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美しい人――内田也哉子さん|中野信子「脳と美意識」

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 お会いするごとに深く、どこまでも広がりのある世界を感じるような女性である。

 私たちはほぼ同い年であるけれども、也哉子さんはかなり早く、10代の内に結婚することを決めている。当時、本木雅弘さんが也哉子さんと結婚することを発表されたのを自分もTV越しに見ていた。そのニュースの流れた時、内田也哉子さんという人はこの年齢で結婚を決意できる、とても潔い人なのだなという印象を持った。すっきりとした意思決定の気持ち良さにハッとさせられるような思いがした。自分は、そうはいかないだろうとも思った。事実、いつまでもこれといった相手を定めることができず、結局30代の半ばになるまで自分一人の生活をぐずぐずと気楽に過ごしてしまった。也哉子さんの潔さと比べると何ともだらしのない日々を送っていたように、今でも思えてきてしまう。

 也哉子さんのことでもう一つ触れておかなければならないのは、内田裕也さんへの弔辞の凄みである。「Don’t rest in peace, just rock’n’roll」という、ロックな葬送の言葉のインパクトに、良い意味で、鳥肌が立つような思いをした。こんなに凄みのある言葉を紡ぐことのできる人がこの世にいるのか、と心が揺さぶられてしまった。これは、多くの人が私と同じように感じ、強い印象を持って記憶しているのではないだろうか。内田也哉子という人の魅力の一端を感じることのできる場面であったと思う。

 実際に也哉子さんにお会いすると、これほど切れ味の鋭い文章を書く、潔い決断のできる人であるのに、何ともいえないまろやかな雰囲気を持っていることにまずは驚かされてしまった。声はあたたかく空気に溶けていくような優しさがあり、選び取る言葉にも繊細さと深みがあって、もっとお話ししたい、また会いたい、と思わせるような女性なのだ。

 そうして、会う回数を重ねるごとに、そのまろやかさの奥にチラチラと輝く激しさや鋭さが見えてくる。その激しさは内田裕也さんのロックな部分に由来するものかもしれず、鋭さは樹木希林さんの超俗的なまでの視点の鋭さを受け継いでいるのかもしれないと感じさせられる。

 私の勝手な印象ではあるが、ブラックオパールのような人だと思った。ブラックオパールは、黒に近い暗色の地の上に虹のように多様な遊色が神秘的に躍る、幻想的な宝石である。特に赤系統の遊色が見られるものは希少で、各種のオパールのなかでも、最も価値が高いとされる。

 この、石の中に揺れる美しい遊色は、オパールの持つ独特の結晶構造による。原子の規則的な配置はないのにもかかわらず、潜晶質といって、大きささえも異なるミクロな構造体が不規則に並び、時には間隙や微小なクラックを作って、非常に複雑な構造を形成しているのがオパールという石である。この不連続な部分やスキマやキズが、光を分解して、他の宝石にはない美しい発色をもたらし、貴重な遊色を作りだすのである。

 普通の宝石ならば、内部にインクルージョン(不純物)やクラックがあると価値が下がってしまうのだが、オパールは逆なのだ。不規則であり、かつ、隙間があるほど価値が高くなる。

 ちなみに、こうした複雑さを持たない、結晶としては単純な構造を持つ透明なオパールは「コモンオパール」と呼ばれ、価値はそれほど高くない。

 オパールは表面を丸く磨いたカボションカットにすることが多い。まるくやわらかな表面の奥に、暗色の地色の中に遊ぶ美しい不連続面を感じさせる、也哉子さんはそんな女性である。

(連載第23回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。

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