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【60-社会】少子化は国難ではない|赤川学

文・赤川学(東京大学大学院教授)

少子化対策の間違った前提

日本最大の社会問題の一つとされる少子化。それは必ずしも、日本だけの問題ではない。

国連の世界人口推計2019年版によると、世界人口の半数近くは合計特殊出生率(以下、出生率)、すなわち女性が一生に産む子ども数の推計平均値が2.1人未満の国または地域に暮らしている。その結果、世界の人口は2019年の77億人から2050年には97億人に達し、2100年頃、109億人で頭打ちになると予測されている。

いわゆる先進国のほとんどは、出生率が2.1未満の国または地域に該当する。日本の出生率も1970年代半ばには2.1未満となり、それ以降、低い水準で推移している。その結果、日本の総人口は2000年代後半から減少に転じており、2100年には約7500万人まで減ると考えられている。

日本でも、1990年代から、多くの専門家、政治家、学者、官僚が、出生率低下に歯止めをかけるため、様々な子育て支援や少子化対策を行ってきた。しかし2019年の出生率は1.36。ほとんど効果はなかったと言わざるをえない。

少子化対策の量と規模が依然として不十分だから効果が現れないという人もいるかもしれない。しかし、ここまで結果がでないのであれば、やはり日本の少子化対策が間違った前提のもとに行われてきた可能性を、強く疑わざるをえない。

その前提とは、たとえば、女性がもっと働けば、待機児童の数が減れば、仕事と子育ての両立難を解消できれば、ワークライフバランスや子育て支援が充実すれば、男性がもっと家事・育児を分担すれば、賃金がもっと上がれば、出生率低下に歯止めがかかるといった前提である。

これらは総じて、結婚・出産・育児期にある男女の福利や福祉の「希望」を実現することで、出生率を高めようとする。しかし、そこに無理があったのではないか。

人間を含めて動物は、一般に生活水準(=豊かさ)が高いほど、子どもを多く産む。いわば「金持ちの子沢山」である。しかし19世紀以降の人類は、1人あたりの生活水準を大きく上昇させると同時に、生活水準が低い人や世帯ほど、子ども数が多いという傾向を見せるようになる。いわば「貧乏人の子沢山」である。

「金持ちの子沢山」と「貧乏人の子沢山」という相反する傾向が、多くの社会で同時にみられるのは、要するに、社会の中間層が子どもを減らすからである。では、それはなぜ生じるのか。

今から100年以上前、社会学者の高田保馬は、この事態を次のように説明した。

豊かさを意味する生活水準と、豊かさに対する人々の希望や期待を表す「生活標準」(現代語では、生活期待水準)は別物である。一般に、生活水準の上昇は出生率を高める。ところが、「自己の優勝と此の優勝の誇示とを欲する欲望」すなわち「力の欲望」が生活標準に作用する。そして生活水準より早く、大きく生活標準が高まると、相対的窮乏の状態となって出生率は減少するという(高田保馬『社会学的研究』1918年)。

つまり社会の上層では、生活水準がつねに生活標準を上回るので、出生制限は起きない(=金持ちの子沢山)。逆に社会の下層では、そもそも生活標準が低いので、やはり出生制限は起きない(=貧乏人の子沢山)。これに対し社会の中間層では、生活水準以上に生活期待水準が高まるので、出生制限が行われ、子どもの数が減るというのである。

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