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分断と対立の時代の政治入門

「一斉休校措置」は安倍政権にプラスになるか、マイナスになるか|三浦瑠麗

★前回の記事はこちら。

 この連載では、日本の有権者が何を重視するかによって日本政治や社会が形作られていることを示してきました。政治的な左右対立はほぼ憲法と同盟をめぐる神学論争に回収され、男性が主流を占める労働組合のようなオールド左派が関心を持ちにくい社会政策、とりわけ女性の権利などについては、ほぼ左右陣営で差が見られないこと。その裏で、経済政策では左右対立に思想の一貫性が見えにくいこと。

 エリートにはそれでもエリートの責任があるはずですから、日本の有権者を責めたいわけではありません。しかし、政治の不毛さを少しでもましな方向に誘導していこうとするならば、有権者こそが自分の置かれた環境と自身の選好に気が付かなければいけないのです。

 そこで、本日はCOVID-19による感染拡大をめぐる日本政治の観察を通じて、有権者の傾向が本件にどのような影響を及ぼしているのかを論じたいと思います。

 安倍総理が先週木曜日に急遽発表した3月2日からの全国の小中学校・高等学校等の一斉休校措置の「要請」は、日本各地に衝撃を与えました。実のところ、私は数日前から嫌な感じを持っていました。朝の情報番組は、いわば世論の写し鏡です。クルーズ船が感染爆発した背景には、クルーズ船客や乗員を受け入れたくない世論をメディアが煽った経緯があったのと同様、彼らの下船が決定される少し前からは、しだいに「クルーズ船内の居住環境の劣悪さ」が報じられるようになって、世論が受け入れ方向に傾いた経緯がありました。休校措置を要請するか否かに関しても、北海道で感染の連鎖が起きた頃に、小さいお子さんにも新型コロナウイルスの陽性反応が出たこと、それを受けた世論の変化がありました。

 ちょうど木曜当日の朝の番組では、奈良市長が「自治体ごとの判断ではなく、明確に指示を下ろしてもらう方が現場も悩まずに判断できる」と発言したことがニュースになったところでした。もっと言えば、それより前に、休校措置や学級閉鎖をめぐる統一的な指示の欠如がいまは「攻めどころ」であるという雰囲気がメディアにでてきていたのです。この「攻めどころ」をめぐる集団心理は、常に何かしらのコメントをしなければいけない圧力に晒されている出演者が容易に染まりやすく、ブレーキをかける人が出にくい傾向にあります。

 しかし、私は反対でした。論じられていたのは親御さんたちの「子どもの感染が心配」という懸念。であるのならば、休校措置は小さな感染爆発が起きている自治体のみでよいはずです。中央から判断を下ろす、と簡単に言いますが、大災害が起こったときにも、まずは自治体や首長の情報把握能力や決断力が重要になります。全国一律でなければ判断できない、ということ自体が、自治体の準備体制のなさを示しています。

 報道は、今回の政権の意思決定過程を追えておらず、急に決定されたことを含め、慌てふためきました。けれども、これまで政権の「後手後手の対応」を批判し、「不安の解消」を求め、「全国一律の方針」を示せという論調でやってきたのですから、政権の決断自体はメディアの論調から導き出される必然的な結果だったと思わなければいけません。

 全国一律での休校措置要請は、官邸の中でも安倍総理及び一部の側近によるトップダウンでなされたと報じられています。決断が急であったこともあり、早速批判が集まりました。仕事に行かなければ成り立たない職種のワーキングペアレントが抱える問題や、学童だけを開けることにより、かえって人口密度が高くなり濃厚接触が生じることの是非、非正規雇用の人の所得補償はなされるのかなど、休校措置の副作用に対する対策の遅れが巷で盛んに論じられました。その中身は各論考に任せることとして、本稿ではこの決断が国民に受け入れられるのかどうか、に焦点を当てたいと思います。

 結論から言えば、今回の全国一律休校措置要請によってさほど大きなバックラッシュは起こらないでしょう。長期的には、「政治的に」政権にとってプラスだったとさえ評価できるだろうと思います。これは、休校措置で苦しむ人が生じないということではないし、休校措置が科学的に正しいことも意味しません。

 申し上げたいのは単に、国民世論の特性から見て、こうした一定程度の窮乏を国民に強いる「非常時」演出は、解の見えにくいウイルスや災害などの事態においては、むしろ政権にとってプラスに出る、ということです。

 本連載で見てきたように、日本の有権者は党派を問わず漠然としたエリート不信や閉塞感を抱えています。富裕層や大企業に対しても党派を超えて不満を持ち、何がしかの破壊願望を抱えて生きています。若者は現実的ですが、高齢者になるほど破壊願望など現状変更への期待値が上がります。

 しかし、その「ぶっ壊したい」社会は彼らが作ってきた社会そのものですから、特定の改革の「方向性」のヴィジョンを持っているわけではありません。そのような変化を求める人々が今回のような未知の不確実な脅威に晒された時、大きな不安と不満が生じます。けれども、脅威に対する対処策は「うがい、手洗い、消毒」のような一見地味で、すっきりとした爽快感を伴わないものですから、彼らの関心は「いつ終わるのか」「どれだけ死者がでるのか」あるいは「自分の近所は大丈夫だろうか」などに集中します。

 ワイドショーに張り付いても、これらの質問に関する明確な答えは得られません。

 そこで政府が非常事態を演出し、明確な方針に基づいて「自粛」を要請すると、それ自体は科学的な解ではなくとも、なすべきことが明確になり、さらに窮乏を耐えるための生活上の工夫で人々が忙しくなって、社会不安が抑えられる結果になるのです。

 いささかシニカルである、と思われるかもしれませんが、未知のリスクに直面した人間の行動というのはそのようなものであり、危機のときには大抵リーダーの求心力は増すのです。

 ただし、日本にとってそれが善いことなのかどうか、は別途考えなければいけません。これまで、日本は中国の都市閉鎖のような強権発動は一切行わずに、穏当な処置に頼って新型肺炎の脅威と付き合ってきました。移動制限や都市閉鎖をした武漢や北イタリアの方が、(理由は必ずしも定かではありませんが)その後感染者が爆発しています。人びとが日常のウイルス防護に極力気を遣いつつ、危機度を高めないことによって、日本はクルーズ船を例外としてまあまあ被害を抑えてきたわけです。

 自民党政権は、日々の利権をめぐる判断においては、法律を曲げて解釈したりしますが、彼らの一つの特徴は、安全保障が関わる問題では官僚主導のプロトコルが残っており、法律を順守する傾向にあるということです。実際、外国人の入国禁止など明確な法的根拠を示しづらい分野では、日本政府の対応は慎重でした。肝心のところでは、人権や私有財産を侵害しにくい日本の法体系に従うからです。

 とすれば、新型肺炎の脅威への対応で、日本政府は各国と比較してもそこそこ及第点を取ってきたのに、人びとの不安が高じてしまった結果、「果断な権力行使」による生活への介入強化を求めてしまったと言い換えることができるでしょう。

 人は不安になると強いリーダーを求めるものです。それは世の常なのですが、人びとが自ら自分たちの権利を制限しようとするその傾向にせめて自覚的であってほしい、と思います。

(次週に続く)

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。


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