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旬選ジャーナル<目利きが選ぶ一押しニュース>|田中泰延

【一押しNEWS】ベーシックインカムは人を怠惰にさせるのか/5月15日、ブルームバーグ(筆者=タイラー・コーエン、ガルリ・カスパロフ)

田中泰延

文・田中泰延(青年失業家)

働いたら罰金→所得税、買ったら罰金→消費税、死んだら罰金→相続税、働かなかったら賞金→生活保護。

よく言われるブラックジョークだが、頑張ったらなぜかさらにお金を支払うのが税金であるし、逆に何もしないのにもらえるセーフティネットなんて、「働かざる者食うべからずの精神」に反しているではないか。

これが多くの日本人の考え方であっただろう。しかし今、新型コロナウイルスの脅威によって、国家による保障への考え方が大きく変わろうとしている。

日本国憲法第25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあるが、今は自分の責任じゃないのに、仕事ができない、食べられないのだ。「最低限度の生活」ができないのである。はい、私もそうです。

そこで聞かれる声が「税金は我々が現金を国家に託しているのであるから、我々が困った時は現金が出てこないとおかしい」というものだ。

それに対して日本では、「1律10万円支給」が実施されることになった。だが、この措置は果たして暫定的でいいのか。現在の日本の社会保障制度は、失業したとき、働けなくなったときなど、「困ったときに一時的に」公的扶助が受けられるようになるものだが、コロナ禍で突然決まったこの支給は、まだ「困ったときに一時的に」の考えを出ていない。事態がいつ収束するか誰も把握できないのに、である。

「1律10万円支給」は実質的には年齢・性別・所得の有無を問わず、すべての人に所得保障として一定額の現金を支給する「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」の考え方に近い。

UBIに関しては長く議論されてきたが、アメリカのタイラー・コーエンとロシアのガルリ・カスパロフは連名で「新型コロナのおかげで、ベーシックインカムは前より良く見えるようになっている」と述べる。

2017年から2018年の2年間、フィンランド政府は25歳以上58歳までランダムに失業者2000人を選んで、月額560ユーロ(約7万円)を給付する試験を行った。

暫定的な調査では、「健康状態が良い」と回答した人の割合は、ベーシックインカムを受け取ったグループで55%、受け取っていないグループで46%だった。「強いストレスを感じたことがある」と回答した人の割合は、支給のあるグループで17%、ないグループで25%だった。

先に「働かざる者食うべからずの精神」と書いたが、日本ではベーシックインカムに対して「人々が怠惰になるのではないか?」という恐れが常にあるように思う。

だが、「青年失業家」を名乗る私は、47歳の時に長年勤務していた会社を辞め、1年間失業給付を受けた。その経験でいうと、目先の労働にとらわれないインカムがあったことで、むしろその後の勤労への意欲が湧き、スキルアップのための時間ができたという効果があった。

今、仕事がない働き手たちは、恒常的なベーシックインカムの支給によって、むしろコロナ後の世界を見据えたビジョンを持ちやすい。コロナが収束したのちも一定額の支給を引っ込める必要はない。

日本人は、このコロナ禍のなかで「働かざる者食うべからずの精神」を捨て去るために活発に議論すべきだ。というか、毎月死なない程度にお金が欲しいです。



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