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【死体なき殺人事件#1】|伝説の刑事「マル秘事件簿」

 警視庁捜査一課のエースとして、様々な重大事件を解決に導き、数々の警視総監賞を受賞した“伝説の刑事”と呼ばれる男がいる。
 大峯泰廣、72歳――。
 容疑者を自白に導く取り調べ術に長けた大峯は、数々の事件で特異な犯罪者たちと対峙してきた。「ロス事件(三浦和義事件)」「トリカブト保険金殺人事件」「宮崎勤事件」「地下鉄サリン事件」……。
 老境に入りつつある伝説の刑事は今、自らが対峙した数々の事件、そして犯人たちに思いを馳せている。そして、これまで語ってこなかった事件の記憶をゆっくりと語り始めた。/構成・赤石晋一郎(ジャーナリスト)

1年も出てこなかった遺体

 死体なき殺人事件――。

 大峯が捜査を指揮した2つの難事件は、共に人間の業、そして脆さを感じさせるものだった。

「まったく知りません」

 取調室のなかはジリジリとした空気に支配されていた。大峯の前に座る村田裕子(仮名)は顔色一つ変えずに答える。

――裕子さんよ。松岡の行方を本当に知らないのか? もう、わかっているんだぞ。

「なんのことでしょう。知らないですね」

 裕子がキッとこちらを睨み返す。取調室には大峯、金田哲男デスク、他1名のベテラン捜査員が詰めていた。3人で交互に取調べを行うものの、裕子は頑として認めない。

――お前さん、殺したんじゃないのか。1年も本人が出てこないなんておかしいじゃないか。

「私にはわかりません」

〈杉並区麻雀店店員殺人事件〉の取調べは連日続いた。しかし裕子は一向に話に乗ってこない。刑事の揺さぶりにも動じない、勝気で手強い女だった――。

 1995年12月、松岡里美(仮名)という資産家女性が行方不明になっていた。松岡は麻雀店「北さん」の従業員。この「北さん」を経営していたのが村田裕子だった。

 翌年1月に松岡の姉から家出人届が出されていた。届を受けた杉並署が聴取したところ「松岡里美は未亡人で、一軒家に一人暮らしをしていた。これと言って失踪する理由が見当たらない」ということだった。

 警視庁はこの失踪に事件性ありと考えた。1997年8月、殺人犯捜査2係(通称・大峯班)に解明捜査が下命される。大峯は経営者の村田裕子を重要参考人と考え、10月ごろから連日のように任意で呼んでは取調べを続けていたのだ。

 松岡の交友関係を洗っていく中で浮上したのが裕子だった。

 麻雀店「北さん」は裕子が夫・村田隆の為に開業した店だった。

 隆はいわゆる“ヒモ”亭主だった。裕子は北海道から上京してきた後、1977年ごろからソープランドで働いていた。彼女が50代まで風俗店勤務を続ける一方で、夫・隆は30代から定職につかず妻の収入で生活をするようになっていた。無職の夫の為に、裕子は200万円を投じてスナックを開業してやった。しかし、隆は酒を飲むばかりで上手く経営を出来ない為、1990年に改装し麻雀店「北さん」をとして新しく開店していた。酒も麻雀も夫の趣味を慮った業態だった。

 松岡は「北さん」の常連客だったが、やがて裕子から店番を任されるなど夫婦ぐるみで親交を深めていた。

 裕子がホンボシではないか、と見られるようになったのは彼女が松岡の預貯金を引き出そうとしていたからだった。1996年1月に都銀阿佐ヶ谷支店で、2回にわたり松岡の口座から現金200万円をひきだす裕子の姿が防犯カメラに映っていた。更に裕子が、松岡の定期預金を解約しようとして失敗していたことも同時に判明した。

ホンボシが逃亡

「裕子が自宅にいません! 逃亡した模様です!」

 取調べが10日目に差し掛かろうとしたころ、彼女を迎えにいった捜査員から慌てて緊急入電があった。

 裕子が逃げた――。

「厄介なことになった」と大峯は思った。重要参考人が逃亡してしまったということはホンボシで間違いないだろう。しかし松岡は依然行方不明だ。もし殺されていたとしても死体がなければ捜査令状も取れないし、指名手配もできない。事件は暗礁に乗り上げてしまっていた。

 師走の寒風が吹きつけるなか1997年の年末。殺人犯捜査2係・大峯班に所属する佐野輝警部補(当時)は、やや緊張した面持ちでデスクと電話をしていた。佐野の後ろでは、応援部員として捜査本部に来ていた中野署刑事が所在なさそうに立っていた。

 目の前には鼠色の小さな鉄屑工場が見える。

 大峯泰廣率いる殺人犯捜査2係は警視庁捜査一課の中でも、猛者が集まるグループとして知られていた。

 佐野は荻窪署で4課(暴力団担当)刑事として鳴らし、大峯のスカウトにより警視庁捜査一課に引き上げられた男だった。小柄でガッシリした体格の佐野は、その見た目通り無骨で押しの強い捜査手法で知られた刑事だった。

「捜査は進んでいるか」
 
 電話口の向こうにいるのは大峯班デスクの金田哲男だ。大峯班の番頭格である金田は、その巨躯にふさわしく懐が深く、捜査員にとっては心強い存在だった。

 佐野はある男の行方を追っていた。区役所で住所は確認済みだ。あとは当てるタイミングだが、これが難しい。一発勝負に出て、逃げられたら元も子もない。慎重なデスクであれば、「まず数日間、男の行動確認を行え」という指示が出ることもありうるだろう。

「男のヤサを確認しました。直当たりをするのか、近所の聞き込みをするか検討しているところです」

 佐野は率直に報告した。

「よし直当たりしようか。頼んだぞ!」

 金田の指示は「GO」だった。

 電話を切った佐野は、「やっぱ、大峯班は話が早えや」と独り言ちると玄関先に立ちチャイムを鳴らした。

「犬の死体を運んだ」と語った情夫

「どちら?」

 ターゲットの男・吉田聡(仮名)がひょっこり顔を覗かせた。

 吉田は裕子(仮名)の情夫だった。吉田は見合い結婚をして一児を授かったものの、その後、夫婦仲が破綻していた。親から「世間体がるから離婚するな」と言われ、家庭内別居を何十年も続けていた。そうした中でソープランドの客として裕子と出会い、それ以来20年近くも彼女に入れ込んでいた。吉田は父親から受け継いだ鉄屑工場を経営していたが、時に売上をネコババしてまで裕子に累計何千万円という金を貢いでいたようだ。

 佐野は事件の概要を伝え、雑談を始めた。

――裕子とはどのような関係なのよ。

「……」

 吉田の口は重い。彼も妻子ある身、この手の話題は口にしづらいだろう。
だがこの時に幸いしたのは、家の中が静まり返っていたことだった。吉田の父親が旅行に出ており、妻も外出中、娘は受験勉強で自室に引き籠っていた。つまり吉田は家族に気兼ねなく、裕子との関係について話せる状況に偶然にもなっていたのだ。

佐野の粘りに吉田も徐々に心を開き始めていた。

――裕子から何か依頼されたことはないのか?

「裕子の引っ越しを手伝ったことがあります」

――他には何か手伝いをしたことはなかったか。

「その従業員は、どの位前にいなくなったんですか?」
 吉田がふいに質問を返してきた。

――1年以上にはなるな。

「それだったら関係ないと思いますけど、3か月位前かな、『さとちゃん(吉田の呼名)、犬が死んだから犬の死体を運んでもらえないか』と相談され、手伝ったことがあります」

 一瞬、空気が凍り付いた。

――ちょっと待ってろ!

 佐野は脱兎のごとく家を飛び出した。(運んだのは犬じゃない、松岡の遺体だ!)と直感したのだ。中野署刑事はポカンと立ち住んだままだ。

「金田さん! 吉田が犬の遺体を運んだと言っています!」

 佐野は電話口で小さく叫んだ。

「わかった、係長(大峯)に連絡する。そこで待ってくれ」

 金田は声色一つ変えず短く答えた。佐野の報告が重大事項であることは、深く話さずとも金田は理解していた。デスクが情報について根掘り葉掘り聞かないのは、捜査本部内といえども保秘を徹底する刑事の習性だといえよう。

 およそ1時間後、鉄屑工場前に捜査車両が横付けされた。車の中には金田デスク、そして大峯係長の姿があった。

「よし佐野、現場に行こうか」

 大峯が助手席から声をかけた。

 捜査車両の運転手は金田、助手席に大峯、佐野は後部座席で吉田の事情聴取を始めていた。

「犬の遺体は、プラスチック製の衣装ケースに入れられ、もの凄い腐臭を放ってました」

 吉田はこう証言した。裕子と吉田は犬の遺体を富士山の樹海に捨てたという。

 西湖北西の湖畔から富士山樹海内へと捜査車両は進路を取っていた。樹海は人気のない自殺の名所として知られている。もみの木がうっそうと茂る日中でもうす暗い場所だ。

「ここです!」

 山林内の廃道を進むと、吉田は目印となる石を指さした。

 四人が車を降り、森中に進むとくぼ地のような場所に辿り着いた。埋め返した後のようなところを佐野が掘ると、布に包まれた物体が出てきた。ゆっくりと布をめくると、黒ずんだ白骨が出てきた。大腿骨だった。

「遺体だーー」

 佐野はゴクリと唾をのんだ。

北海道・小樽に出頭した女

 遺体発見は新聞でも大々的に報じられた。それから約1週間後の12月22日、小樽署に一本の110番通報が入った。

「東京で人を殺した。娘とこれから死にたい……」

 小樽署員が急行したところ、電話をしてきたのが村田裕子だと判明した。裕子は〈指名手配〉等の報道を見て逃げ切れないと考えたようだった。

 小樽署から警視庁に送られてきた裕子と大峯は再会した。

――もう観念しただろう。

 大峯は静かに語りかけた。

「申し訳ありませんでした」

 取調べ室の椅子にちょこんと座り、項垂れた様子の裕子からは、すっかりかつての毒気が抜けていた。

 彼女は捜査員の前から忽然と姿を消したあと、川崎や北海道のソープランドで働き、資金を稼ぎながら逃亡生活を送っていたという。中年女性のなりふり構わぬ逃避行である。裕子はなぜ多大なリスクを冒してまで人を殺めたのだろうか。

 きっかけは裕子の夫・村田隆と松岡里美の不倫発覚だった。1995年12月3日、午前0時ごろ麻雀店「北さん」内で裕子と松岡は口論となった。家庭を壊されることへの危機感から裕子が松岡を𠮟責したところ反論され、カッとなった裕子は松岡が首に巻いていたスカーフを使い絞殺した。処理に困った裕子は麻雀店2階に遺体を運び、包丁、ノコギリ、まな板を使って、頭と胴体、両手、両足を切断し解体する。

 頭と胴体部分についてはキャリーバックに詰め込み、長女宅の押入に隠した。両手、両足は新聞紙に包み、裕子が以前勤務していた堀之内のソープランド街近くのゴミ捨て場に遺棄したという。ソープランド街のゴミは感染症など衛生面の不安もあり、中身を検められることが極めて少ないことを熟知した上での行動だった。

 長女宅に隠したキャリーバックが腐臭を放つようになり、裕子は愛人関係にある吉田に運搬を依頼した。吉田は運搬を手伝い、穴を掘るところまでは手伝ったものの「犬の死体」だと信じ込んでいた。遺体を埋める作業は裕子だけが行っており、吉田は車の中で待っていたという。取調べの結果、吉田は殺人や遺体遺棄には関与していないと判断された。

「松岡が夫と不倫をしたのが許せなかった」

 裕子はこう供述した。

 衝動的な犯行後、彼女は松岡の遺体をバラバラに解体した。更には松岡の自宅に忍び込み預金通帳などを持ち出した。命を奪い金銭まで取ろうとしたのは、裕子が夫の為に費やした時間への執着と、松岡への復讐心だった。

「麻雀店を任せた松岡の不実と裏切りに対する対価を得ようとした」と裕子は供述した。

 その異常な犯行は夫の不倫から始まった。自分には情夫がいても、夫の不貞を裕子は許すことができなかった。大峯は“情念”という魔物の恐ろしさを、まざまざと見せつけられた思いだった――。

(#2へ続く)

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