしてハッキリと仰しやる。
徳川 あのねえ、僕は陛下がカルメンをお好きだてえことを、誰かから聞いてたんですよ。ビゼーのカルメンがね。それで「カルメンがお好きださうで……」と言つたら、これは非常にハッキリ打消されたね。「いや、そんなことはない」と仰しやつたですよ。
サトウ 船にお醉ひになると仰しやつたナ。軍艦に乘つても大抵醉つた、ちひさい舟なら醉はない、さう言はれたね。
徳川 煙草をすはないけれども、はたですつてゐられても氣にならないのは、鼻が惡いせゐだつて。
サトウ さう仰しやつたナ。お酒はいま練習してるつて仰しやつたよ。「醫者がすこし飮めといふから、いま練習してをる。薄めて飮んでをる」つてね。僕は日本酒を薄めて召上るのかと思つたら、葡葡酒らしいんだ。
辰野 陛下はひとの話を聽くのがお上手ですね。聽き上手といふんですかナ、企まずにこつちの思ふことを言ばせるのがお上手ですね。
サトウ さうさう、徳川さんのカルメンの話のあとで、先生が惡疾のあるカルメン女優のことを言ひましたよ。
辰野 マルト・シュナールといふ、これはカルメンをやらせたら、もう天下一品なんですよ。ところが、これは呑む、打つ、買ふ、三拍子揃つた女優でね、不覊奔放でね、常雇ひの出來ない女なんです。自分が金がほしくなるとパリへ歸つて來て、オペラ・コミック座の支配人の所へゆくと、金をくれてね、その晩、出演しろつて言はれるんだ。その日は、前から刷つてあるポスターが貼られてね、"マルト・シュナール孃出演(臨時)"と書いてある。金を貰ふとどこかへいつちやふから、明日のことはもう判らないんだ。こいつのカルメンは天下一品なんだけれども、惡い病氣があつて、身體中に吹出物があるんだナ。こいつは衣裳なんて持つてないから、ほかのカルメン女優に借りるんですがね、みんな厭がつて貸したがらない。――その話をしましたかね。
サトウ しましたよ。
徳川 辰野先生でもやつぱりさうかナ。
辰野 何となくボーッとして、記憶がうすれるんです。恐れ多い氣持、うれしい氣持、心配なやうな、ありがたいやうな不思議な氣持なのです。
サトウ 陛下は生物學がお好きだね。
徳川 その話の時は殊に生氣溌剌。
サトウ 實にお好きだ。
辰野 おちひさい時かららしいナ。
徳川 小動物、それから植物もお好きでね、地方へお出掛けになると、珍しい草なんかがある。ところが、それが一本しか生えてない時は絶對お採りにならない。三本、四本と生えてる時は、その中から一本だけお採りになる。必ず何本か殘してお置きになる。全部お採りになることはない。入江侍從がさう言つてましたね。
サトウ これは陛下ぢやないけど、義宮さまのおいでになる小さいお部屋があるでせう、あそこに生えてる木に"栗"だの"杏"だのつて書いてあるのは、可愛らしかつたね。
辰野 何を見ても、およそ贅澤なものはない。
徳川 陛下はね、ダリアとか牡丹とかいふものもお好きだらうけれども、さういふものよりも雜草がお好きなんですね。自然のものに興味がおありになるんだナ。ペンペン草とか、薊とか、車前草とか、簿とかね。だから、お庭が荒れ果ててゐるんですよ。これを手入れしようとすると、陛下が手入れはしないでくれと仰しやる。自然のままに生えてゐるのを見て樂しんでをられる。燒跡の地面にどこから種子が飛んで來たのか、何か草が生える。これを陛下は御研究といふか觀察なさるのがお好きだから、そのままにしとけといふんですね。しかし何ぼ何でも具合が惡い。どうしたらいいかと思つて皇太后さまに御伺ひを立てたら、陛下は非常にお樂しみの少い方だから、さういふことを樂しんでをられるなら、そのままにしといたらよからう、といふのでね、あそこに武藏野が出來ちやつたわけですナ。ただ薄だけは燃えやすいんで、用心が惡いから苅つちやつたさうですがね。
辰野 私は數囘お目に掛つてますけれども、いつも同じ背廣で、いつも同じネクタイですね。
徳川 同じネクタイが何本もあるんですかナ。
辰野 さうぢやありませんナ。御質素なものですね。
徳川 あ、さうだ。ネクタイを賜ることがあるんですとさ。ね?ところが、さう申しちやナンだが、これは實に有難迷惑だつていふんですよ。摺り切れちまつて使ひものにならないやうなのを賜るんでね。
辰野 あのズボンだつて、よく筋はついてませうけどね、摺り切れてますね。堂々たるものだナ。
徳川 その質素がわざとの質素でないんですよ。
辰野 わたくしがね、「陛下は、非常に畏れ多いことだけれども、最近、お顏色に御健康さうな光澤が出て來て、非常に嬉しうございます」と申上げたら、サトウさんは角力取りの背中の話をしましたよ。
サトウ さうでしたね。その角力取りがけふの勝負に勝つかどうかは、背中だけ見れば判る。背中の光澤で判る。陛下のお顏を拜見して光澤のいいのを見ると、陛下がたいへん御健康だといふことが判る、といふことを僕が申上げたんです。
徳川 實にいいお顏色ですよ。
サトウ あれだけ皮膚の中のはうから輝いてる顏は、ちよつとないだらうと思ふね。

象徴としての陛下

辰野 坂下門から自動車でお送りいただいて三人が出て來た時に、徳川さんが、自分は今までいろんな人間に會つたが、今日古今東西にかういふ方がゐらつしやるかと思つて、とても嬉しかつた、と言はれたけれども、さういつた感じでしたね。
徳川 さうなんですよ。わたくしはね、實は虞れてたことが一つある。お目にかかるのはいいが、あたしの心に描いてゐる陛下ともしもあまりに懸け離れてるお方であつていはゆる幻滅を感じて、お目にかからないはうがよかつた、といふやうなお方であつたら、どうしようか。……これは大きな不安でしたよ。
辰野 それは判りますね。然し僕には確信がありました。御兩人が心づよく思はれるだらうと信じてゐました。
徳川 でせう?さういふ不逞な考へを持つちやいけないが、わたくし共は今まで陛下をどこまでも敬つてた人種ですからね、逆にさういふ氣もちを持ちましたよ。陛下が只の人間であられることは承知してゐるが、それだけに、もしも陛下が、さう申しては畏れ多いけれど、もしもそのくだらないお方であつたら困る。これは杞憂でした。
辰野 堂々たるものですね。古今の主權者や帝王の免れ得なかつた己惚れ、實際よりも自分は偉いんだといふ己惚れの片鱗も持つてをられない。かういふ方は實に稀れではないかナ。
徳川 ええ。
辰野 見せかけなんて、どこを探してもないですね。おれはおれだよ……。これは近代人にとつていい氣もちですよ、ね。
サトウ あのくらゐ羞かしさうになさる方は珍しいね。
徳川 我てえものがないんですよ。どこを探しても我がない。それでゐて、やつぱり日本なんですナ。陛下即ち日本ですよ。さういふ感じですね。だから、誰が選んだ文字か知らないが、憲法の中の"象徴"といふ字は正にさうです。シムボルですナ。陛下は日本てえものを人間にしたやうなもんですね。日本のいい所だけ集めて、ですよ、うん。正にシムボルです。
辰野 つまりね。だんだん生活してると、そのうちにいろいろ娑婆ッ氣が出てね、そのままのものをそこに見るといふことがなくなるでせう。ところが、陛下はネットの存在だナ。偉いとか偉くないとか、頭がいいとか惡いとか、さういふことは考へずに、そこに一人の人間が出現したといふ感じは非常にいい氣もちだナ。およそ氣取るなんていふところは何處にも見出し得ないね。
徳川 厭なものが一つもないお方だナ。ふつう人間の持つてる厭さといふものが、まるつきりないですよ。それから將棋のお話をなさつたよ。
辰野 皇太子殿下とね。
徳川 陛下が將棋をなさると仰しやる。皇太子殿下もやると仰しやる。「では、どちらがお強いですか」と訊いたら「やはり自分のはうが強い」と仰しやつたナ。
サトウ 僕は秩父宮さまにお目にかかつた時にね、秩父宮さまが詰將棋をやつてゐらつしやる。それでね、陛下とどちらがお強いですか、と訊いたら、この頃はやつたことがないけど、やはり陛下のはうがズッと強いだらう、つて言はれてたナ。
辰野 陛下は皇太子殿下のことを"東宮ちやん"と仰しやるさうですね。非常に可愛らしい感じですね。
サトウ それから……と、ホラ、心臟の話、蛙か何かの……、ホラ。
辰野 あ、昔フランス人でロックフェラー研究所か何かにゐたアレキシス・カレルといふ人がね、病氣になつた鷄の心臟を取つて、それを微温の鹽水の中に漬けとくんですナ。さうして鷄の病氣を治療して、また心臟を入れて繋いだんだ。さうすると鷄が生きて動いた。さういふことが三十年ばかり前の萬朝報に書いてあつたんですナ。それを僕は僕流に解釋して、僕が病氣になる、手術をしなければならない、手術が長いと死ぬかも知れないから、まづ心臟だけを生かしとけ、といふので心臟を取つて微
温の鹽水に漬けとくんですナ。さうして病氣を治療してる。そこへ僕の子供が見舞ひに來て、お父さん、どうです、と言ふでせう。しかし、どつちに向つて言ふかですナ。生命を持つて鹽水の中で動いてる心臟に向つて言ふか、生命のない骸に向つて言ふか。どつちに人格があるんだらう。さういふお話をしたんですナ。
サトウ 陛下はお笑ひになつたね。
辰野 さうしたら蛙の話が出たでせう。陛下がね、蛙の心臟を取出して、どつちだかへ何かを注射すると、ピクッと動いた。どつちに蛙格があるか。さういふお話をなさいましたね。
サトウ 皇太子殿下が蛙にニコチンを注射する實驗をされて……。
辰野 さうでしたね。ところが、さういふ話になると、こつちは自然科學の知識がないんでね、ハハア、左樣でございますかナなんて承つてゐる外はないんだ。(笑聲)
サトウ 生物學は陛下の御知識がたいへん高いから。
徳川 水母を知らない博物學者なんて困るよ。

看板娘を御存知ない

辰野 さういふことは陛下はよくお判りになるけれども、お判りにならないこともあつたらしいナ。例へば、煙草屋の看板娘がゐて、それを張りにいつて毎日煙草を買つたよ、なんていふのは、一つ一つの單語はお判りになつても、意味はお判りにならないでせうナ。
徳川 "張りにゆく"なんて、人と競爭する心理は絶對におありにならないお方だからこれは判りませんナ。
辰野 私達には判り切つたことでも、御體驗のないことはお判りにならない。さういふことがしばしばあるらしいですね。
徳川 それは多いでせうよ。
サトウ ええと、まだお話があつたんだがなア。……皇太子殿下はテニスなさるんですね。硬球なんです。陛下も硬球でせうね。
徳川 テニスは皇后陛下がお上手ださうだ。皇后さまのはうがお強いらしいナ。
サトウ 皇后陛下のバスケット・ボールの道具がありましたね。
徳川 ええ、もうダメになつた網がありましたよ。
サトウ 寄附しようかナ。(笑聲)
辰野 ああいふのを見ると、またこつちが悲しくなるね。あんなもの、ちよつと仰しやつてくだされば、すぐ持つてゆくのにッて。
サトウ 大學のを外してでもね。(笑聲)
徳川 さうだ。かういふ話があつたですよ。戰爭中、陛下が軍艦に乘つて沖合ひをゆかれると、沿岸の民が御召艦に向つて萬歳を叫ぶでせう、すると、もうおやすみになつた時でも、陛下はまたデッキへ出られて、チャンと敬禮してをられた、といふ話ね。これに對して一部では陛下のゼスチュアだといふ説があつたんですよ。ところがね、さうぢやない。絶對にゼスチュアぢやないんだ。あの御人格では、國民が海岸に立つて萬歳と叫んだら、どうしてもデッキに出て敬禮せずにをられないお方だね。
辰野 無論さうですね。
徳川 これは世界中にない御存在ですナ。うん。
辰野 人間の中のほんたうの人間ですね。純金だナ。
徳川 正にほんものですね。
辰野 ほかにあまりゐないんぢやないかナ。
徳川 僕は世界中にゐないと思ふんですよ。別の意味の人格者ならゐるでせう、澤山ん。
辰野 ええ、大抵は怪しげな人格者が多いからな。
徳川 だけど、ああいふふうにほんとに日本ていふものと自分とを、肉體的にまで感じてをられるといふのは……。
辰野 皇后陛下も實にいいお方ですナ。僕は大失敗をしましてね、フランス文學の話を三度ばかり申上げたんですがね、皇后陛下は大々とした御肥滿ですよ。僕はお寫眞で知つてるだけでね、目の前に皇后陛下がゐらしつても、僕はあんまり見られなかつたナ。下を向いて話してるんですがね。パリの話をして「岸田國士君がパリの地下鐵道に乘りましたら、とつても肥つたおかみさんが、大きな荷物を抱へて入つて參りました。その肥り方が並ひと通りでございません。腹が三段にくびれて、西洋將棋の女王みたいでございまして……」と言つたんだ。僕は"しまつたッ"と思つたんだ。皇后陛下は肥つていらつしやる……。(笑聲)
徳川 「三段にくびれて」はどうもね。正にその通りだつたんでせうけれども。
辰野 ええ、餘計なことですよ。そんなことはね。だけども、僕が恐縮して下を向いてたな、皇后陛下がフ、フ、フとお笑ひになつたんで、やあ、助かつた、と思ひましたがね。
サトウ 東京育ちの者は、さういふことを言つちやふんですよ。
辰野 それと今度はサトウさんの"ねえ陛下"ですナ、実にあたたかい愛嬌があつた。
徳川 僕は語尾に"ね"をつけて、あ、いけないと思つてやめましたがね、"さうですね"なんて二度ばかり……。
サトウ 徳川さんは水へ潜る話をされましたね。
徳川 あ、洗面器に潜る話ね。
サトウ あれはいい話だつた。
徳川 小生の門下に丸山章治と村山堅二といふ男がありまして、これが奇しくも東寶爭議の時は右と左の委員長となつて喧嘩しちまいましたがね、或る日のこと、武歳野館の樂屋で、われわれは聾の商賣である、どれくらゐ聲が續くか、長く續かせるコンクールをやらうではないか、といふことになつちやつた。エエエエエエと止めずに何分間言へるか。それからもう一つ、どのくらゐ呼吸を止めてゐられるか。これは一分三十秒ぐらゐがレコードでしたよ。盛んにそれをやつてる所へ、小生の準門弟格の男で少し變つた人物なんですがね、「何だ、そんなこと、三分間くらゐ、わけない」と言つたんですナ。「とんでもない。一分間でも苦しいのに……」と、みんな怒つちやつた。「いや、わしの郷里は海があるけ、海女などは三分ぐらゐラクに潜つとる。わしも子供の時から潜つとる」「ようし、それぢや、水の中へ三分間潜つてゐられるか」「やあ、潜れる」「潜つてみろ」つてんで洗面器を持つて來て水を入れた。一、二の三ンで潜りました。檢査役が時計を睨んでる。一分ちよつとで、アバババと顏を上げちやつた。「ホラ、見ろ、ダメぢやないか」「いや、今の練習ぢやけん。今度はやれます」二度目に潜つたら、一分を過ぎる頃から苦しくなつたと見えましてね、耳がヒクヒク動くし、机に突いてる手がブルブルブル、ブルブルブルッて痙攣する。「おい、大丈夫かい。死んぢやふんぢやないかい。やだよ、おれは知らないよ」(笑聲)「とにかく止めさせよう。"おうい、もういいよ。判つたよ、君。君なら潜れることが判つたよ。もう顏上げろよ。二分經つたよ」いくら言つても、そいつ、頑固な奴で顏を上げない。そのうち手が紫色に變つちやつた。「やッ、三分ッ」て言つたらパッと顏を上げましてね、みんなが、こりやア自慢されるよ、かなはないね、みんなで謝らなきや……と思つてると、蚊の鳴くやうな聲でサ、ヨ、ナ、ラつて言ふと、歸つちやつた。(笑聲)
辰野 その話の前にね、僕が佛文科へ入つた時は、僕と豐島與志雄君と新庄といふのと三人だけでね、ほかの二人がよく休むから僕一人なんだ。さうすると、先生が一人に生徒が一人だから、氣が休まらない。夏なんか睡くつて仕樣がない。いろんなことをしてみたけれども、どうしても睡くなる。ただ一つ、呼吸をしないでゐると、だんだん苦しくなつて睡氣が消えちやふ、といふ話をしたら、徳川さんが、その話をされたんですナ。
サトウ さう。その前が水泳の話でね。
辰野 最後に陛下が「三人共、日本文化のために盡してください」とか仰しやつて…。
徳川 藝術でしたよ。「どうか、三人共、藝術のために盡してください」つて。
辰野 ところが、あの日の話は、およそ文化だの藝術だのの話ぢやなかつたナ。
徳川 アンパン三つ食ふ話だの、洗面器に顏突込みの話ぢや、ね。(笑聲)
辰野 おしるこが出て、呑み助三人にはいい氣味だと思つてたら、お土産が櫻正宗と御紋章入りの煙草、その時に出たお菓子と。

忠孝兩全の道

サトウ 僕はあのお酒を戴いたために、家の子郎黨を集めましてね、あれを一盃づつといふことになつたんですよ。ところが、集つたのが十八人でせう。たうとう八升追加しちやいましたよ。
徳川 それは大變だ。高いものについちやつたナ。然し嬉しい失費さね。わたくしはね、岩田豐雄氏に持つていつちやつた。
サトウ あの人は酒にうるさいからね、喜んだでせう。
徳川 喜びましたよ。二合五勺ほど飮んだらいい御機嫌になつちやつた。わたくしは目下飮みませんからね。歸らうとしたら、いいよ、もう少しゐろよ……。仕方がないから話し相手になつてましたがね、二合五勺で御機嫌になつて、もう歸れ、いいよ……。ずゐぶん勝手な奴だ。(笑聲)
辰野 わたくしは家へ歸つてみたら、戴いたお菓子が粉ごなでしたよ。あれから何處かへ寄つて飮んだんですナ。夜晩く歸つて、みんなを起してね、お酒はお前達は飮まないから、俺と親友とで飮む。煙草は俺が戴く。長男は少しのむから少しはやらう。お菓子は女達にやる。出したら粉こなでね。女類どもはそいつを指で摘んで食べちや喜んでたよ。
サトウ 僕は子供の時に「君に忠、親に孝」なんて親父(紅緑氏)が言つたから、「俺は學校も落第するくらゐだから、とても二つは出來ない。どつちかにしてくれ」「一つだけなら君に忠だ」と言ふんでね、親に孝のはうは願下げにしてたんですよ。それでズッとやつて來たけれども、今度煙草を戴いて、それを親父にやつたら、すぐに有難がつて神棚に上げましてね、早速一本すつて嬉しさうな顏をしてるんですよ。願下げにしたはうの親に孝も出來たやうな氣がしてね、たいへんいい氣もちでしたよ。
徳川 あの御紋章が、昔は十六の御紋章だつたでせう。今は菊の枝に一輪滿開、一輪半開の、活け花のやうな形のものですね。
辰野 とにかく、いい氣もちでしたよ、ね。
徳川 陛下鬼ゴッコなさるらしいですね。
サトウ 陛下は御存じかナ、鬼ゴッコを。
徳川 鬼につかまつちやいけない、といふことだけは御存じらしいんだ。だから、鬼が來るとお逃げになる。これが變つてる。ふつうは横へ曲つたり、木のまはりを廻つたりして逃げるでせう。陛下は絶對さうぢやない。まつすぐ、どこまでもまつすぐ逃げておいでになる。(笑聲)これ、洒落や冗談ぢやない。全力を盡してまつすぐお逃げになる。
サトウ いい話だね。
記者 ではこのへんで……。


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