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しまおまほさんのおふくろの話。

著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、しまおまほさん(作家・イラストレーター)です。

母になる私に

「あなたが結婚するような人だとは前から思っていなかった」

わたしが未婚で子どもを産むと決めたその場で、母がそう言ったからわたしはとても驚いた。順調とはいかずとも、いずれは結婚して、子どもを産むだろう。そんな期待を母がわたしにかけていると思い込んでいたから。

母も妊娠時には独身であった。出産とほぼ同時に父と結婚したそうだ。父曰く「出生届に婚姻届が紛れているのに気づかずウッカリ入籍した」そうだが。

そんないい加減な話は昔からいくつもある。トクコさん(母のこと)は今も昔も“ヤリ友”なんだとか、マホは元カノに似ているので彼女の卵子が先っちょにくっついてトクコさんの子宮に入ったのかもしれないとか……。

父はそうやって自分のことを冗談ついでによく話していたけれど、意外と母は自身を語らない。食事の味、洋服の穴の繕い方、写真家としての姿。30年以上そばにいて少しは分かっているつもりだったが。まれに「昔ウクレレを練習していた」なんて思い出話をポロッとする事があって、そんな時は父の奇妙な話よりもずっとずっと、大切に聞き入ってしまう。

結婚するか、しないのか。子どもに顔向けできるような人生を送るにはどうしたらいいのか。悩んでいた5年前、父は2人きりの時わたしに話してくれた。「トクコさんも長く付き合った人がいたけれど……絵描きのね、かっこいい人」。何故その人と別れて8歳年下の父と一緒に? 首を傾げるわたしに「さあ……頭が薄くなったからって言っていたけど」と、父は笑った。初めて聞く、ウクレレ以外の母の過去。

わたしも冗談めかして自分のことを話す。でも、本当の自分は、いつもどこかに隠したままだった。もしかしたら、母に似たのかもしれない。

何も話さないまま妊娠して、しかも結婚したくないと言い出す娘を前に、母は困惑しただろう。そして、しばらく黙った後に言ったのだ。

「結婚するような人だとは思っていなかった」

なぜそう思っていたのか、その時は聞く事ができなかった。今、改めて聞いてみようか。いや、もう答えはわかっている。

「え? ワタシ、そんな事言ったっけ?」そういうに、決まっている。

(2020年9月号)

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