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池上彰が解説! 日本郵政とNHKの闇「スクープを潰されたNHK“現場の無念”」

「かんぽ不正販売」告発番組はなぜ放送延期されたのか。元NHK記者の池上 さんがその背景に迫りました。/文・池上彰(ジャーナリスト)

NHKが異例の『注意』

 かんぽ生命の不正販売が問題になる一方、「NHKの報道が郵政側の圧力によって歪められたのではないか」との疑惑が浮上しています。

 この疑惑をスクープしたのは毎日新聞。9月26日付朝刊の1面トップに「NHK報道巡り異例『注意』」という大きな見出しを掲げ、次のように報じています。

〈かんぽ生命保険の不正販売問題を追及したNHK番組を巡り、NHK経営委員会(委員長・石原進JR九州相談役)が昨年10月、日本郵政グループの申し入れを受け、「ガバナンス(統治)強化」などを名目に同局の上田良一会長を厳重注意していた〉

〈郵政側から繰り返し抗議を受けた同局は、続編の放送を延期し、番組のインターネット動画2本を削除した〉

〈会長への厳重注意は異例。複数の同局関係者は「経営委の厳重注意は個別番組への介入を禁じる放送法に抵触しかねない対応だ」と批判し、「郵政の抗議は取材・制作現場への圧力と感じた」と証言する〉

 そもそも「かんぽ生命の不正販売」は、最近でこそ他社も報じていますが、昨春の段階でNHKがスクープし、大きく取り上げた問題でした。

 昨年4月24日放映の「クローズアップ現代+(プラス)」の『郵便局が保険を“押し売り”!? 〜郵便局員たちの告白〜』は、「保険を預金と誤認させる」「(70歳以上の場合は家族の同意が必要なのに)家族が同席しないように誘導する」といった高齢者を狙った“押し売り手法”の数々を暴きました。

NHKの大スクープ

 この番組のきっかけは、「高齢の母が、郵便局員に保険を押し売りされた」というNHKに届いた一通のメールだったそうです。取材にもとづいて動画を作成し、SNSで広く情報提供を呼びかけたところ、わずか1カ月で400通以上のメールが届いたそうです。取材班を最も驚かせたのは、情報提供者の大半が現役職員など郵便局の関係者だったこと。番組では、こうした現役職員や元職員の生々しい証言によって、不正販売の実態を明らかにしました。さらには、入手した内部資料にもとづいて、その背景に現実離れした過大なノルマがあること、不正販売の実態を日本郵政グループ側も把握済みであったことも報じました。

 ちなみに「日本郵政グループ」とは、「日本郵便」「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命保険」からなり、それらの持株会社が「日本郵政」です。

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 これは優れた報道です。視聴者の1人として、NHKのOBの1人として、「よくやったぞ!」と思います。

 もしこの時点で、郵政側が、報道を謙虚に受けとめて、不正営業の根絶に本気で取り組んでいたら、その後の被害者は出なかったか、少なくとも大幅に減っていたはずです。

 番組では、関係者の証言VTRを見せながら、日本郵便の幹部にも“直撃”しています。

 幹部の1人である佐野公紀常務執行役員は、「(保険を)必要ないと思って売っている、だましている」という現役郵便局員の“告白”に対し、「信頼を裏切るような行為が、少ない数、起っている。会社として非常に深刻。郵便局に対しての信頼を失ってはいけない、改めないといけない」と述べています。「少ない数」という認識は問題ですが、ここで少なくとも「改めないといけない」とは言っているわけです。

 ところが、郵政側は、番組の指摘を無視するような形で、その後も従来のやり方を改めなかったため、さらなる被害者が生まれることになりました。不正販売を横行させただけでなく、こうした報道で指摘を受けた後でもなお、問題を放置した点で、郵政側の責任はより重大です。

 番組には「郵便局の体質は変わっていない」という情報が相次いで寄せられました。こうなれば、当然、「第2弾をつくろう」となります。そこで番組スタッフは、2018年8月10日放映予定だった「クローズアップ現代+」の夏季特集での放映を目標に取材を進めました。

 取材方法としては、前回、SNSでの呼びかけによって、郵政内部の関係者からも多くの貴重な情報が寄せられたので、今回も、情報提供を呼びかけるための動画を作成し、番組公式のホームページ、ツイッター、フェイスブックに2つの動画を掲載しました。7月7日掲載の『続報 止まらない!? 保険の“押し売り”』と7月10日掲載の『続報2 郵便局員たちの告白“変わらない実態”』という動画です。

 この2つの動画では、「必要のない契約」「虚偽の説明」「『かんぽ詐欺』に巻き込まれた」「保険業法に違反する可能性」といった刺激的な表現が用いられていますが、概ね取材や関係者の証言にきちんと裏付けられた内容だったと言っていいでしょう。ところが、この2つの動画に日本郵政は過剰反応しました。

郵政側の抗議と取材拒否

 2つ目の動画が掲載された翌日の7月11日、日本郵政株式会社、日本郵便株式会社、株式会社かんぽ生命保険の3社の社長名で、NHK上田会長(元三菱商事副社長)宛に、動画に関して「内容が一方的で事実誤認がある」などとして掲載の中止を申し入れる書面が届きます。

 こうした報道には、取材対象者からの抗議や指摘は付き物です。私自身、NHK在籍時代も、その後も、何度も経験しています。ただ、一方的な内容や事実誤認があってはいけません。そこで番組側も報道内容を精査し直したわけですが、その結果、「訂正すべき事実の誤り」はないと判断しました。ただ、「字幕によって、情報提供を呼びかけるものであるということをより明確にした」ということで、動画の「更新版」を作成し、7月13日に掲載します。

 その後もNHKは、郵政側に取材交渉を続けますが、8月2日付で、郵政3社の社長名でNHK上田会長宛に、「取材・撮影の対応を控える」「動画を直ちに削除するよう申し入れる」とする書面が届きます。

 NHK側の説明によれば、〈この間、(略)面談やメール、文書等を通じて取材の申し込みを行っていました。しかし、郵政側からは「動画の掲載中止と会長名の回答文書の提出なしには取材交渉のスタートラインにつくことができない」という理由で、NHKの回答文書の受領や取材は断られました。その後も複数回、郵政側の広報担当者とやり取りを重ねました〉とのことです。

 つまり郵政側から抗議が来たけれども、まずはそれを撥ねのけて取材を続けようとした。しかし郵政側に取材を拒否されたということです。

 ここは確かに難しいところです。取材が拒否され、相手が取材に応じていない時に、こちら側の情報だけで報じていいのか、それでは一方的な報道になるのでは、という議論はあり得るからです。

 しかし、それなら「こういう問題があります」と取材をきちんと固めた上で、これに対して「日本郵政は一切取材を拒否しました」という形で報道することは可能だったはず。当時、NHK内部で、どんな議論や判断があったかは分かりませんが、そうできていたら一番よかったように思います。

 ただ、「取材ができないならもう少し詰めてから」という理屈もあり得るわけで、これが「放映延期」の理屈にもなります。今回の場合、適切だったかどうかは不明ですが。

 結局、番組は、当初予定していた8月10日には放映されませんでした。さらには郵政側が掲載中止を要求していた動画も削除されました。

 そして2018年10月5日、日本郵政グループは、「番組担当者の編集権に関する説明に誤りがあった」などとして、NHK経営委員会宛に抗議文を送付します。

 これを受けて10月23日には、経営委員会が「ガバナンスの徹底」を求めて、上田会長に「厳重注意」をします。同時に、郵政グループ3社宛に「本日、会長に対し、ガバナンス(統治)体制をさらに強化するとともに、視聴者目線に立った適切な対応が行なわれるよう必要な措置を講ずることを厳しく伝え、注意しました」という書面を送っています。

 さらに11月6日、NHK放送総局長(専務理事)が、日本郵政の鈴木康雄副社長を訪ね、「NHKの放送法の共通理解と異なり、明らかに説明が不十分で、誠に遺憾です」との上田会長の謝罪文を手渡しています。

 これを受けて、11月7日に、鈴木副社長が、NHK経営委員会宛に感謝の文書を送付しています。

 そして番組の第2弾にあたる『クローズアップ現代+ 検証1年 郵便局・保険の不適切販売』の放映は、2019年7月31日まで持ち越されることになります。

スッキリしないNHKの説明

 この一連の動きについて、NHKは次のように説明しています。

〈郵政側とのやり取りと並行し、私たちは目標としていた放送を前に、それまでに寄せられた情報や資料をまとめる作業に入りました。その結果、郵政のテーマを続編として深めて取り上げるには十分な取材が尽くされていないと判断し、10日に放送した夏季特集には入れずに、さらに取材を継続することにしました。情報の提供を呼びかける動画については、10日の放送を念頭に広く意見を募るという役割を終えたと考え、8月3日に公開を終えることにしました〉

「放映の延期」と「経営委員会による会長への厳重注意」については、次のように述べています。

〈昨年10月23日に経営委員会が会長に行った厳重注意が番組編集に影響を与えた事実は、ありません。前述の通り動画の更新作業や取材継続の判断は、昨年の7月から8月にかけて行われたものです。したがって時系列的に見て、ありえません〉

 確かに、「『厳重注意(昨年10月)があったから昨年8月10日放映を延期した』わけではない」というNHK側の説明は事実で「時系列的にありえません」。しかしこれは、もともと無関係な「A=放映の延期」と「B=厳重注意」を無理に結びつけておいて、「AとBは関係ありません」と言っているような奇妙な論法です。

 当初、昨年8月10日に放映予定だった番組が何らかの圧力によって歪められたのかもしれないという問題は、これとは別の話です。

 郵政側からの最初の抗議は、昨年7月、8月にあり、その段階で、動画を削除して情報募集をやめ、「取材が充分ではないから」という理屈で番組続編の放映は、当初の予定より1年近くも先延ばしされました。この間に、郵政側からの執拗な抗議、経営委員会によるNHK会長への厳重注意、郵政側へのNHK会長の謝罪があったわけです。

NHK会長と経営委員会委員長

NHK上田会長(右)と経営委員会の石原委員長

 普通に考えれば、やはり圧力というか、何らかの配慮とか遠慮があったのではないかと思ってしまいます。外部にいる私としては、NHK内部の状況は分かりませんが、ただ、そういう形で取材放送が先送りされてしまったところに、何か不透明なものを感じざるを得ません。

現場の悔しい思い

 一刀両断に「ここがけしからん」とは言いにくいところではあります。NHK職員だった時には、私自身もいろんな圧力で悶々とした経験がありますから、他人事みたいに偉そうなことは言えません。

 ただ、第2弾の放映がずいぶん遅れたのは、とくに現場スタッフの苦労の成果がなかなか表に出なかったことは、とても残念です。

「クローズアップ現代+」とは関係ないところからですが、NHKの中から、「とっても悔しいです」とか「どう思いますか?」とか、いろんな声が聞こえてきます。

「かんぽ生命の不正販売」を各社が後追いしたのは、今年になってから。1年も前の“ぶっちぎりの特ダネ”だったわけです。現場は悔しい思いをしたはずです。

 そして何より、放映日が遅れたことで、本来、出さなくても済んだはずの被害者が新たに出たわけです。もちろんこれは、郵政側の責任です。しかし、報道する側としても、これを止めることができなかったという忸怩たる思いがあるはずです。

 しかし何よりも悪いのは、NHKではなく、郵政側です。9月30日の記者会見で、日本郵政の長門正貢社長も、NHK会長宛ての質問書を出し、さらにNHK経営委員会に抗議したことについて、「当時はアンフェアと感じた」「郵政グループが悪の権化だと言われているように感じ、NHKが続編を制作していることに抗議した」と釈明し、その上で、「(NHKに抗議したことを)深く反省している」「(番組の内容については)今となっては全くその通り」と述べています。遅きに失した感があるとはいえ、報道の指摘に対する正直な対応と言えるでしょう。

総務省の管轄下にある放送局

 ところが、日本郵政の鈴木副社長は、国会の場で、NHK側の取材手法について「暴力団と一緒」と発言し、その後も、「一方的に攻撃を加え、勝手な主張をするのは極めて悪質で、反社会的勢力と同じではないか」と述べました。多くの被害者を出している組織の経営陣が口にできる言葉だとはとても思えません。

鈴木康雄・日本郵政副社長

「NHK暴力団発言」をした日本郵政の鈴木副社長

 さらに情報提供を呼びかけた動画に関しては、「事実の提示がなく、電車の中づり広告のようだった」と述べ、NHK会長宛に動画の削除を要請した後の経緯に関しても、「一切の回答がなく、取材を受けろということだった。自分の主張を正当化するため、他人にむりやり行為をさせるのは放送倫理に違反する。今も同じように考えている」と述べています。

 全く反省の色はなく、しかも長門社長の謝罪と釈明を真っ向から否定するような発言です。

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