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朝ドラ「エール」にも登場。「ほかでは絶対に紹介されない」山田耕筰の”尖りすぎた作品たち”|辻田真佐憲

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※本連載は第13回です。最初から読む方はこちら。

「アメリカのジャズはどうか。いふまでもなく、それはその前者(引用者註、幼稚なもの)である。即ち、蕃人的な音楽そのものである」。山田耕筰は、『音楽文化』の1944年11月号でジャズを悪し様に批判している。それは、「台所的音楽」「胃袋の音楽」「首から下の官能を刺激する音楽」「肉への音楽」である、と。

「敵米国の音楽観と我等の進撃」というタイトルが示すように、アジア太平洋戦争下に発表されたこの文章は、アメリカを批判したいばかりに、過激さを極めている。以下など、本当にアメリカの楽壇でも成功した山田の筆かと眼を疑いたくなる。

「結局アメリカは文明といふ衣裳にその身を蔽ふた野獣そのものの住む未開のジャングルなのだ」「即ち彼等(引用者註、アメリカ人)は人間ではなく悪鬼そのものなのである」

 ここで山田を取り上げたのはほかでもない、本日朝ドラ「エール」に志村けんが山田耕筰(正確には、彼をモデルとした作曲家)役で初出演したからだ。これを機会に、山田の業績を振り返る記事も出てくるだろう。

 それならば、ほかでは言及されない、山田の”尖りすぎた部分“を紹介することこそ筆者の使命である。コロナ禍の巣ごもりで、さまざまなコンテンツが消費される今、これをやらない手はない。

■「米英撃滅の歌」――日本洋楽のバッドエンド

 では、さっそく行ってみよう。まずは、「米英撃滅の歌」。いきなり酷すぎるタイトルだが、実は日本の洋楽史を踏まえると刺激的な作品だ。

瀛(なみ)は哮る
撃滅の時は今だ
空母戦艦断じて屠れ
海が彼奴らの墓だ、塚だ
海が彼奴らの墓だ、塚だ(1番)

 1945年3月公開の国策映画『撃滅の歌』(松竹)の主題歌なので、ぜひセットで鑑賞することをオススメしたい。

 その内容は、音楽学校を卒業し、それぞれの道を進んだ3人の女性が、アジア太平洋戦争の激化にあたって再集結し、恩師(テノール歌手の藤原義江。本人役)とともに「米英撃滅の歌」を合唱するというもの。

 ポイントは、この3人の女性が、日本に花開いた洋楽文化を代表しているという点だ。

 すなわち、新進の作曲家と結婚し、田園調布に住む堀越弓子(轟夕起子)は「高級音楽」を、軍楽隊員を親戚にもち、郷里に帰って小学校の唱歌教師を務める下田美恵(月丘夢路)は「実用音楽」を、そしてジャズ音楽家と結婚し、上海に渡った桜井千鶴(高峰三枝子)は「ジャズ」を、それぞれ象徴しているのである。

 それなのに、最後は軍歌に行き着いてしまうーー。これはまるで、当時の洋楽の運命そのものではないか。しかも、実際に「米英撃滅の歌」を作ったのは、山田であり、英米で活躍した詩人の野口米次郎なのだ。明治以来の苦労や、文化の蓄積とはなんだったのか。まさにバッドエンド。ディストピア小説のようでもあり、なんともゾクゾクしてくる。

■「大陸の黎明」――痺れるくらい壮大で俗悪

 続いて取り上げたいのは、交響詩曲「大陸の黎明(しののめ)」だ。

 作詞者は、当時「国民詩人」と謳われた北原白秋。彼は、神武天皇の東征をテーマにした「海道東征」(信時潔作曲、1940年)も手掛けているけれども、内容では翌年7月7日、日中戦争開戦4周年に初演された、こちらのほうが断然研ぎ澄まされている。

 というのも、ここでは、記紀神話の世界観を使って日本の大陸進出を肯定するという、とてつもない試みが展開されているからである。

「大陸の黎明」は、全5楽章。第一楽章は神話のおさらいにすぎないが、第二楽章からきな臭くなってくる。突如として、中国大陸に話が飛ぶのだ。

種子ありき、神産(かみむす)び玉と凝るもの、
かく在りき、在りて生き、香は蘊(つつ)みぬ。

土なるや、大き陸(くが)蒙古(モンゴル)の底ひふかく、
隠(こも)らひぬ、鉱(あらがね)と巌(いはほ)との隙埋もれ。

「むすび」とは、万物を生み育てる神秘的な力をいう。中国大陸の奥底には、それによって生まれた種子が埋まっており、地上の治乱興亡をよそにして、太古より静かに眠っているといわれる。

 では、その種子はなにによって芽吹くのか。「日の御裔(みすゑ)、久米大伴が後」、すなわち日本軍の到来によってである(第三楽章)。

誰ならず、日の御裔、久米大伴が後、
神々の我が跫音(あのと)、大御軍(おほみいくさ)。

俟(ま)つありき、大き陸(くが)、今かがやけり、
さ緑や、はてしなくよみがへるもの。

 戦乱に荒んだ大陸は、日本のおかげで蘇るというのだ。そして第四楽章では、「蒙古、満洲里亜」「長城」「八達嶺」「大黄河、長江」と、日本軍が大陸に勇躍する様子が描写され、こうまとめられる。

思へ、とどろく跫音(あしおと)に大御軍の征くところ、
物ことごとくよみがへり、茜さす日ぞ照り満たむ。

 呆れるほど壮大な世界観。とはいえ、ここで行われているのは、泥沼の戦争の肯定にすぎず、あくまで俗悪なのである。この両者の乖離に痺れる。筆者は、ここまでぶっ飛んだ、政治的な芸術音楽をいまだかつて聞いたことがない。

■「鉄道精神の歌」――鉄道のリズムを再現した遊び心

 最後は、「鉄道精神の歌」(1935年)で締めくくろう。旧国鉄の社歌であり、やはり白秋と山田の黄金コンビによるものである。

 この作品で注目すべき点は、両巨頭の遊び心が溢れているところだ。この手の団体歌はどれも七五調で、メロディーも似たりよったりのものが多い。ところが、本作はこの凡庸さをまぬかれている。

轟け鉄輪、
我が此の精神、
輝く使命は
儼たり、響けり。
栄あれ、交通、
思へよ国運、
奉公ひとへに
身をもて献げむ。
    国鉄、国鉄、国鉄、国鉄、
      いざ奮へ我等、
    我等ぞ、大家族二十万人。
      奮へ我等(1番)。

 一読してわかるとおり、これは八八調であり、細かく分けると四四四四、更に分けると二二二二、二二二二となる。

 なぜそうなったのか。白秋に言わせれば、「汽車のあの駛走(しそう)状態や音響、車輪のリズム」を再現しようとしたから。心して聴くならば「タタン、タン、キリキリ、カタンタン」という風の細かい音がわかるという。

 たしかに、「国鉄、国鉄、国鉄、国鉄」の連続の部分は秀逸で、汽車の驀進する姿が自然と頭のなかに浮かんでくる。国鉄の解体により、この名曲が広く歌われなくなったことが惜しまれる。

 以上のような作品は、偉人伝で「なかったこと」にされやすい。だが、非常時には「不要不急」と指されがちな音楽家が、激動の昭和をどのように生き延びたかという貴重な記録でもある。その意味で、今日だからこそ翫賞すべき作品たちといえるかもしれない。

(連載第13回)
★第14回を読む。

■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
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